884:奇襲
状況は理解できない。が――鍛え上げた感覚は、正確に状況への対処を開始する。
こちらへと飛来してきているのは、矢や魔導銃の弾丸。それに遅れて、発動の速い魔法が迫ってきている。
要するに奇襲、それもあのクソアマの策略によるものだ。
思わず舌打ちを零しつつ、先ほど手に入れたばかりの小太刀二振りを抜き放ちながら地を蹴る。
(敵は――プレイヤーか)
恐らく、ファムが仕掛けていたのは定点への転移魔法。
それにより、俺を強制的にこの場所へと送り込み、プレイヤー達――ドラグハルトの陣営に与したプレイヤーに襲撃させたのだ。
その真意がどこにあるのかまでは不明だが、どうせロクでもないことを企んでいるに違いない。
そして、最も腹が立つのは――あの女、俺ならばこの程度、一人で切り抜けられると信じているということだ。
あの女は一度、信用や信頼という言葉の意味を辞書で引き直すべきである。
「《オーバーレンジ》、『破風呪』!」
斬法――剛の型、輪旋。
大きく振るった刃で、【咆風呪】の闇を押し広げる。
《蒐魂剣》を付与したこの闇の中では、魔法の発動そのものが阻害されることになるのだ。
敵の数は不明だが、かなりの人数がこの襲撃に加担していることだろう。
流石に、それだけの数からの波状攻撃を受けるのは厳しいと言わざるを得ない。
(あのクソアマ、俺を仕留めるための作戦立案まで――いや)
敵の信用を得るためとはいえ、そこまでやるかと考え、その可能性を否定する。
あの女が作戦立案をしていたなら、こんな生温い攻撃はしないだろう。
何しろ、転移したその場所に罠が仕掛けられている様子もなかった。
ブロンディーが手を出していたなら、もっとえげつない作戦になっていたことだろう。
(なら、これは……あの若造の挑戦ということか)
こちらに転移した瞬間に響いた声、あれは以前俺に挑んできた、月影シズクとやらのものだった。
周囲を闇で覆い、自らもその中に隠れたため、彼の姿を発見することはできない。
だが、この襲撃の主導が彼であるというのなら、その挑戦は受けるべきであろう。
知らぬとはいえ、あの女狐に唆されて人類に仇なす立場となってしまった若者には、多少の同情心はあった。
「……!」
しかし、同時に感心もする。
闇の中、姿を隠した筈の俺に対し、いくつもの攻撃が正確に飛んできていたのだ。
魔法は防げているものの、彼らは闇の中を見通す手段を持ち出してきたらしい。
【咆風呪】に隠れるのは、俺が良く使う手ではある。そんな行動に対する対抗策を、きちんと準備してきたようだ。
(すり鉢状の構造となっているから、中心に攻撃しても同士討ちはしづらい。そして、攻撃してきている後衛を仕留めようと思えば、並んでいるタンクたちが邪魔をするか)
一気に駆け出し、後衛へと接近しようとしたものの、その道は重厚な鎧に身を包んだタンクによって邪魔をされている。
しかも、複数のタンクが並んでいるため、恐らくは《フォートレス》に類するスキルを使用できる状況だろう。
あれは障壁によって移動を妨げられることになる。彼らがいる状況では、後衛を攻撃することはできないだろう。
そして、それらに足止めをされている間に、こちらは遠距離攻撃の的にされ続けるというわけだ。
「全く……よくもまぁ、対策してきたもんだ」
俺という存在の動きを、よく観察している。
その上で、俺が苦手とする状況を考察し、その戦場を整えた上で挑んできたということだ。
女狐の関与があったとはいえ、よくもまあここまで準備をしてきたものである。
俺に挑もうとする、その気概。緋真を思い出すようなそれを、否定するわけにはいかないだろう。
(さて、どう斬ったものかね――)
闇を見通して飛来した攻撃を小太刀で弾きつつ、この壁を突破する方法を考える。
時間をかけていると、強力な魔法が飛んでくるだろう。
