904:最果てに在りし王 その5
書籍版マギカテクニカ12巻が、7/18(金)に発売となりました。
発行部数が厳しくなってきておりますので、ご購入、レビュー、巻末アンケート等、応援をよろしくお願いいたします。
https://amazon.co.jp/dp/4798638692
世界が反転する。視界は強制的に闇に包まれ、やがて浮かび上がったのは朧げな幻視であった。
見覚えのない景色――それは、豪華絢爛とは言い難いが、質実剛健な玉座の姿であった。
そこに座すのは一人の王。威厳に溢れ、鋭い視線で配下たちを睥睨する、強き支配者の姿。
『――その国は、滅びの危機に瀕していた』
王の前に立ち並ぶのは兵士たちだ。
武装した兵士たちは、王へと敬礼をして玉座の間を去っていき――やがて、周囲に立つ者達共々、少しずつその数を減らしていった。
彼らは、出立してから戻ることはなかったのだろう。
『西には巨大な龍。南には異形の怪物。東には正体不明――未曽有の災厄が、国を蝕んでいた』
玉座の間に在って、王は毅然としていた。
しかし、ナレーションの様に伝えられるその状況は、彼にとっては忸怩たる思いだっただろう。
少しずつ押し寄せる災厄。避けられぬ国の滅び。誰もいない玉座の間で、王は頭を抱えながら苦悩していた。
『強き王であった。世界の覇者となりうる力を持つ者であった。しかし、それでも、襲い来る災厄は手に余る脅威であった』
人々は減ってゆく。脅威は変わることはない。
頂点に立つ王にとって、赦しがたい現実であっただろう。
そして――
『故に、民はその身を、その存在を王へと――』
「――否」
世界の言葉を、他でもないエインセルが遮った。
暗闇に染まった視界の中に、光が点る――瞑目し、しかして確かな怒気を露わにした、黄金の王の姿が。
膨大な魔力を滾らせて、エインセルは怒りのままに響く音声を遮った。
『国を残さねばならなかった。全てを蹂躙されるなら、たった一人でも生き残るべきであると――』
「――否」
軍刀を手に仁王立ちをして、エインセルは堂々と告げる。
だが、その言葉は。どこか、己へと言い聞かせているようにも思えた。
『全ての民の祈りを――』
「否、否、否である! 全ては我が業、我が覇道の礎となっただけのこと。祈りでもなく、願いでもなく、我が覇道の果てに今の形があるのだ!」
そうでなければならないのだと、エインセルは高らかに告げる。
その言葉に、俺はかつてローフィカルムが呟いていた言葉の意味を理解した。
孤独な王。全ての民のリソースを結集し、絶大なる力を得るに至った存在。
その力の桁は、確かに公爵級悪魔すら遥かに凌駕しているだろう。
けれど――その在り方は、ローフィカルムから見ればどこまでも人間だったのだ。
(……成程な)
マレウス・チェンバレンの作り出した箱庭で、最後に生き残った四人のAI。
あの女の作り上げた地獄を、そのような形で乗り越えたというならば、確かに同情できる点はあるだろう。
しかし、それでも、結果としてマレウスに与しているならば分かり合える点などない。
何よりも――エインセルは、そのように理解されることを望んではいない。
どこまで行っても、俺たちは敵同士なのだ。
「さあ、見るがいい。我が軍勢を」
視界が晴れる。そこにいるのは、崩壊した都市の中、無数に現れる黒い影の軍勢。
しかし、その内側には金色の光が点り、人間の輪郭を確かに描いていた。
これまでよりもはっきりとしたその姿は、恐らくはエインセルに取り込まれた彼の国の民なのだろう。
整然と立ち並び、こちらへと火砲の銃口を向けてくる。
尽きることなき、百戦錬磨の戦士たち。それを操ることこそが、エインセルの力であった。
(俺があの影を斬った時の反応は、そういうことか)
『唯我』の性質上、俺の一閃はあの影を完全に破壊したことだろう。
それはつまり、エインセルの内側で確かに生きていたはずの彼の民を殺したということだ。
