896:舞い降りる光
壁の上に備え付けられた兵器の数々は、既にシリウスへと向けて照準が合わせられている。
この場に於いて、最も警戒すべき相手はシリウスであると判断しているのだろう。
それも決して間違いではない。超重量級の巨体は、スキルを使わずとも防壁を破壊できるだけの力を持っているのだ。
無論、スキルを使おうともある程度は時間がかかってしまうし、それを防ぐために悪魔たちも兵器を向けているのだが。
性能が未知数である短距離砲、そして例のトリモチが装備されているであろうバリスタ。どちらも、強く警戒すべき対象だ。
故にこそ、俺は手に持った従魔結晶を、真上へと空高く放り投げた。
「隠していた手札だが……この難所を乗り越えるためなら、惜しいものでもないだろう!」
上空にて白く輝く従魔結晶。
それと共に姿を現したのは、白鳥の如き白い翼を広げる巨大なドラゴンだった。
光を纏いながら姿を現し、すぐさま周囲の状況を把握したベルは、即座にその圧倒的な魔力を励起させる。
「ベル、壁の上を!」
『承知しています!』
警戒に値する対象が唐突に増え、悪魔たちの動きに迷いが生じる。
シリウスを狙うべきか、ベルを狙うべきか、その判断ができなかったのだ。
その数秒の迷いは、ベルには十分すぎる時間であった。口腔内に大量の魔力を収束させた彼女は、咆哮と共に光輝く魔力を解放する。
『――吹き飛びなさいッ!』
一直線に放たれる閃光が、ベルの首の動きに従って薙ぎ払われる。
光属性の真龍たる彼女のブレスは《レーザーブレス》。目を灼かんばかりの閃光は、純粋な破壊力を以て悪魔たちを蹂躙する。
シリウスのように広範囲ではなく、直線に放たれるそのブレスは、逆に一点への破壊力は非常に高い。
たとえ壁そのものが頑丈であろうとも、その上にいる悪魔や兵器まで頑丈になるわけではない。
その圧倒的な力により、壁上の悪魔たちはまとめて蹂躙されることとなった。
「今だ、シリウス!」
「グルルッ!」
邪魔者がいなくなったことを確認し、シリウスが前へと進み出る。
尾の巨大な刃へと収束していく、強大な魔力。バチバチと弾ける力が、その圧力を増していく。
その刃が向かう先は、堅牢な防壁――それを前にしても、《不毀の絶剣》は恐れることなく放たれた。
「ルァアアアアッ!!」
強く地を踏みしめ、鋭い爪で体を支えながら、掬い上げるように放たれる銀の一閃。
空間を引き裂くその刃は、対象がどれだけ頑強であろうとも関係ない。
何の抵抗もなく、その刃は対象を斬り裂き――溢れ出した魔力が、巨大な防壁に確かな亀裂を刻んで見せた。
そして、シリウスは一度その場から後退し、姿勢を低く構える。
『私が支援します。遠慮なく行きなさい』
上空で大きく翼を広げ、ベルはそう告げると共に眩く光を放つ。
頭上に浮かぶ光の輪、そして体の周囲を巡る魔力の円環。
ベルの持つスキル、《軍勢の守り手》。それは、彼女を中心とした範囲にいる味方に対し、強大なバフを与える効果を持っていた。
シリウスの《不毀の絶剣》に相当するその力は、強化量と範囲も並大抵のものではない。
特に守りと回復に重きを置いた力ではあるが、攻撃力の上昇も含まれている上、シリウスはその防御力そのものが破壊力に直結する。
「グルァアアアアアッ!!」
そして、裂帛の咆哮と共に、シリウスは勢いよく壁へと向かって突撃した。
何の小細工もない、ただ重量級の肉体を利用した体当たり。
純粋な質量による攻撃は、しかし単純であるが故に強大だった。
シリウスが壁に激突すると共に、衝撃と鳴動が周囲に放たれる。
俺はその巨大な振動に何とか体勢を保ちつつ、巻き起こった砂煙に包まれた防壁を注視した。
「……行くぞ」
「あははっ、中々コミカルな姿ですね!」