流石に、それらは回避だけで対処することは難しい。あまり、時間をかけている余裕は無いのだ。
ならば――
「早速、使わせて貰うとするか」
闇の中でも俺の接近を感じ取り、タンクたちはタワーシールドを構えてスキルを発動する。
立ち並ぶ、巨大な壁のエフェクト。それを目前にし、俺は小太刀を収めて背中の野太刀に手を掛けた。
「龍の爪よ、引き裂け」
鞘に仕込まれた精霊石により、大量の炎を吸収した焔王は、強大な龍の爪を再現する。
その一撃に、俺は右の篭手の力――エルダードラゴンの、時空を断つ力を付与。
背中から抜き放った長大な野太刀の一閃は、五本の炎の爪となって顕現する。
《不毀の絶剣》に及ばずとも、これはあらゆる防御を突破する一撃となるのだ。
その巨大な炎の一閃は、そそり立つ壁ごとタンクの面々を引き裂いた。
「な――」
「そんなっ!?」
口々に飛び出す悲鳴。無理も無いだろう、エルダードラゴンのクエストそのものは知られているものの、エルダードラゴンの爪を手に入れられた者はいないだろうから。
この右の篭手の力は、知っている者は少ない筈だ。
あらゆるものを焼き焦がしながら引き裂いた炎の爪は、頑丈極まりないタンクたちの体力すらも一撃で奪い去る。
まあ、連発できるものではないのだが、それでも彼らを警戒させるには十分なものだろう。
「さて――【オリハルコンエッジ】、【オリハルコンスキン】、《剣氣収斂》」
再び小太刀を抜き放ち、詠唱しておいた魔法を発動する。
【武具神霊召喚】は使わない。あれは一度発動すると、かけ直すのに中々手間がかかるからだ。
武器を変更する可能性があるなら、まだ使用は控えておくべきだろう。
歩法――陽炎。
タンクを突破された焦りからか、プレイヤーたちは浮足立っている状況だ。
同士討ちを恐れたか、遠距離攻撃もまばらになり始めている。
防御を突破されないことが前提だったのだろうが、流石にそれは見通しが甘いというものだ。
とはいえ――
「流石に、対策はしているか」
遠距離攻撃部隊に肉薄しようとしたところで、その中から剣を構えたプレイヤーが飛び出してきた。
流石に、護衛も無しに魔法使いたちを配置していたわけではないようだ。
しかしながら、殺気が丸出しでは不意打ちにすらなっていない。
斬法――柔の型、流水。
左の銀嶺にて、突き出されてきた剣の一撃を受け流す。
瞬間、その武器は保持する右手ごと凍り付いてしまった。
思った以上の効果に思わず眼を見開くが、身に染み付いた動きがそれで止まるはずもない。
入れ替わるように振るった灼咆は相手の首を斬り裂き――その体を、紅蓮の炎で包み込んだ。
「んなっ、うわああああッ!?」
突如として炎に包まれたことによる驚きもあるようだが、流石に首を裂かれては耐えられなかったようで、その少年はその場に倒れた。
HPは尽きているが、死体が消える様子は無い。
放置しておけば蘇生されかねんし、さっさととどめを刺しておくべきだろう。
そのまま左の銀嶺で斬りつければ、抵抗もできない死体はそのまま消滅した。
「さて……」
「ひっ!?」
「あまり時間もかけていられない。挑んできたんだ、相応に斬られる覚悟はしておけよ」
斬法――柔の型、断差。
交差する刃が、弓を持つプレイヤーの首を斬り飛ばす。
タイミングの問題か、倒れるプレイヤーは炎に包まれ、程なくして炎のダメージによって消滅する。
この調子なら、この二刀でも十分に殺し切れることだろう。
とはいえ――流石にこれだけで終わるのではつまらない。
「まだ終わらんだろう? ここまで準備したんなら、もっと見せてくれ」
地を蹴り、プレイヤーたちの中へと飛び込んでいく。
突破された程度で瓦解するようなら、前回からなにも成長していないということだ。
まだ、何かしらの仕込みはある。そう信じ、俺は炎と氷の二刀を振るったのだった。