戦場に出た以上、そこに良心の呵責も何もないが、エインセルは決して俺を許すことはないだろう。
まあ、理由が分かったならば納得もできる。そして、改めて斬ることにも躊躇いはない。
再び彼の民を奪うことも、また一つの戦争なのだから。
「そして滅ぶがいい。貴様らもまた、同じように」
兵士たちが動き始める。多種多様な兵器を手に、こちらを数の暴力で蹂躙しようと進み出てくる。
その様を認め、俺はちらりと後方へ視線を向けた。
この戦場に辿り着いていたアルトリウスは――確かに俺と視線を合わせ、小さく頷いた。
「そうかい。なら、相応に斬るとするか」
アルトリウスは、俺に任せると告げてきた。
エインセルの正体は知れた。だが、その命脈を断つに足る方法までは見出せていない。
ならば、もう少し奴を追い詰める必要があるだろう。
そのためならば、更に切り札を切ったとしても惜しくはない。
「緋真。さっきと同じだ、派手に燃やせ」
「了解です、行きますよ!」
言葉と共に、前へと進み出て――鋭い殺気が、俺の身へと集中した。
同胞を斬られたことがそんなにも許し難いか。
「そうだな、俺も同じだよ――《獄卒変生:黒縄熱鎖》」
「やりましょうか。《獄卒変生:焦熱烈火》」
吐き捨てるように告げて、腕に鎖を現出させる。
同時に種族スキルを使用した状態となるが、構わない。
どのみち、回復魔法での回復は殆ど望めないのが現状なのだから。
そして緋真もまた、その身に赤黒い炎を宿らせた。
ここに至るまで、一日に一度ずつ使い方を研究してきたこの力。
果たして、大公級にどこまで通用するのか――
「燃え上がれ、【紅桜】!」
「さて、行くとしようか」
緋真が炎を撒き散らした瞬間、俺もまた鎖を伸ばして駆ける。
姿を現した戦車の砲塔へと鎖を巻き付けて跳躍した俺は、そのまま餓狼丸へと生命力を纏わせる。
「『命呪衝』」
種族スキルを発動し、攻撃力が上昇した今の状態。
そして、鎖が巻き付いたことによって防御力が下がった戦車。
この状態ならば、たとえ鋼鉄の戦車だとしても貫くことは可能だ。
斬法――剛の型、穿牙。
鋭い刃の切っ先が槍と化し、戦車の装甲を刺し貫く。
それと共に鎖を戻した俺は、戦車を蹴って跳躍、次なる標的へと向けて鎖を伸ばす。
そんな俺が移動した直後、緋真の放った炎が戦車のいた場所を薙ぎ払った。
派手に燃え上がる炎の中、それと同じ色を身にまとった緋真は、燃える瞳でエインセルの姿を睥睨する。
瞬間――エインセルの元に直接、赤黒い炎が炸裂した。
「む……!」
ノーアクションで炎を発する、緋真の強化種族スキル。
その炎は、対象に対して強制的に火傷の状態異常を発生させる。
大したダメージにはならないが、それでもエインセルに効果があることだけは確認できた。
しかし、ダメージを受けたエインセルは怯むことはない。炎に巻かれたとしてもまるで動じることなく、己が軍勢から目を離すことなく告げた。
「怯むな、範囲は狭い。吹き飛ばせ」
その声に応えるように放たれた砲撃が、俺たちのいる場所へと殺到してくる。
動き自体は事前に察知できていたため、回避することは難しくない。
しかし、降り注いだ砲撃は、緋真の撒き散らした炎を強引に吹き飛ばしてしまった。
何とも無茶苦茶な手段ではあるのだが、消火手段としては有効だ。
今のエインセルの火力ならば、問題なく行えてしまう程度には容易い方法なのだろう。
(面倒ではある、が――)
緋真の攻撃に対する対処を行いながら、それでもエインセルの視線は俺へと向けられている。
絶え間なく射撃が続けられ、動きを止めれば即座に砲撃を叩き込もうと構えていた。
それほどまでに、奴は俺のことを警戒しているのだ。
そうして俺に視線を向けているのであれば、まだやりようはある。
その確信を抱くのとほぼ同時、後方で二つの気配が動き出したのだった。





