091:閑話 方々の反応 その2
次回から新章、そして今後は二日おき更新になります。
「お疲れ様です、アルトリウス」
「君もね、K。後方指揮の担当、助かったよ」
「まあ、それは私以外に適任はいなかったでしょうからね」
クラン『キャメロット』のクランハウス。
その奥にある円卓の会議室は、部隊長を始めとした一部のプレイヤーにのみ入室を許されている、特別な場所だった。
その部屋の中には、席を全て埋めるだけのメンバーはいないものの、先日一人の男を招いた時よりは多くのメンバーが揃っていた。
部屋の最も奥にある席に座り、アルトリウスはそんなメンバーたちの姿をぐるりと眺める。
「さて……まずは、イベントお疲れ様でした。皆さんのおかげで、今回も良い成績が収められたと思います」
その場にいる全員を見渡し、アルトリウスは労いの言葉をかける。
その言葉に対する反応は様々だ。誇らしげに笑みを浮かべる者、恭しく礼をする者、顔を紅潮させて俯かせる者――だがそんな中で、顔を顰めている者が一人だけ存在していた。
相も変わらずに気難しそうな表情を浮かべている人物に対し、アルトリウスは僅かに苦笑を零す。
「君としては満足いかなかったかな、K?」
「いや……結果そのものについては十分だったと思っています。事実、どのエリアよりも早く戦闘を終わらせたわけですからね」
「おいおい、なら何が不満だってんだ?」
「フン、決まっている。今回の成績のことですよ」
横から口を挟んだボーマンの言葉に、Kは視線を細めながらそう告げる。
翌日GMから発表されるというイベントの成績。
その結果は、敵を討伐した数で決まることは既に判明している。また、個人部門とクラン部門に分かれていることも発表されていた。
だからこそ――
「今回の個人部門は持っていかれたでしょうからね。それが、少々残念です」
「はははは! それは無茶というものですよ、K殿。いかに効率よく動こうとも、個人としての戦闘能力で彼に対抗するのは不可能ですとも」
「……我がクランの最強殿にそう断言されてしまってはな」
笑いながら告げてくるデューラックの言葉に、Kは嘆息する。
今回、協定を結んで共に戦った人物――クオンという、一人のプレイヤー。
その存在は、彼がログインしたその日からずっと、『キャメロット』の面々は認識し続けていた。
曰く、最強のプレイヤーである――いや、であった《緋の剣姫》の師。
レベルが15以上離れた相手を一方的に倒し、ログイン直後から一直線で最初のボスを撃破した。
その戦闘能力は隔絶しており、プレイヤー一個人の戦力として語ること自体がナンセンスであるとすら評されていた。
「今回、僕たちはクオンさんと協力して事に当たることができました。彼の戦闘能力については、十分に理解できたと思います」
「確かに、その通りですね。一個人ではなく、一組織相当の戦力として扱うべきであるというマスターの言葉……十分に理解できました」
「そりゃあそうだろうね」
深く頷いたディーンの言葉に、軽薄な笑いを浮かべて肯定したのは白いローブを纏った少女だった。
白髪の髪を揺らす彼女は、支援部隊の部隊長であるマリン。
前線まで付いてきて、周囲のプレイヤーにひたすら支援魔法を配っていた彼女は、やれやれと大仰に肩を竦めて声を上げる。
「ただ単純な戦闘能力だけで言えば、まあ確かに滅茶苦茶高いんだけど、それでも対策は立てられるレベルだろう。いかに強力と言っても彼は個人で、戦闘スタイルも偏りがある。メタを張られれば弱い――筈だった」
「あの叫び声のことだろう? ははは! ありゃあ対策どうこうの話じゃねぇからな!」
「ああ、全くその通りだよ軍曹殿。あの叫び声、威圧の類なんだろうけど……あれはどうしようもない」
金髪の大男、軍曹は上機嫌に笑う。
そんな彼の言葉に対し、マリンは軽薄な様子を崩さぬまま苦笑を浮かべていた。
「ただ一声叫ぶだけで、相対する軍勢の足を縫い付けてしまう程の威圧。この戦略的価値は計り知れないといっていい。しかも軍曹殿の言うことには、他にもあと三つ似たような技があると」
