887:終着
【破魔蒐閃】によってもたらされた破壊は、集まっていたプレイヤーの大半を消し飛ばして見せた。
とはいえ、それは全てというわけではない。
できるだけ広範囲を薙ぎ払ったとはいえ、俺の後方を全て網羅できたわけではないし、正面から受けて何とか耐えきった連中もいる。
まあ、それはそれで驚きではあるのだが、多少はまともな人材が揃っているとなれば不可能な話でもないのだろう。
そして驚くべきは、この状況に陥ってなお、彼らが完全には戦意を失っていなかったことだろう。
「全く……本当に惜しいな」
この状況でも戦意を保てることは、正直驚異的であると言ってもいい。
それだけ、シズクには人々を率いるカリスマ性があるということだろう。
これで野心さえなければ、実に有用な人材だっただろう。
そんな俺の内心を他所に、この状況でもあきらめずにいるシズクは再び行動を開始する。
とはいえ、彼も正面からでは俺に適わないと理解している。
使ってくるのは、相も変わらず搦め手ばかりだ。
「まあ、間違いじゃないがな――《蒐魂剣》、【因果応報】」
後方から放たれた魔法をノールックで斬り裂き、そのまま打ち返す。
どうやら拘束用の魔法であったようで、その直撃を受けた魔法使いはグルグル巻きになってその場に倒れることとなった。
まずこちらの足を止めようとするのは悪くない選択だ。俺が自由に動ける状況で、勝ちの目は少ないと考えているのだろう。
だが、それに素直に当たるかどうかと問われれば、それは否でしかないのだが。
「『生奪』……!」
拘束された魔法使いについては、しばらく放置でいいだろう。
魔法使いが生き残っているのは、俺の後方だけだ。
元々俺が襲い掛かっていた辺りでもあり、その数はかなり少ない。
戦意を保っていたのは、今倒れた者程度だろう。
最も効率がいいのは――
「さあ、覚悟を決めな」
「ッ……!」
この集団の頭であるシズク、この男を抑えることだ。
自分が倒れれば集団が瓦解することも理解しているのか、俺が接近したことで彼は顔を顰めている。
だがそれでも、彼は一歩前へと足を踏み出した。
誰かの後ろに隠れれば、その時点で自分の信頼は潰えると考えているのか。
そんな状況ではあるが、彼の目は決して死んではいなかった。
(ならば――)
スキルを発動し、壁になろうと前に出た青年。
盾を構えているが故に、狭まっている視界。その陰へと、身を滑り込ませる。
先程までであれば、他のプレイヤーがインターセプトに入っていただろう。
だが、数が減った上に士気が下がっているこの状況では、対応に迷いが生じる。
その隙を突いて背後から肉薄しようとし――シズクの盾に、急速に魔力が集中した。
「【インパクトフォース】ッ!」
「ぬ……!」
盾から発せられたのは、そこを中心に広がる衝撃波だった。
威力の低いクレイモア爆弾のようなイメージであるが、接近した敵を押し返すためのテクニックなのだろう。
元々横に動いていたとはいえ、その威力に押されて距離を開いてしまう。
「どうしてだ……!」
シズクの口から漏れるのは、憤りの言葉だ。
それは俺に対してのもので間違いは無いだろう。だが、苛立ちに歪んだその表情からは、他にも様々な感情を読み取ることができた。
「《蒐魂剣》、【断魔斬】」
斬法――剛の型、輪旋。
大きく押し広げた蒼い刃が、距離を開けたこちらへと殺到してきた魔法を打ち消す。
先ほどよりも判断が鈍ってきているとはいえ、流石にチャンスを見逃すほど腑抜けているわけでもないらしい。
だが、生憎とこれ以上長引かせるつもりもないのだ。
状況はすでに動き始めている。アルトリウスたちの動きに、こちらも合わせなければならない。
ならば――
「――『破風呪』」
後衛を巻き込むように、《蒐魂剣》を組み合わせた【咆風呪】を放つ。
視界を確保する術は準備していたようだが、この中に巻き込まれれば魔法を使えなくなることに変わりはない。
連中も急いで闇の中から抜け出そうとするだろうが、それだけの時間があれば十分すぎる。
そのまま、俺は再びシズクへと向けて駆け――
「どうして、アンタ達ばかりが……ッ!」
