880:光の翼
「ベル、まずは上空だ。目を潰せ」
『ええ、勿論です』
俺の言葉に頷き、ベルは空中に魔法を展開する。
輸送部隊の頭上にはワイバーンが飛んでいる。いくら俺たちの存在についての報告が出回っていないと言っても、エインセルが警戒を怠る理由にはならない。
だからこそ、輸送部隊には常に護衛部隊が付いているし、上空はワイバーンによって広域警戒が行われているのだ。
俺たちの情報を持ち帰らせないようにする為には、まずこのワイバーンたちを片付ける必要がある。
俺の指示に従い、魔法を発動したベルは、発生させた光の刃をワイバーンへと向けて解き放った。
流石にこれだけの規模の魔力運用となると、ワイバーンたちでも気が付いてくる。
しかしながら、目視できない状態から放たれたベルの魔法を相手にするには、その反応では遅すぎた。
光の刃によって翼を貫かれ、昆虫標本の如き姿となったワイバーンたちは、間髪入れずに接近したルミナ、セイランの攻撃によって地へと叩き落される。
「さて、迅速に片付けるぞ」
「了解です、行きますよ」
ワイバーンの墜落によって、地上にいる輸送部隊たちも異常に気が付くだろう。
故に、それよりも早く先制攻撃を叩き込む。
その先鋒となったのは、既に炎の魔法を準備していた緋真だ。
発生した巨大な火球は、隕石の如く地上へと墜落し――その接近に気付いた護衛部隊の中心で、巨大な爆発を巻き起こす。
こちらに気付いていたならまだしも、不意打ちでこれを防ぐことは不可能だろう。
即死しないまでも派手に吹き飛んだ悪魔たちの姿に、俺は笑みを浮かべながら《空歩》と共に地上へ着地する。
「さて、さっきの通りだ。コンテナさえ壊さなければ、どう戦っても構わんぞ」
言いつつ、立ち上がろうとしていた悪魔の首を斬り飛ばす。
元より、経験値目的には大した量にもならん連中だ。
時間をかけるだけ無駄であるし、さっさと片付けてしまった方がいいだろう。
奇襲を仕掛けたため、上空のワイバーンもすでに殲滅しかかっている状態だ。
ルミナとセイランも、程なくして地上の攻撃に参戦することだろう。
(……この程度の敵じゃ、ベルの真価を確認できないんだがな)
ベルは強力な真龍だ。その真価を発揮するためには、せめて伯爵級以上の悪魔が相手でなければなるまい。
現状、ベルは積極的に戦ってはいるものの、どちらかというとシリウスに対する指導を優先している様子だ。
接近戦の戦い方を教えているものの、それはベル本来の戦い方というわけでもないだろう。
能力的には、恐らく攻防のバランスが取れた戦闘スタイルか。
どこかしらで、その様子は確認しておきたいところである。
『ただ漫然と爪や牙を使うのではなく、魔力を収束させなさい。貴方は既に尾で同じことをしているのですから、後は全身の刃でそれをできるようにするだけです』
「グルァアッ!」
ベルの言葉を聞き、シリウスの爪が銀色に輝き始める。
シリウスはブレスや特殊攻撃に魔力を使うため、普段からあまり消費したくはないところではあるのだが、より効率化されるということであればそれも学んでおくべきか。
ベルにはシリウスの持つ《不毀》の性質を教えてあるし、その上で学んだ方がいいと判断したならば無駄ではないのだろう。
そういった根気のいる単純な技術は、余裕のあるうちに学んでおいた方がいいだろう。
「グルルッ」
シリウスの振るう爪が、銀色の軌跡を描く。空中に刻まれたその光は、悪魔たちの体を地面ごとバラバラに引き裂いた。
その速度は、普段よりも早く見える。それは攻撃が加速したというより、切れ味が増したが故に、何かに接触した時に減速することが少なくなったからだろう。
やはり、多少は魔力を消費してしまっている様子であるが、習熟していけばその消耗も効率化されていくということか。
『敵の攻撃は雑に対処しないように。特に、貴方は元から耐久力が高いのですから、無意味に《不毀》を発動させるべきではありません』
