905:最果てに在りし王 その6
書籍版マギカテクニカ12巻が、7/18(金)に発売となりました。
発行部数が厳しくなってきておりますので、ご購入、レビュー、巻末アンケート等、応援をよろしくお願いいたします。
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「範囲攻撃準備。選択する魔法は持続性の高いものを」
「ふむ、であればこちらも――これが有効でしょうね」
自らの軍勢に指示を下すアルトリウスと、己が力で術式を展開するアルファヴェルム。
二人の策士は、離れた場所で同じ結論に達していた。
即ち――範囲による物量攻撃を行う、と。
プレイヤーたちは、アルトリウスの号令と共に魔法を放つ。
その術は、基本的に範囲魔法。それもその場に残り続ける類のものが選択されていた。
そしてアルファヴェルムは、周囲一帯を包み込むようなフィールド状の魔法を発動している。
どうやら《龍気》などと同じく、範囲内に対してスリップダメージを与える類の魔法であるらしい。
(やってくれるな……)
当然ながら、アルファヴェルムは味方というわけではないため、その効果は俺たちにも及んでいる。
回復しづらい状況下において厄介なことをしてくれたものだが、どうやら俺たちに対するダメージは微々たるものであるらしい。
一応は、調整しようとはしているのだろうか。
「――Beschuss」
しかし、それでもエインセルの軍勢の総数をカバーするには至らない。
放たれた砲撃はプレイヤーや悪魔たちへと降り注ぎ――盾を構えたプレイヤーたちの防御陣形に遮られる。
回復が難しい状況であるが故に、防御については慎重だった。
けれど、防がれることはエインセルも想定内だったのだろう。
無慈悲な王は、表情を変えることもないまま砲撃を継続していた。
ならば――
「《オーバーレンジ》、《奪命剣》【咆風呪】!」
振り下ろした餓狼丸の刃から、黒い闇が溢れ出す。
それを放った先は、プレイヤーたちへと砲撃を放っている影たちの方向だ。
範囲攻撃という意味では、このテクニックもかなり有効だろう。
今はHPの回復手段も限られているし、奴らの攻撃を防ぎながら体力を回復できるのは悪くない。
だが、エインセルにとってはそれも腹立たしい事態だったようだ。
「邪魔だ、魔剣使い!」
「はっ、当たり前だろうが」
放たれる火砲の数々。降り注ぐ砲弾。
その爆風を避けながら、俺は瓦礫の城を鎖を伸ばして駆け回る。
そんな爆圧の中でさえ、エインセルの殺気は間違いなく俺へと向けられていた。
まあ、奴にとって俺が邪魔なのは間違いないだろう。緋真の炎と違って、【咆風呪】は散らそうと思って散らせるものではないのだから。
(だが、流石に――ここまで狙われると動きづらい)
歩法――陽炎。
エインセルの兵力は無尽蔵に思える。
たとえアルトリウスたちが面で制圧していたとしても、奴の軍勢は更に広い範囲で展開されている。
全ての攻撃を防ぎ切ることはできないのだ。
実力あるプレイヤーの群れとはいえ、ここまで来ることができたのは一部の上澄みだけだ。
際限なく現れるエインセルの軍勢を、全て対処するにはどうしても数が足りない。
「数は減った、圧力も減ってきている。ならば――」
この状況で攻められないのなら、勝機はない。
その決意と共に、俺は緋真と共に前へと飛び出した。
こちらの動きを警戒しているエインセルは、すぐさま迎撃のために動き始める。
しかし、俺たちの方へと攻撃を加えようとした黒い影は、その瞬間に遠方からの弾丸によって貫かれた。
「狙撃か……!」
その程度の威力では、エインセル本人への攻撃は恐らく通用しないだろう。
だが、周りの影たちを一瞬だけ行動不能にするだけならば十分すぎる。
遠方から飛来する弾丸は、何処かに構えた軍曹たちによる攻撃だ。
有効な後方支援に笑みを浮かべ、一瞬だけ消えた影たちを踏み越えて先へと進む。
(タイミングは完璧だが、それでも効果は限定的か)
軍曹の狙撃は、俺たちが接敵しかけたその一瞬で着弾している。
だからこそ俺たちは影の部隊を潜り抜けることができたのだが、その一瞬後には影たちも復活している状況だった。