盾を構えたまま、振り上げられたメイス。そこに、逆巻くように魔力が収束していく。
発動に時間がかかる類のテクニック。しかし、ここに来るまでにそれを準備するだけの時間は十分にあった。
こちらを正面から叩き潰そうとする、その一撃。
この期に及んで逃げないのならば――それを、正面から打ち破るのが礼儀だろう。
「《蒐魂剣》、【奪魂練斬】」
斬法――柔の型、流水。
テクニックによる後押しを受けているのだろう。凄まじい勢いで振り下ろされたメイスは、迷うことなく俺の脳天を狙っている。
その一閃に、餓狼丸の刃は蒼い光を纏いながら絡みつき――纏う魔力を吸収しながら、勢いを殺さぬままに斜め横へと流し落とした。
リーチの短いメイスでは地面を叩くことはなく、その勢いだけが横にそれたが故に、シズクの体勢は大きく崩れる。
だが、それでも。彼の視線は、こちらを捉えたまま微動だにしていなかった。
(いい根性だ)
それに関しては認めざるを得ない。だからこそ、相応の技術を以て相手をすることとしよう。
その決意と共に、俺は静かに身を沈めた。
歩法・奥伝――虚拍・後陣。
攻撃直後の意識の隙間、決して捉えられぬ水面の下へと潜り込む。
攻撃を振り切った直後の揺らいだ重心、それを捉えながら前に出した右足を相手の膝裏に絡め――強く、踏みしめる。
俺の姿を捉えられないままに膝を崩されたシズクは、攻撃の勢いのままに後方へと倒れ込み、俺はその眼前に餓狼丸の切っ先を突きつけた。
「リップサービスもしておいたが……まだやるか?」
「……くそっ」
小さく吐き捨て、シズクはメイスから手を離す。
ここまでやる根性はあるだけに、まだ抵抗してくる可能性も考慮していたが……どうやら、万策尽きたということらしい。
さて、コイツから話を聞いてもいいのだが、下手をするとブロンディー関連で地雷を踏みかねない。
小さく嘆息し――もう一度、口を開いた。
「お前さん、そこでやってて楽しいのか?」
「……何を?」
「表情が苦しげだ、って言ってるんだよ。配信者だって言ってたか。まあ、目立つ真似をするのも仕事なんだろうが――」
確かに、俺やアルトリウスに挑むというのは、それなりに大きなコンテンツではあるだろう。
目立つために敵対するというのも、分からなくはない。
だが――この男は、率いる人間の数のキャパシティーを超えつつあるのだろう。
アルトリウスのように、或いはドラグハルトのように。一国に匹敵するような数を背負えるほどの器ではないのだ。
「お前さん、自分が率いているつもりで、その声に飲まれてるぞ」
「――――っ」
「自覚はあるか。だが、一度口に出したら後には引けないってか?」
シズクは答えない。それを言葉にしてしまえば、世界全てに認めてしまったことと同じだから。
全く、人の上に立つというのも、何とも面倒な生き方だ。
「ったく……それが自分のやりたいことだって言うなら、貫き通すことだな」
「……俺たちのことなんか、眼中にないって?」
「悪し様に取るなよ。別に、ゲームだって言うなら好きに楽しめばいいのさ。だが、苦し気にやってるならそもそも間違いだってことだろう?」
切っ先を離し、踵を返す。
倒れたままのシズクは何かを言うわけでもなく、ただ視線だけでこちらの背中を追っていた。
そんな彼へと向けて、肩越しに一つだけ言葉を残す。
「自分のやりたいことを見つめ直すことだな。その上で挑んでくるなら、また相手をしてやるよ」
太陽の位置で方角を確認しつつ、マップを開く。
さて、話すべきことは話した。ここから先は仕事の時間だ。
まずは、この場所がどこであるかを確認しなくては。
おおよそ、予想が正しいのであれば――
「……エインセルの大要塞、北東側か。つまり、ここから潜り込めってことだな」
ファムの作戦は、俺の位置を誤認させたまま、敵の本拠地近くにまで送り込むことだろう。
上手くすれば、気付かれないままエインセルの大要塞に侵入できる。
流石に、俺一人でエインセルと戦うというのは無理があるが、上手いことアルトリウスたちが進みやすいように細工をすることはできるだろう。
無茶ぶりにも程がある作戦に、俺は思わず笑みを浮かべ、遠方に見える大要塞へと向けて歩を進めて行ったのだった。