894:本来の戦争
申し訳ありません、予約投稿を忘れていました。
外傷の回復ができない、或いは遅れる――その情報は、すぐさま他のプレイヤーに共有した。
プレイヤー内でも検証が行われている最中ではあったため、この情報もすぐに確認が行われたようだ。
結果は、おおよそ予想した通り。外傷が回復しづらくなり、結果的にHPの回復も難しくなるという状況だった。
と言っても、完全に回復できなくなるというわけではない。俺のように高位の自己回復スキルを持っていたり、聖属性の強力な回復魔法であれば治癒も可能だった。
だが、これらは全てのプレイヤーが有しているわけではない。俺たちのパーティも、これに該当する回復手段を持っているのは俺だけだ。
つまり、ここから先は被弾しながらの戦いは難しいということになってしまうだろう。
「……仕方ないか」
逆に言うと、俺ならば多少の被弾は許容できる。
それに元より、俺は敵の攻撃に当たりながら戦うようなスタイルではない。
あまり、普段と変わらない動きで戦えばそれでいいだろう。
無論、被弾しないように気を付けなければならないだろうが。
「俺が前に出る。フォローは頼むぞ」
「私は魔法で援護します、お気をつけて」
現状、俺が出ることが最適解であることは理解しているのだろう、緋真も頷いて位置関係を整えた。
危険であることは百も承知、そもそも戦場にいる以上、危険であることは前提でしかない。
ここで怯んで足を止めることこそ、エインセルの望み通りの展開となってしまうだろう。
「シリウス、お前も気を付けろ。危険だと思ったらすぐに《不毀》を起動するんだ」
「グルルッ」
無駄遣いを避けるという意味で《不毀》を抑えるのは有効なのだが、それで外傷を受けてしまっては元も子もない。
無論、シリウスの体に外傷を伴うようなダメージを与えるのは困難なのだが、相手は大公級悪魔だ。絶対ということはあり得ないだろう。
「緋真、ルミナ、セイラン。お前たちはシリウスに隠れながら、狙撃の警戒をしろ。この状況で一番怖いのは、狙撃によるダメージだ」
急所ダメージが増えているため、即死部位でなくても受ければ致命傷になりかねない。
そうでなくても、外傷を受ければ回復が遅くなり、戦線離脱は免れないだろう。
狙撃攻撃だけは受けてはならない、厄介な状況だ。
(それに加えて……当然備えもあるか)
この大要塞の中央にある城館、その周囲を取り囲んでいる内部防壁には、当然ながら防衛のための兵器が備え付けられている。
流石に、都市内であるため迫撃砲は無い様子だが、グレネードランチャーやバリスタは遠慮なく使ってくるだろう。
特に、シリウスの行動を縛るバリスタのトリモチについては警戒せざるを得ない。
この戦場では、行動不能に陥ることは致命的になり得るからだ。
「さて、行くか」
あの壁の対処も考える必要があるが、まずは先に進まなくては。
餓狼丸を抜いたまま前に出て、周囲から俺へと殺気が集まるのを感じる。
それが高まると共に地を蹴り、俺は前方で銃を構える悪魔へと向けて突撃した。
周囲の建物から狙っている連中は、緋真たちに任せる。俺へと攻撃が集中している状態ならば、位置を捕捉するのも楽だろう。
「『生奪』」
歩法――陽炎。
位置を誤認させながら、悪魔へと肉薄する。
こいつらが兵器を装備している理由もそれなりに理解できた。
つまり、こいつらはエインセルの能力ありきで、敵に外傷を与えることを目的とした装備なのだ。
爆発武器は敵に当てやすく、ダメージも通しやすい。そうやって与えたダメージは、回復しづらい傷になるのだ。
必要なのは敵に傷を与えることであるため、強力な悪魔を増やす必要もない。
少ないリソースで兵士の数を増やし、効率的に敵を排除する――実に有効な戦術だろう。
「――けれど」
兵器を扱う訓練を受け、相応の戦術を与えられている。
