901:最果てに在りし王 その2
書籍版マギカテクニカ12巻が7/18(金)に発売となります。
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公爵級悪魔の第四位、アルファヴェルム。その性質は、今のところまるで判明していない。
ドラグハルトに付き従っていることだけは分かっているのだが、能力についてはまるで不明なままだ。
この悪魔がいかなる理由でドラグハルトに従っているのか。また、有している能力は一体何なのか。
そのいずれも、情報は判明しないままにここまで来てしまっている。
だが、ドラグハルトの軍勢の中では、どちらかというと頭脳労働担当なのだろう。
直接戦闘を得意とするレヴィスレイトとは対照的に、アルファヴェルムはどちらかというと支援を担当することが多かったようだ。
そんな相手からの打診となると、どうしても警戒せざるを得ない。
しかし――現状、エインセルを攻めあぐねていることもまた事実であった。
「いいだろう、端的に言え」
『では……アルフィニールを斬った一撃。アレを、あの影たちに使えますか?』
「……分かっちゃいるだろうが、あの規模をやるのは無茶が過ぎるぞ」
あれは、シリウスの《不毀の絶剣》を吸収したが故の力だ。
餓狼丸を完全解放していたが故に迎撃できたものであるし、一瞬でもタイミングを失敗すれば俺が真っ二つになる。
それほどにリスクの高い一撃を、幾らでも再生するような敵を相手に使えるものではない。
『ええ、無論です。規模を落としたものでも構いませんが、必要なのは相手の核に攻撃を届かせるという性質です』
「……あの影は、アルフィニールに近い状態だと?」
『それとは少し異なりますね。私が解析した次第では、あの影はエインセルの一部なのですよ。細胞、末端と言い換えてもいい』
その言葉を耳にして脳裏に浮かんだのは、エルダードラゴンの封じた災厄の存在であった。
数多に現れる、鎖された蟲の末端たち。エインセルの影は、その存在に近しいものであるというのか。
だが、そんな俺の内心など知らず、アルファヴェルムは言葉を続ける。
『ああやって外部に出現してはいますが、本体反応はエインセルの内部にあります。一部だけが外に出てきているような状態です』
「つまり、外の影をどれだけ斬っても意味が無いから、エインセルの内部にいる本体を斬れと」
『ええ、しかしエインセルに直接攻撃を仕掛けるのは至難の業。レヴィスレイト殿でもあの状態ですからね』
数々の火線に晒されているレヴィスレイトは、いまだ健在ではあるものの上手く動けていない状況だ。
エインセルの攻撃には切れ目が無い。どれだけ敵を減らしても、それと同じだけの戦力が即座に補充される。
僅かな隙を突いて接近しようとしたところで、その距離を詰めるまでの間に対処されてしまう。
アリスがいれば多少はやれることもあったかもしれないが、現状では手詰まりであることは確かだった。
「……いいだろう、だがやれる規模には限度がある。そこまで期待するなよ」
『さて、貴方がその程度の結果で満足しますかね?』
「はっ、言ってくれるな」
ドラグハルトの勢力に、いいように使われることには抵抗がある。
だが生憎、有効な手が思いついていないこともまた事実だ。
やれることは、片っ端から試していくべきだろう。
(とはいえ……『唯我』はそうそう簡単に使えるようなもんでもないんだが)
エルダードラゴンの篭手のクールタイムは過ぎている。
そちらの使用に問題はないのだが、『唯我』を使えるかどうかの方を気にする必要がある。
あれはジジイの剣だ。ジジイのように、無造作に振るった刃全てにその性質を持たせることなどできはしない。
どうにかして影の動きを抑え、『唯我』を振るう時間を稼ぐ必要があった。
「となれば――」
こちらで動けないなら、その隙を作りだせばいい。
あの銃撃を避けながらこちらが攻撃を行おうとするなら、攻撃を行わせない程度の拘束をするべきだろう。
「セイラン! 奴らを風で包み込め!」
「クェエッ!」
高速で走り回って銃撃を避けつつ攻撃を行っていたセイランは、その声と共に大きく翼を羽ばたかせる。
その瞬間、逆巻く風が黒い影の部隊を包み込んだ。
