890:城斬り
さて、リーチの伸びた【練煌命斬】は、都市の外壁を斬り裂くことができた。
しかしながら、これ以上のリーチを持つ攻撃は、俺は持ち合わせていない。
となると、もう一度斬る場合には別のテクニックを使わなければならなくなる。
このテクニックは、中々にクールタイムが長いのだ。一度の戦闘で何度も使えるようなものではない。
さてそうなると、もう一度斬るためには何を使えばいいのか。
(【煌命閃】で行けるか? しかしこの壁は流石にでかいからな……)
ディーンクラッドの腕すらも斬り飛ばした一撃であるが、流石にこの壁の方がサイズはデカい。
【煌命閃】の一撃だけで切断できるかどうかは微妙なところだ。
まあ、他にもリーチの長いテクニックはあるのだが、それは別で使用する必要がある。
となると、やはり一旦【煌命閃】で斬るしかないか。
「まあ、こっちの方が溜めは短いからな……《オーバーレンジ》、《練命剣》【煌命閃】」
ポーションを飲んで回復しつつ、餓狼丸へと生命力を収束させる。
渦を巻く黄金を、【餓狼呑星】によって漆黒に染め上げつつ、壁に沿って走りながら斬るべき位置を確かめた。
軍勢が通り抜けなければならないのだ、ある程度の広さは必要だろう。
しかし、壁を倒壊させるとなると切った後の壁にももう一度攻撃する必要がある。
「しッ!」
斬法――剛の型、白輝・逆巻。
全身を使った渾身の振り上げが、漆黒の軌跡と共に放たれる。
限界までリーチを伸ばした《練命剣》の一閃。
その一撃は、完全に切断までには至らないものの、巨大な外壁を確かに斬り裂いて見せた。
当然ながら、悪魔たちはこちらに気が付き、小型のグレネードランチャーでこちらを狙ってきている。
走り回ってその攻撃を回避しつつ、最後の一撃をいかに放つかについて考えを巡らせた。
「まずは……《奪命剣》、【咆風呪】」
とりあえずは、射撃攻撃が邪魔であるため、奴らの攻撃を止めるために【咆風呪】を放つ。
当然ながら、今は餓狼丸を完全解放している状態だ。
そのため、【咆風呪】の威力も普段とは比べ物にならない領域であり、そのエリアに飲み込まれた悪魔たちは残らず枯れ果てることとなった。
ついでにHPも回復することができたし、準備は十分だろう。
「――『奪淵煌牙』、【餓狼呑星】」
餓狼丸を掲げ、漆黒の渦を発現させる。
《練命剣》を組み合わせたことで黄金が混じっていたテクニックであるが、【餓狼呑星】の発動と共にそれらも消え去った。
軋むように渦を巻く漆黒。周囲一帯の生命力を吸い上げ、巨大な刃として形成していく。
餓狼丸を解放している状態でのこのテクニックは、あまりにも凶悪だ。
周囲から吸い上げる生命力そのものすら、その攻撃力上昇の影響を受けているのだから。
「さて……これで壊れてくれればいいんだがな!」
斬法――剛の型、輪旋。
餓狼丸を中心に渦を巻く漆黒、その刃を全力で振るう。
それと共に放たれた漆黒の衝撃は、刹那の内に巨大な外壁へと突き刺さり――横一線に、強大な破壊力を外壁へと叩き込んだ。
左右に切れ込みを入れられ、強度の落ちていた外壁。
その中央へと叩き込まれた《奪命剣》の一撃。その衝撃に押された外壁は、切れ込みを入れた部分から、ゆっくりと向こう側へ倒れていく。
轟音と、周囲に立ち込める砂煙。それと共に、外壁の一角は完全に崩れ落ちたのだ。
「……よし」
目論見通りに壊れてくれたことに満足しつつ、俺は地を蹴って壁へと向かう。
餓狼丸の開放時間はまだ残っている。ならば、それを最大限に有効活用しなくては。
《空歩》だけでは足りない高さに鉤縄も使って登りつつ、壁の上の状況を確認する。
幅でも五メートル近くあるこの外壁は、本当に堅牢な代物だ。
俺やドラグハルトが本気を出さなければ破壊できない、難攻不落の城壁。
エインセルにとっては、防御の要の一つであったことは間違いないだろう。
(攻めあぐねた状態で俺たちが切り札を切ってくることは考えていたかもしれんが……初手からのドラグハルトの一撃は、果たして考慮に入れられていたのかね?)