それでも、この悪魔たちは個体としては弱い悪魔だ。故に、直接戦闘に持ち込めば大した相手ではない。
掬い上げるように斬り上げた刃は、悪魔の腰から肩にかけてを両断した。
崩れ落ちながら消滅する悪魔を尻目に、周囲の気配へと意識を巡らせる。
周囲の建物からこちらを狙っている悪魔は、緋真やルミナたちの魔法によってカウンタースナイプを受けている。
放たれれば対処しなくてはならないが、今のところは放置していても問題は無いだろう。
「《練命剣》【命輝一陣】」
前方にいた悪魔の内の一体を生命力の刃で斬り裂きつつ、もう一体へと肉薄する。
名無しの悪魔たちは状況に合わせて動けるが、そのバリエーションは多くない。
状況に合わせて行動を選択し、その通りに動いているにすぎないのだ。
故にこそ、見慣れていればその動きは読みやすい。
接近されればグレネードランチャーを使うことはできず、接近戦用の武器を抜いて攻撃を仕掛けてくるのだ。
斬法――柔の型、流水・無刀。
この程度の攻撃であれば、容易く受け流せる。
刃を逸らされ体勢が崩れた悪魔は、そのまま差し込まれた餓狼丸によって両断された。
だが、足は止めることなくそのまま地を蹴り、城館へと向けて進んでゆく。
(突出しすぎるか。だが、足を止めるわけにもいかん。こんな、クソみたいな場所を――)
少々危険な状況ではある。だが、時間をかければかけるほど、エインセルが態勢を整える時間が増えてしまうのだ。
少しでも敵に圧をかけ、状況を変化させ続けなければ。
それに――
覚悟を決め、俺は更に前へと足を踏み出した。
それに並ぶようにシリウスも前に出て、少しでも攻撃を引き受けようとする。
グレネードランチャー程度ならばダメージを受けることのないシリウスは、腕や尻尾を使って周囲の建物ごと悪魔たちを蹂躙する。
「道を塞ぎ過ぎるなよ?」
「グルッ」
あまり建物を崩し過ぎて通れなくなっても困る。
俺たちが通れても、後続が通れなくなってしまっては意味が無いのだ。
シリウスが暴れすぎない程度に抑えつつ、前へと進む道を観察し――左手前方にいた悪魔が、巨大な刃によって薙ぎ払われた。
だが、それはシリウスによる一撃ではない。それを放ったのは、建物の向こう側から姿を現したアンヘルであった。
「いたいた、ようやく合流できましたねシェラート!」
「アンヘル、状況は分かってるな?」
「ええ、勿論。要するに昔と同じってことでしょう?」
「ああ、全くだ」
吐き捨てるように同意しながら、襲い掛かってきた悪魔を斬り飛ばす。
確かに、昔と同じだ。敵の攻撃を受けないように、慎重かつ大胆に接近して敵を制圧する。
傷が治り辛いのも、急所にダメージを受ければ死ぬのも、向こうの世界と大差ない。
――ならばそれは、俺たちにとっては慣れた戦場だろう。
「旦那はどうした?」
「ランドは後方支援です。私は――ちょっと、存分に暴れたい気分だったので」
「そうかい。なら、昔のようにやるとしようか」
ティエルクレスの大剣を肩に担ぐアンヘルと並び、銃口を向ける悪魔たちを見据える。
かつての戦争、その有様を思い出させるようなこの戦いは、俺たちにとってはひどく癇に障るものであった。
それを為しているのが、大本が同じMALICEであるという点も、赦しがたいことであった。
(やってくれるもんだ、エインセル。そんなにも、俺たちと戦争がしたいって言うなら)
爆音と、衝撃。立ち並ぶ迫撃砲と、巻き起こる粉塵、崩れ落ちる瓦礫の音。
ああ、あの日と同じだ。あの頃と、地獄のようなあの日々と。
この箱庭はゲームだった。そのように創られ、そのように在ることを求められた場所だ。
だというのに、奴はこの場所に戦争を持ち込んだ。現実のような、殺し合いを。
「――殺してやるよ」
瞳の中に煮えたぎるような殺意を宿したアンヘルと共に――俺たちは、爆撃の雨の中へと身を躍らせた。