「ま、俺も見たことがあるのは他に一つぐらいだがな」
「まあ、とどのつまり、彼の戦闘能力はまだまだ底が知れないということさ」
マリンの言葉に、その場にいた全員が沈黙する。
今回の戦いでさえ、クオンが残した戦績は無茶苦茶の一言だった。
それが未だ、全てを出し切ったわけではないとなれば、その反応も無理は無いだろう。
「ともあれ……僕が言いたいことも理解できるんじゃないかな?」
「彼と、そして『エレノア商会』との協定か……確かに、成立すれば大きなものになるでしょうな。だが――」
「俺っちたちの仕事は、『エレノア商会』とはちっと被ってる。その辺りの分け方はどうするつもりだい?」
アルトリウスに対して質問を投げかけたのは、生産や調達を取り仕切るKとボーマンだった。
クオンの戦闘能力については、最早疑う余地はない。彼はその価値を見せつけていったのだから。
しかし彼らにとって、もう一つの『エレノア商会』との協定は決して他人事ではない。
生産系の最大手クランである『エレノア商会』の規模は、その一点だけで見れば間違いなく『キャメロット』を超えているのだ。
下手をすれば、自分たちの部隊の存在が無意味になってしまう――そんな危惧を抱いた二人の問いに対し、アルトリウスは淡く笑みを浮かべて返答していた。
「無論、僕らの生産活動をあちらに委託するわけではないですよ。僕が『エレノア商会』に期待しているのは、その国家レベルに匹敵する運営能力ですから」
「……済まない、アルトリウス。君は何を考えている?」
「イベントの最後、あの悪魔は言っただろう、K? 悪魔の襲撃は、この世界全体で起こっていると。それはつまり、世界中で戦争が起こっているようなもの。その対処を行うのが、僕たちプレイヤーの役目であると言える……ここまではいいですか?」
そこまで口にして、アルトリウスは円卓に着くメンバー全員を見渡す。
その言葉に対し、部隊長たちは若干困惑しつつも首肯していた。
返ってきた反応に対して淡く笑うと、アルトリウスはゆっくりと言葉を重ねる。
「被害を受けた国では、当然ながら物資の問題が発生しているでしょう。それは現地人たちだけの問題ではなく、僕たち自身の補給にも関わってくる」
「……『エレノア商会』に、その補給線を任せようと?」
「と言うより、僕が何かを依頼せずとも、彼女は自分からそうするだろうね。現地の市場が生きているならまだしも、死んでしまっている状況では遠慮する理由が無い」
アルトリウスは、エレノアを高く評価している。
それこそ、クオンと同等と言えるレベルに。あの二人は、方向性こそ異なるものの、その分野に特化した天才なのだ。
――アルトリウスが、当の二人から同じく評価されているように。
「クオンさんが道を切り開き、開かれた道を『キャメロット』が制し、そして『エレノア商会』がその場を整理する。この同盟の在り方は、自然とそのように落ち着くでしょう」
「……他者の目など気にせず突っ走るクオン殿と、商売の気配があれば目敏く手を伸ばすエレノア殿……とても制御できるものではないと思っていましたが、そもそも制御するつもりは無いということか」
「その通り、足並みを揃えるだけでも十分なんだ。どのように動くかさえ共有できれば、お互いの動く余地を確保しながら行動できる」
そう告げて、アルトリウスはその笑みを深める。
爽やかな美貌に、途方もない奥底を隠しながら。
「無論、折角の同盟体制だ。協力し合えることがあるならば、その約定も取り決めておくつもりですよ。僕らからの最前線素材の納品や、アイテム開発の共同研究……やれることはいくらでもある」
「……承知しましたよ、アルトリウス。それで詰めていくとしましょうか」
嘆息し、Kは覚悟を決める。
これまでが児戯に思えるほどの激動がやってくることを感じ取って――それでも彼は、否、彼らは不敵な笑みを浮かべていた。
* * * * *
「――異邦人たちによって、ほぼすべての悪魔は排除された、か」
「その通りでございます。我ら騎士団の武勇、示すことができず……」