通常では在り得ないその運用。果たして、エインセルはその可能性を考えていたのかどうか。
不明ではあるが、事実として城壁は崩れた。当然、エインセルは何らかの手を打ってくることだろう。
それまでに、こちらはできる限りのことをしておくべきだ。
「――《オーバーレンジ》、《練命剣》【命輝一陣】」
スキルを発動し、刃を振るう。
目指すのは、あくまでも兵器の破壊。【咆風呪】の広範囲攻撃によって兵器まで破壊できていたら楽だったが、あれは生物以外には効果を発揮できないタイプのテクニックだ。
兵器を破壊するためには、《練命剣》の方が有効だろう。
放たれた生命力の刃は、立ち並ぶ迫撃砲の砲身をまとめて切断してみせた。
流石は解放状態の餓狼丸、遠距離攻撃だろうとその攻撃力は健在だ。
(悪魔共は……まとめて吸い殺したからな。邪魔は殆どいないか)
俺がこの場にいることは、恐らくエインセルには気付かれていなかっただろう。
今現在がどうなのかは微妙なところだが、近い内にこちらに気付かれることは間違いない。
その時、エインセルはどのような反応を示すのか。
外壁を破壊されて黙っていることは無いだろうし、何らかの対策を取っては来ることだろうが――
「どうしたもんかね――《奪命剣》、【冥哮閃】」
生憎と、【煌命閃】はまだクールタイム中であるため、使用することはできない。
現状、攻撃力という面なら十分に足りているし、《奪命剣》のテクニックでも十分だろう。
大きく広がる漆黒の刃は、HPの吸収こそできないものの、単なる兵器を破壊する分には十分な破壊力を有していた。
(残り一分強――できるところまで暴れるか)
とりあえず、内側から見て左手側の壁の上についてはある程度破壊できた。
次は右側を狙い、崩壊した壁の切れ目から跳躍する。
空中を足場として何度かジャンプした後、再び伸ばした鉤縄を壁の上部へと引っ掛け、弧を描くように宙を揺られながら反対側の壁上に着地する。
こちらはこちらで、ある程度兵器が残っているのだが、やはりほとんど悪魔は残っていない状態だ。
向かってくる敵は適当に斬り裂きつつ、立ち並ぶ迫撃砲へと向けて刃を振るう。
「ただ斬るだけなら、スキルも不要か」
まとめて破壊するとなるとテクニックが必要だが、適当に壊すだけならスキルの発動すらも必要ない。
とりあえずは近場にあるものを破壊しつつ、解放の発動時間が切れそうになったら最後の一撃を放つこととしよう。
問題はその後、餓狼丸の発動が終了した後のことだ。
ドラグハルトの攻撃があったとはいえ、エインセルがいつまでもこちらの状況に気付かない筈がない。
こちらに対する迎撃を放たれるよりも早く、この場を離脱するべきだろう。
「流石に、発動が終わった状態で侯爵級と単独で戦うなんてのはしたくないからな……さて、そろそろか」
餓狼丸の開放時間は三十秒を切った。いい加減、そろそろ限界だろう。
ならば――最後は、派手に叩き壊してやるとしようか。
「《オーバーレンジ》、《練命剣》【煌命撃】――【餓狼呑星】」
大きく跳躍、《空歩》を利用して高く跳び上がる。
それと共に、餓狼丸に収束する生命力は、巨大な柱の如き鈍器と化す。
その一撃を、俺は足場としていた外壁へと振り下ろした。
元より崩落していた外壁を、更に押し広げるため振り下ろした一閃――その一撃を受けた外壁は、粉塵を上げながら轟音とともに崩落することとなった。
その砂煙の中に着地して、俺は再び街中へと跳躍して路地裏へと身を隠す。
「さて……アルトリウスに連絡するか」
いずれ、エインセルの手勢がこの場を確認しに来ることだろう。
倒し切れるならばそれを襲撃しても良いかもしれないが、まずは様子見か。
とりあえずは仕事をこなせたことに安堵しつつ、俺は餓狼丸へと経験値ジェムを注ぎ込んだのだった。