ただの攻撃では、この影たちを倒し切ることはできない。
そしてフィールドに残り続ける類の効果でなければ、恒常的に影たちを留めることはできないのだ。
「チッ……」
思わず、舌打ちを零してしまう。
こちらを狙い続ける銃口が、自由な動きを許してはくれない。
エインセルまでの距離は、三十メートルもない状況だろう。
だが、その距離が途方もなく遠い。無尽蔵な兵力が、俺たちの足を留め続けていた。
切り札となりうる力はある。だが、それはあくまでも大公に対して叩き込むつもりで用意した手札だ。
そもそもそこまで辿り着けないのでは、意味が無いと言わざるを得ない。
「ルミナ、セイラン!」
「っ、はい!」
「クェエッ!」
上空にいるルミナたちは、数多の対空砲火に晒されている。
それらに対処しながら、それでもルミナたちは俺の言葉に応えてくれた。
降り注ぐ光と雷が、俺たちの眼前を蹂躙する。そして、それと共に緋真が放った炎は、影たちの復活を一時的にであるが抑えてみせた。
炎はすぐに吹き飛ばされ、影たちは復活することになるだろう。だが――
歩法――烈震。
炎が吹き飛ばされるよりも早く、その陰の軍勢を踏み越える。
この速度について来れるのは緋真だけだ。アンヘルたちですら、完全に追い縋ることはできないだろう。
危険は承知。だがそれでも、ここで刃を届かせなければ先はない。
「【武具神霊降臨】――」
故に、俺はもう一枚の切り札を切ることを決意した。
これは、《神霊魔法》がレベル50に達したことによって手に入れた呪文。
一時的にではあるが、【武具神霊召喚】の効果を大幅に強化することができるという代物だ。
俺の場合、全ての攻撃に防御貫通が付与されることに加え、攻撃力そのものも大きく増加することになる。
代わりに、効果時間である一時間を過ぎれば、クールタイムの間は《神霊魔法》が使用できなくなることに加え、その間もMPが封印されたままとなってしまう。その時間は実に十二時間、かなり重いデメリットであると言える。
だが、そのデメリットに目を瞑って余りある、強力な呪文であると言えるだろう。
その呪文の名前は――
「――【経津主】!」
刀身に収束していた精霊の光が、再び大きく広がる。
まるで、手と柄が一体化したかのような感覚。
吸い付くようなその感触は、まるで餓狼丸を完全解放したその一時のようでもあった。
《獄卒変生》と同様に、この効果は一時間だけ。それを過ぎれば、俺は大幅に弱体化することになる。
だが、それほど長い時間は戦闘を続けることはできないだろう。ならば、ここで切っても惜しくはない。
「それは……!」
エインセルもまた、餓狼丸の異変に気が付いたのだろう。
こちらに突進に対し、更に迎撃の圧を増やすことで対抗してくる。
それらを迎撃するルミナたちへの対空砲火も激化し――それでも、ルミナたちは地上への攻撃を止めることはなかった。
MPの消費も、それどころか自分へのダメージも二の次にし、俺たちの道を切り開くために尽力してくれている。
ダメージを回復しづらいこの状況においては、非常にリスクの高いその行為。それでも、ルミナたちが躊躇うことはなかった。
ならば、俺たちもそれに応えねばならないだろう。
「――Landmine」
けれど、当然ながらエインセルが妨害の手を緩めることはない。
遠距離から放たれる狙撃に砲撃、そして地面に仕掛けられる謎の術。
足を止めようが、そうでなかろうが――エインセルの攻撃は、確実に俺たちを仕留めようと狙ってくる。
「《オーバーレンジ》、『命餓一陣』!」
斬法――剛の型、輪旋。
対し、俺が放つのは幅を広く解き放った生命力の刃。
なるべく低く、足元を掠めるように放ったその一閃は、地面から生えるように出現する影たちを出現の直後から斬り飛ばす。
それだけでなく、エインセルが地面に仕掛けた術もまた誘爆させ、ほんの一瞬とはいえ前方の妨害を消し去ってみせた。
そして、その刹那――俺の左手から伸びた黒い鎖は、確かにエインセルの軍刀を絡め取った。
「ッ……!」
「さあ! 続きと洒落込もうか!」
鎖を縮め、一気に肉薄する。
鼓動すらも聞こえそうなその距離で――俺は、エインセルへと刃を振り下ろした。