敵を倒すほどの攻撃力は無いが、真っすぐ立つことが難しいほどの強風。
その風の中では、銃による攻撃などそうそう当たるものではないだろう。
他に射線が通っていないことを確認し、俺は息を整えて餓狼丸を正眼に構える。
(余分な力は不要だ。ただ相手を斬る、それだけに集中しろ)
斬るべきはあくまでもこの影であり、大公たるエインセルではない。
この影がエインセルの中に通じていたとして、それがエインセルの命脈そのものに繋がっているようには思えない。
ならば、斬るべきは目の前にある影だけだ。今はただ、それを斬ることだけに集中する。
「――――」
集中――深く、深く、世界を観る。
斬るという行為、その本質へと迫ってゆく。
ただ一閃、ただ一刀、その一振りを斬るべきものへと届かせる。
届いたならば――必ずや、断ち斬るのみ。
模倣――『唯我』。
効果の付与は、ただ右手の篭手の力のみ。
見据えるのは、風の中で揺れる黒い影の姿。
その内側で揺らめく黄金――その向こう側に、俺は確かに微かな気配を察知した。
「……ッ!」
一歩、踏み出すと共に振り下ろした一閃。
ただ、金色の輪郭を断ち斬るのではない。狙うべきはその向こう側――エインセルの内側にいるであろう、この影の本体へと、次元を断つ刃はその切っ先を届かせた。
内側の黄金を断ち斬られ、黒い影は揺らめくように消失する。
まあ、消えること自体は別に不思議でも何でもない。これまでの影も、攻撃を受ける度に消失していた。
今回も、消滅した後は後ろに控えていた影が進み出て、穴を埋める。
しかし――
「――貴様」
これまで、涼しい顔で俺たちを睥睨していたエインセルが、その表情を変えた。
ただ淡々と、虫でも見るような視線を向けていた指揮官は、その表情を確かな怒りに歪めていたのだ。
「貴様、一体何をしたッ!」
「チ……ッ!」
歩法――陽炎。
その憤怒と共に吹き荒れる魔力。そして、周囲から続々と湧き上がってくる黒い影。
それらが余すことなく持っている武装の数々に、俺は舌打ちと共に地を蹴った。
飛来する数多の銃撃は、これまでのただ迎撃しようとする程度の消極的なものではなく、確実にこちらの命を断ち斬ろうとする殺意に満ちた攻撃であった。
だが、だからこそ攻撃が来る方向は読みやすい。
こちらに向けられた殺意の目線を確実に読み取りながら、俺はエインセルの様子を観察した。
(攻撃は通じた、ってことだろうが……あそこまで怒りを露わにするとは)
確実に手ごたえはあった。見た目に差が無いため断言はできないが、俺が斬った黒い影は復活してきていないのだろう。
だが、冷徹な指揮官であったエインセルが、それで激怒するとは考えていなかったのだ。
自分の内側にまで攻撃をされたことに対する防衛反応だろうか。
だが、それでここまで感情的になるとは、あまり考えていなかった。
「おい、アルファヴェルム! どうなってる、聞いてるのか!?」
『どうと言われても、こちらとしてもこの反応は少々予想外だったのですが……ですが、今の攻撃は確かに有効だったようですね』
反応だけ見て応答しなくなるかと思ったのだが、意外にもアルファヴェルムはきちんと返答してきた。
とはいえ、問題が解決したわけではない。
たとえ『唯我』が通用したとしても、この場でそれを使えるのは俺だけだし、ここまで警戒されていては使えるようなものではない。
残念ながら、これが通用する手札であるとは到底言えない状態なのだ。
『そうですね、ただ確認はできました。あの影たちは、エインセルの内側に取り込まれた何者かであり、エインセルはそれが失われることを恐れていること。恐らくは――取り込んだリソースを、元の形のまま保持しているのでしょう』
「だったら、何か有効な手立てでも!?」
『生憎、すぐには答えは出ませんね。こちらも考えます』
結局、建設的な話は何も無く、アルファヴェルムは通信を切ってしまった。
思わず舌打ちを零しつつ、こちらを貫かんと向けられた銃撃を回避する。
一つ、ヒントは得られた。だが、それは答えには程遠いもの。
それならば、知恵者の知識を借りなければ、先に進むことはできないだろう。
後方へと迫ってくる本隊の気配を感じ取りながら、俺はひたすらに回避に専念することとなった。





