893:戦争の在り方
誰にも正体が掴めなかった違和感であるが、それも無理のない話であった。
何しろ、悪魔の外見以上の変化は、特には存在しなかったからだ。
あの赤黒い物体を纏い始めた悪魔たちであるが、その行動や能力が変化したわけではない。
見た限りでは、外見以上の変化を発見することができなかったのだ。
こちらから攻撃しても問題なく倒せているし、何が変わったのかを断定することはできていない。
だがそれでも、この場にいる全員が、単なる外見だけの変化ではないと確信を持ちながら対処していた。
(あのエインセルが、見た目だけを変えるような虚仮脅しをするとは思えんからな)
故にこそ、注意深く観察を続ける。
シリウスが目立っているため、奴らの攻撃自体は観察しやすい状況だ。
次々と放たれる榴弾は、シリウスの体に命中しては絶え間なく爆発を引き起こしている。
しかし、結局は物理攻撃。シリウスに対しては、ほぼほぼダメージを与えられない状況だ。
元々ダメージがほとんど通らないため、《不毀》を使う必要もない。
「ベルとの訓練で、《不毀》の使い方を習熟できて良かったな」
「無駄な消耗は抑えられますね」
MPの消耗が抑えられるため、シリウスの継戦能力も高まっている状態だ。
余裕が生まれているシリウスは、集中砲火を受けながらも冷静に、悪魔たちへと向けて反撃を行っている。
振るわれる剛腕の一撃は、建物ごと悪魔たちを粉砕していくのだ。
倒された悪魔たちも、通常通り塵となって消滅していく。あの赤黒い液体のようなものは、どうやら塵とはならず、地面に吸い込まれる形で消えていくようだ。
(アレは個々の悪魔が出しているものではないということか?)
地面に消えているのは、消滅しているわけではなく、吸い込まれているようにも思える。
何者かが回収しているのか、であればそれはエインセルによるものなのか。
不明点はあまりにも多いが、ともあれ悪魔を倒す点において困ることはない。
問題があるとすれば、悪魔の数が多いことだろう。強力な悪魔こそ少ないが、武装したデーモンの数は限りが無い。
少ないコストで準備できる戦力、ということだろう。
と――
「おい、回復ができないぞ! どうなってる!?」
右方から響いた、その声。思わぬ内容に目を見開いて視線を向ければ、そこにはタンクの後ろで回復を行っているパーティの姿が存在していた。
どうやら、被弾したため後退して回復しようとしていたようだが、それが上手く行かなかったらしい。
榴弾を受けて火傷を負ったプレイヤーは、ヒーラーからの回復魔法を受けて尚、その傷を回復できずにいるようだ。
後退していく彼らの様子を眺めつつ、俺は隣にいるルミナへと声をかける。
「ルミナ、シリウスに回復魔法は効くか?」
「ええと……はい、効果は発揮しています」
集中砲火を受けているシリウスだが、全くのノーダメージということはないため、回復魔法を検証することはできる。
ルミナの放った回復魔法を受け、ほんの僅かにだが減っていたシリウスのHPは、確かに回復した。
つまり、回復魔法が阻害されているというわけではないらしい。ならば何故、先程のプレイヤーたちは回復できなかったのか。
「緋真、一旦下がって情報を集めてくれ。ルミナとセイランは、できるだけ被弾しないように動くんだ」
未知の状況であるが、後退している時間は無い。
しかし、回復ができないというのも致命的であることは事実。
その性質については、きちんと確かめなければならないだろう。
「《練命剣》、【命輝一陣】――ルミナ、これならどうだ?」
「はい、確認します!」
適当に射線の通っていた悪魔を生命力の刃で斬り飛ばし、再度ルミナに確認する。
シリウスは回復することができた。なら、プレイヤーである俺の場合はどうなるのか。
ルミナが俺へと掛けた回復魔法は――確かにその効果を発揮し、【命輝一陣】で減っていた俺のHPを回復させてみせた。
「ふむ……これも効果アリか」
テイムモンスターだから、或いはプレイヤーだから、という点は関係ないらしい。
であれば、何らかの特殊な攻撃を受けて、それによって回復阻害の状態異常が付いていたのか。
しかしそうである場合、これだけ集中砲火を受けているシリウスが状態異常を受けていないのも不自然だ。
回復の阻害には、何らかの条件があるのだろうか?
「緋真、何か分かったか?」
「報告は上がってきてますけど、一貫性が無いですね。回復ができたりできなかったり……」
どうやら、他のプレイヤーも同じような状況であるらしい。
思わず、眉根を寄せて考え込む。果たして、どのような条件で現在の異常が発生しているのか。
その性質を理解できないことには、大公たるエインセルとの戦いなどとは言っていられないだろう。
「何か、他にも即死したとか急所ダメージが増えたとか色々とありますが、なんか一貫性が無いですね」
「急所ダメージが?」
「……話を読んだ感じだと、急所部位へのダメージが増えて、結果として即死したような報告がありました。敵の攻撃力そのものが増えたわけではないみたいですけど」
「急所ダメージだけが、か。何かのスキルってわけでもない……んだろうな」
条件が不明な回復の阻害、急所ダメージの増加。
これらは、果たしてどのような仕組みになっているのか。
エインセルによる干渉であるなら、アルフィニールの時のような、フィールド全体への干渉とも考えられるが。
もしそうであるなら、俺たちは既に、エインセルの腹の中に取り込まれているということになってしまう。
十分な準備ができていない状況で先手を打たれているとなると、中々に厳しい戦況となりそうだ。
眉根を寄せつつ、餓狼丸の刀身に素手で指を滑らせてみる。
当然ながら、鋭い刃は俺の皮膚を裂き、一筋の赤い線を走らせた。
だが、あまりダメージにもならないような傷だ。自己回復のスキルを持つ俺では、すぐに消えてなくなってしまう程度のものでしかない。
――けれど。
「……? 回復が、遅い?」
確かに、指に付いた傷は消えて行っている。
しかしながら、《再生者》のスキルを持つ俺は、本来もっと高速で再生するはずなのだ。
それこそ、切断された腕すらくっ付けるほどのスキルである。この程度の傷、一秒とかからずに消えてしまう筈だ。
だというのに、今は再生に数秒の時間を要してしまった。
(HPの回復は普段と変わらない。それなのに、傷の再生だけが遅い……?)
仕組みそのものは不明。だが、傾向があることだけは把握できた。
俺もシリウスも、外傷を伴わないダメージについては回復できたのだ。
逆に、外傷を伴うダメージの回復ができない、或いは遅れるということであれば――
「……緋真、もし外傷を回復できない場合、その状態でHPを回復したらどうなる?」
「え? えーっと、HPの回復自体はできますけど、すぐ自動的に減ってしまうような……まさか、そういうことですか!?」
俺の質問に事態を把握したのか、緋真は驚愕と共に声を荒げる。
これが事実であるかどうかは、検証の必要があるだろう。
しかし、もし事実であった場合、今回の戦いはかなり注意しなければならなくなる。
何しろ、体に付けられるような傷は極力避けなければならないのだから。
(まるで、現実世界のような――)
そこまで考え、舌打ちする。
急所へのダメージ増加、そして回復の阻害。
まるで、あの戦争の頃のような戦いだ。
それがエインセルの能力であり、戦い方であるならば――
「……厳しい戦いになるぞ」
かつての地獄を脳裏に呼び起こしながら、俺は舌打ちと共にそう呟いたのだった。