898:最前線へ
切り札であるベルを晒し、強引に突破したことで、作戦の局面は大きく進むこととなった。
通常であれば、エインセルの兵器による波状攻撃を躱しながら長時間に渡って戦い続けなければならないような場面だっただろう。
だが、一度目はノーマークの壁の内側から、二度目はベルという切り札を晒して。
どちらにしても力任せで強引な方法ではあったが、通じているなら問題ない。
内部防壁の内側まで到達した俺たちは、その場所を確保すると共に、アルトリウスの到着を待った。
「……しかし、ありゃどうなってるんだ?」
場所の確保そのものは、二体の真龍を出現させている時点でそれほど難しい話ではない。
遠方に見えるのは、巨大な鎧の姿となったレヴィスレイトだ。
奴はあの巨大な姿のまま剣を振るっているが、その体には断続的に爆発が巻き起こっている。
通常の兵器で、レヴィスレイトに有効なダメージが与えられるとは思えない。
となると、あれがエインセルの攻撃なのだろうか。
「アンヘル、あれをどう見る?」
「対空ミサイルランチャーですかね?」
「まあ、個人に使うような兵装じゃないが……あんなものを作れるのかって話だ」
あの攻撃の性能は、確かにミサイルランチャーと呼んで然るべきものだろう。
だが、どう考えてもそんなものを作れるとは思えない。
エインセルは果たして、どのような方法でそんな攻撃を再現しているのか。
「というか、普通に造った兵器で公爵級に通用するダメージが出せるなら、私たちなんてあっさり一掃できるんじゃないですか?」
「それなら、あれはエインセル個人の能力ってことですかね」
アンヘルと緋真の言葉に、俺は眉根を寄せつつも首肯する。
あれは、エインセル個人が使える能力であり、他の悪魔に使用できるものではない。
そうであるなら、まだ納得ができる範囲だと言えるだろう。
尤も、納得できたからと言って、その対処が容易くなるということではないのだが。
「エインセルがより高度な兵器を持ち出してくるとなると……」
「私たちはともかく、他のプレイヤーは厳しいかもですね」
俺や軍曹たちなら、そう言った武器との戦いも慣れている。
だが、他のプレイヤーに関してはそうはいかないだろう。
飛び交う銃弾への対処など、そうそう身に付くようなものではない。
「まあ、元より少数精鋭での接敵を想定していたんだ、結局は対処できるメンバーが接敵することになるだろうさ」
軽く肩を竦めつつ、そう告げる。
プレイヤー全体がここまで到達するまでには、まだしばらくの時間がかかるだろう。
それに加えて、ここの壁が崩れたことが敵に伝われば、防衛も苛烈になって行くことだろう。
それ故に、全てのプレイヤーがエインセルの元まで到達することは困難だ。
(しかも、ドラグハルト達に先行されている状況だ。どちらが勝るにせよ、このまま放置するわけにはいかない)
ドラグハルトが勝つにしても、エインセルが勝つにしても、どちらであろうと俺たちにとっては都合が悪い。
できるだけ早く、あの場所に参戦しなければならないのだ。
と――急にアンヘルが後方へと視線を向けたのは、ちょうどその時であった。
「……来たか」
一瞬遅れて、こちらも気配に気づく。
どうやら、アルトリウスたちがここまで到達してきたようだ。
アンヘルはランドの気配を察知したようだが、どうやって俺よりも速くその気配を察知したのやら。
まあ、コイツの感覚が独特であるのは今に始まった話ではないし、気にするほどのことでもないのだが。
「想定した中ではかなり理想的な運びですね、クオンさん」
「まあ、色々と予想外はあったがな」
姿を見せていないファムのことを思い浮かべつつ、そう呟く。
奴がアリスを連れて行っているせいで、こちらも少々動きづらいのだが、果たして何をしているのやら。
まあ、ロクでもないことではあるだろうが、こちらにとっての利益になることは間違いない。
あらかじめ説明しておいてほしいところではあるのだが、あいつは味方に説明しないところまでが作戦であると考えている節がある。