この助言については、実際その通りである。
シリウスの防御力ならば、別に《不毀》の効果が無くともダメージを受けないような攻撃はいくらでもあるのだ。
そのような攻撃に対してまで《不毀》を発動していては、魔力の無駄遣いとなってしまうことは事実である。
とはいえ、《不毀》のMP消費は相手の攻撃の威力に依存する。
ダメージを受けない程度の攻撃であれば、消費も微々たるものであるし、今までは気にしていなかったのだ。
まあ、それが効率化に繋がることは事実であるし、できるだけ《不毀》を発動させないに越したことは無いだろう。そもそも、多少のダメージならばすぐに回復できるのだから、無視しても全く問題ないのである。
「しかし、一朝一夕に身に付くものでもなさそうだな」
攻撃に魔力を加える程度ならば、意識的に行えばすぐに習得できるだろう。
だが、魔力の効率化と、《不毀》の選択についてはそこまで容易いものではない。
ここから意識的に、修練を積み重ねる必要があるだろう。
一方のベルであるが、シリウスにあれこれ指示を出しつつも、自分も器用に戦っている。
広げられた光の翼からは周囲にバフを放ち、俺たちの攻撃力、防御力を共に高めていた。
更には《聖域展開》の効果まで発動しているため、悪魔たちにはデバフがかけられている状態である。
自分たちを強化し、相手を弱体化するその力は、元より有利だった今の状況では強力過ぎる代物だ。
(シリウスのことを気にした、最低限の支援でこれか。本気を出したらどこまでになるんだかな)
だからこそ、彼女の真価を発揮させてやれないことがもどかしい。
もっと俺が強ければ、彼女を活躍させることもできただろうが――まあ、こうなってしまった以上は仕方ないか。
「そのおかげで、少しでもエインセルの邪魔ができるんだからな、っと……」
できるだけシリウスに獲物を残しつつ、かといって無駄な時間を過ごさぬように敵を間引き――そんなことをしている間に、戦闘は終了してしまった。
元より苦戦するような相手ではなかったが、ベルの力によってより素早く終わらせてしまった形だ。
やはり、もう少し強いか、あるいは数のいる敵を相手にした方がいいだろうか。
「ま、何はともあれこのコンテナか」
「今度は何が入ってるんでしょうね?」
情報を知らせるような存在は全て片付けたとはいえ、あまりのんびりと検分はしていられない。
鍵を切断してコンテナの蓋を開けると――中には、分解された兵器らしき代物が格納されていた。
砲身らしきものがあるため、恐らくは大砲の類なのだろうが、これだけだとどのような兵器なのかが良く分からない。
「えーと……迫撃砲かしら?」
「いや、それよりは口径が大きいな。砲身も短めだし、短距離砲か?」
ある程度兵器は見慣れているものの、流石に分解されたパーツでは判断が難しい。
あまり見慣れないものであるため、もしかしたら新兵器なのかもしれないが、流石にインベントリに入らないものを持ち帰るのは難しいだろう。
コンテナごと運ぶのは勘弁してほしいところだ。
「仕方ないか。緋真、何枚か写真を撮っておいてくれ。アルトリウスたちに送って、画像だけで判断して貰おう」
「あ、なら映像も撮っておきます。その方が資料も多いでしょうし」
「そうだな、頼む。終わったら破壊して、先に進むことにしよう」
現状では正体不明であるものの、既知の兵器であるかもしれないし、この場で検証していても時間が勿体ない。
検証はアルトリウスたちに任せることとして、俺たちは先を急ぐとしよう。
「……」
『どうかしましたか、剣士殿?』
「いや、他にも輸送部隊が見つかるといいなと思っただけさ」
視線を向けていたことに気付いたか、ベルは首を傾げてこちらに問いかけてくる。
軽く肩を竦めてそれに返しつつ――ベルとの向き合い方について、考えを巡らせることにしたのだった。