腹を抱えて笑うアンヘルの背中を叩きつつ、壁へと向けて駆け始める。
壁へと突撃したシリウスは、頭から壁に突っ込んだ状態で止まっていた。
崩れ落ちた瓦礫に腰まで埋まっている状態であるが、強引に起き上がろうとしつつ、壁の破片を払い落としている最中だ。
つまり、シリウスは見事、内部の強固な防壁を破壊してみせたのだ。
「ベル、降りて来てくれ! 上空だと対空砲火を喰らう!」
『分かりました。穴を広げるのを手伝いましょう』
短時間だったから何とかなっているが、いつまでも飛んでいれば集中砲火を受けることになるだろう。
翼を羽ばたかせて地上へと舞い降りてきたベルは、瓦礫に頭を突っ込んだ状態のシリウスへと手を差し伸べる。
周囲の壁を掴んで崩壊を進めつつ、瓦礫をどかそうとしているようだ。
その様子を眺めつつ、俺とアンヘル、緋真はシリウスの体を足場にし、崩れた壁を乗り越えて壁の向こう側へと向かう。
「シェラート、向こう側、集まってきているんじゃないですか?」
「だろうな、流石に敵の密度が増しているだろうよ」
「要するに、ここからはとにかく暴れろってわけですかね!」
大剣を肩に担ぎ、獰猛に笑うアンヘル。
その言葉は否定せずに肩を竦め、跳躍する。
シリウスが起き上がろうとしているため、足場は非常に悪い。
だが、その程度で歩けなくなるほど、この場にいるメンバーは経験が不足しているわけではなかった。
ひょいひょいと登りながら上部へと到達し――壁の内部の姿を、視界に収める。
本来であれば整然と整備された街並みであったのだろうが、その先には崩壊した城館の姿が見て取れる。
あの時見た通り、ドラグハルトのブレスはあの城館を完全に破壊していたらしい。
とはいえ、エインセルが健在であることは間違いない。
そして、俺たちが近付いていることにも確実に気が付いているだろう。
果たして、奴はどのような状況なのか。それを知るためにも、あの城館に近付かなければなるまい。
それに――
「やはり、来てるか」
だが、集まってきている悪魔は、想像していたよりは少ない。
確かに素早く壁を破壊したとはいえ、防衛のために集まって来るには十分な時間があったはずなのだが。
そんな俺の疑問は、思わぬ形で氷解することとなった。
強大な魔力の気配が、遠方にて顕現したのだ。
「先生、あれって……!」
「……レヴィスレイトか」
遠方で立ち上がった、巨大な鎧姿。
それは、公爵級悪魔レヴィスレイトの真なる姿であった。
奴が本気を出したということは、あそこにエインセルがいるのだろう。
ドラグハルトがブレスを放ってから、それなりに時間がたっている。
どうやら、こちらは出遅れた形になってしまったようだ。
「少し急ぐ必要がありそうだな。ベル、シリウス! この場を確保するぞ!」
急ぎたいところであるが、他の仲間たちもここまで引き入れなくてはなるまい。
俺たちだけで侯爵級を倒せると考えるほど、思い上がっているわけではないのだ。
この場にアルトリウスたちが集まってくれば、場所の確保に俺たちは必要なくなる。
であれば、その後こそは俺たちの仕事となるだろう。
(あとは……アリスがどう仕事するかだな)
現状、アリスが何をしているのかは把握できていない。
だが、ファムからの指示で動いているということは、相当に悪辣な策を準備しているということだ。
それがどのように働くのかは不明だが、エインセルにとっては都合の悪い展開になるだろう。
不透明に過ぎる状況に、俺は顔を顰めながら内部の地上へと降り立った。
「……とにかく、やるべきことをやるだけか」
小さく呟き、集まってきた悪魔たちを睥睨する。
焦りは禁物。まずは、成すべき仕事を一つずつ片付けていくこととしよう。