「いや、それは良いのだ。異邦人たちは不死。彼らがその身を張っていた以上、我らが無理をすることはただの損失にしかならぬ。卿は民の守護や護送に従事したのだ。それで良い」
「有りがたきお言葉にございます、陛下」
アルファシア王国王都、ベルクサーディ。
その中心にある白亜の城の中――この国の主要人物が集まり、言葉を交わしていた。
一般には、それこそ貴族にすら明かされていない最高機密の会議。
重鎮のみを集めたその場所で、国王オンストールは憂鬱に溜息を零していた。
「して……あの報告は、事実なのだな?」
「はい。東の戦場にて、多くの悪魔を屠った異邦人――悪魔殺しの男、クオン。彼は間違いなく、三魔剣の前提となる剣技を習得しておりました」
騎士団長クリストフの言葉に、広間がざわつく。
とは言え、その反応も無理は無いだろう。彼らにとって、それは忘れがたい過去なのだから。
剣聖オークスと、その三人の弟子。オークスの生み出した三魔剣を受け継いだ彼らの内、《奪命剣》を受け継いだ剣士が狂い、殺人を繰り返した事件。
その惨劇は未だ彼らの記憶に新しく、悍ましく恐ろしいものとして刻まれているのだ。
「やはり危険だ! 確かに、悪魔を鏖殺した実績は素晴らしいが、それほどの実力者があの剣を持つなど……!」
「そうは言ったところで、どうなさるおつもりか。異邦人は不死、いかにしたところで止める方法など無いではないか!」
「ならばこのまま放置しろと言うのか!」
喧々囂々とした声に、クリストフは小さく嘆息を零す。
議題にあがっている人物、クオンの人となりを最もよく知っているのは、この場では間違いなくクリストフだろう。
しかしそう付き合いが長いというわけでもないため、彼のことを弁護することも難しい。
普段のクオンは落ち着きがあり、知性的な一面を見せていた。
だが戦場における彼は、それとは全く異なる側面を見せていたのだ。
(あの姿は……嗤いながら悪魔を縊り殺していた姿は……一体、どちらが本当のクオンなんだ? いや、だが……彼が我らを救ってくれたことに変わりはない!)
彼に対し感じていた恐れを飲み込み、クリストフは顔を上げる。
そして、周囲へと響き渡るよう、力強く声を上げていた。
「我が王よ、彼について、かの剣聖殿から話を聞いております」
「ほう……やはり、あ奴と接触していたということか。して、あ奴は何と?」
「曰く――異邦人のクオンという男は、技術のみで言えば自分に匹敵する剣士であり、自己制御に長けた剣術を扱う者である、と」
王都の西にある港町にふらりと現れたかつての剣術指南役、剣聖オークスは、一人で悪魔の群れを駆逐した後にクオンについて言及していたのだ。
いかなる流れで出会い、そして気に入られたのかは知らないが、少なくともオークスはクオンのことを信頼している様子であった。
何しろ――
「彼が狂うようなことがあれば、己はとっくの昔に狂い果てていただろうとも言及しておられました」
「……そうか。あ奴がそこまで断言するのであれば、相応の傑物なのであろうな。お前たち、静まれ」
その言葉に、論争を繰り広げていた貴族たちは口を閉じる。
ここで無駄口を叩くような者は呼んではいないのだ。優秀な配下である彼らは、揃って王の言葉に耳を傾けていた。
「我らは、彼に対し恩義こそあれ、害を成されたことはない。元より、異邦人である彼を縛るなど女神が許さんだろう……我らから、その剣士に対して働きかけをすることは禁ずる」
「しかし……よろしいのですか?」
「正しく一騎当千の兵、欲しくないと言えば嘘になるが……約定を違えるつもりは無い」
王の言葉を聞き、落ち着いていく会議場に、クリストフは人知れず安堵の吐息を零す。
クリストフには、彼に対する恩があるのだ。友人の娘を救ってくれた、その恩が。
(これで、少しは報いることができただろうか……だが、まだ悪魔の脅威は去ったわけではない。また、協力してもらわねばな)
不敵に笑う剣士の姿を脳裏に浮かべ、クリストフはざわつく会議を他所に、今後の展望について思考を巡らせ続けていた。