今回は何をしでかすのか、さっぱり想像ができなかった。
「それで、ここからは?」
「クオンさんの部隊は先行を。軍曹の部隊がサポートに回ります。次いで、部隊を再編して僕たちも出る予定です」
「……成程、軍曹に聞いたのか?」
俺の言葉に、アルトリウスは苦笑を零す。
俺たちが先に突っ込んで場を荒らし、後続の主力部隊が混乱した敵を制圧する。
それは、軍時代の部隊ではよく用いられていた作戦だった。
出方が良く分からない相手だからこそ、慣れた戦い方で挑むということだろう。
「正直、できればもっと情報を集めたいところではあるんですが、ドラグハルト側が接敵している以上はそうも言っていられませんから。急ぎ、戦闘への介入をお願いします」
「可能な限り情報を絞っておけ、ということか」
こうして遠目で見える戦いだけでも、未知の事象が見て取れるのだ。
実際に戦えば、さらに多くの想定外が襲い掛かってくることだろう。
だが、それら全てに対処できなければ、エインセルを倒すことなどできるはずもないのだ。
「方針は了解だが、あまり時間をかけないでくれよ。こちらがジリ貧になる前には来てくれ」
「勿論、分かっています。ですが、中途半端な戦力を送るわけにもいきませんからね」
プレイヤー全てが集まってくるのを待っている時間は無い。
一方で、急いでしまえば中途半端な戦力の逐次投入にしかならない。
その微妙な匙加減を任されたアルトリウスは、真剣な表情で頷いた。
まあ、状況が状況だ。あまり無理を言うわけにもいかないだろう。
「……とりあえず、うちの馬鹿共が来たなら自由に使ってくれていい。多少は戦場にも慣れてきただろう」
「ありがとうございます。頼りにさせて貰いますね」
うちの門下生たち、『我剣神通』の面々も、ここまで到達してくることだろう。
龍王の爪を用いた刀を師範代たちに配布できれば良かったのだが、生憎とそこまで時間は無かった。
それでも、戦力としては十分に数えられるはずだし、存分に暴れさせてやるべきだろう。
「軍曹はもう到着しているんだな?」
「ええ、すぐにでも行動は可能ですよ」
「なら、早速出発させて貰う。後ろのことは頼んだぞ、アルトリウス」
「了解です。前のことはお任せします、クオンさん」
互いに笑みを交わし、踵を返す。
さあ、時間はあまり残されていない。すぐにでも行動を開始しなければ。
「アンヘル、そっちはどうする?」
「一度軍曹と合流しますね。その後でどう動くかは、軍曹の作戦次第ですけど」
「了解、前に出てくるなら頼むぞ」
アンヘルの場合、後方にいてもあまり仕事はできないし、変な役回りが無ければこちらに戻ってくるだろう。
その時にランドと一緒に戻ってきてくれれば、より働きにも期待できそうだ。
離れて行くアンヘルから視線を外し、緋真と共に街の中心の方向へと足を向ける。
「ここからはいつも通りですか」
「いつも通りに持ち込むための戦い、かもな。何にせよ、まずはエインセルのところに辿り着かんことには何も始まらない」
直線距離にすれば、それほどではないだろう。
だが、ここは敵の本拠地。どのような仕掛けが施されているかは不明な状況だ。
気を付けるに越したことはないだろう。
「シリウス、ベル。お前たちが作戦の要だ。存分に働いて貰うぞ」
「グルルッ!」
『ええ、勿論ですとも』
威勢よく唸り声を上げるシリウスと、遠くに見える戦いに憎悪の混じる視線を向けるベル。
感情の方向性は違えど、抱いている戦意はどちらも劣るものではない。
しかし、求めていた敵を前にして、ベルの我慢もそろそろ限界のようだ。
ここまで抑えて貰っていたわけだし、ここらで存分に暴れさせてやるべきだろう。
「さあ、出発だ。エインセルとの決戦にな」
状況は不透明なまま、ここまで来てしまった。
だが、後戻りをするつもりもない。この場で全てを決する――その決意と共に、俺は城館の跡地へと向けて走り出したのだった。





