879:改良型輸送襲撃
俺の思い付きは、そう複雑なものではない。
そもそも上手く行くような確証もなかったし、成功したら御の字程度の考えであった。
しかしながら――この思い付きは、想像以上に効果を発揮するものであったようだ。
『成程、これは中々に、胸がすくものですね』
その立役者となったベルは、光の刃で悪魔の群れをバラバラに斬り刻んだ後、満足そうに頷きながらそう呟いた。
長らく、行動を制限された上に辛酸を舐めさせられていた彼女にとって、悪魔を攻撃すること――さらに言えば、エインセルの思惑を邪魔することは願ったり叶ったりということだろう。
まあ、彼女にばかり暴れさせてもこちらが経験値を得られなくなってしまうため、任せてばかりもいられないのだが。
それに――
「魔力は使いすぎないでくれよ? 作戦が成り立たなくなるからな」
『勿論、理解していますよ。これが有効だと分かったのですから、無駄は避けるべきです』
相変わらず、物腰は丁寧なのだが、何処までも戦意に満ちている。
まあ、その仕事ぶりは確実であるし、能力は今回の作戦に欠かせない。
きちんと信頼し合うにはしばらく時間が必要だろうが、今は満足しておくべきだろう。
「うーん……この部隊は弾薬を運んでいたみたいですね。どうします?」
「爆破してしまってもいいとは思うが……その原料は俺たちも使えるもんだからな。持ち帰るか」
弾薬の原材料は、現在アルトリウスたちの手によって少しずつ掠め取ってはいる。
だが、こちらから派手に爆撃しようとした場合には、まだまだ量が足りないだろう。
その辺の具体的な状況については聞いていないが、これらがあって困るということはあるまい。
幸い、弾薬についてはインベントリに入れておくことはできるし、あまりかさばるということもない。
これに関しては、無理せず鹵獲することができるだろう。
とりあえず、コンテナに入っていた弾薬を次々とインベントリに放り込み――そこを覗き込むように首を降ろしていたベルが、こちらへと向けて問いかけてくる。
『剣士殿、次はどちらに向かうつもりですか?』
「このまま北上して、しばらくしたら西向きだな。ある程度ルートの予測はできているし、見張っていてもいいんだが……正直、ただ待つだけってのは性に合わんからな」
『ふむ……分かりました』
呼び方からして、ベルは俺を主君として認めているわけではないのだろう。
というか、ベルにとって主とは白龍王のことであり、俺はあくまでも同盟相手という程度の考え方であるようだ。
まあ、事実として俺よりもベルの方が強いわけだし、白龍としての在り方を考えればその方が自然だ。
急に主として扱われ始めても違和感しかないし、それで問題は無いだろう。
ともあれ、コンテナ内の弾薬はできる限りインベントリに格納して、こちらの作業は完了した。
「よし、作業は終わりだ。また出発しよう」
『了解しました。目隠しを展開します』
俺の言葉に頷いたベルは、翼を輝かせて周囲へと魔法を発動する。
光の粒子が舞い、渦を巻くように周囲へと押し広げられ、俺たち全員の体を包み込んだ。
その様子を見まわしながら、感心した様子で緋真が声を上げる。
「これで周りから見えなくなってる、って言われても正直実感が無いですね」
「こっちからは見えてるからな。便利なもんだ」
セイランの背中に乗り込みつつ、緋真の言葉に肩を竦めつつ首肯する。
ベルが発動したのは、周囲の光を屈折させる魔法だ。
正直、姿を隠すという点ではそう効果の高いものではない。
そちらの専門分野である幻術と比べれば、近付けばわかってしまうあたり効果は低いと言える。
だがそれでも、俺が求める効果としては十分だった。
『周囲からは、こちらの姿が見えなくなっています。亜竜程度の目を誤魔化すには十分でしょう』
「便利なもんだな。近付かなければ何とかなるだろう」
周囲の光を屈折させる効果であるため、地上で展開しているとどうにも違和感がある。
だが、空の上ならば比較する景色も少なく、気付かれにくいのだ。
接近されれば気付かれてしまう可能性は高いが、その距離まで接近したならそもそも素直に倒した方が早い。
その光を纏ったまま、俺たちは空高くへと飛び上がった。
(さて、上手く発見できるならいいんだがな)
ワイバーンに捕捉されなくなることで、輸送部隊の動きを遅らされることは無くなる。
そのおかげで、再び輸送部隊を襲撃することができるようになったわけだ。
とはいえ、だからと言って必ず発見できるようになったというわけではない。
結局、それを発見できるかどうかは運次第だ。
「とりあえず、このまま北へと飛ぶぞ。街道周辺まで来たら確認を頼む」
「了解よ。でも、それまでの戦闘はどうするの?」
「それなりに強力そうな敵がいたら戦うさ。経験値も欲しいからな」
エインセルの邪魔もしたいが、成長もしたい。
ベルとの連携も確認しておきたいところであるし、戦闘はなるべくこなしたいところであるのだ。
しかしながら、この辺りで手頃な獲物がいるかいるかとなると、それは疑問が残るところであるが。
経験値を稼ぐなら、もうちょっと北に行ったところで探すべきだろうか。
「ところで先生、あの場所を拠点化するとして、どれぐらいかかると思います?」
「エレノアの手がどれだけ空いてるかだろう。向こうのクエストも、そろそろ一段落して欲しいところではあるんだがな」
地下都市のクエストは、エレノアたちにとってはかなり魅力的なクエストだ。
果たして、あのクエストを経て彼女たちはどれだけ技術を高めているのか。
フィノに任せた仕事の進捗も気になるところではあるのだが、果たしてどの程度進んでいるのやら。
緋真の刀の完成もそうだが、そろそろ俺用の刀も作ってもらいたいところである。
「すぐに取り掛かれるなら、拠点として使えるようになるのは数日もあれば十分だろう」
「まあ、『エレノア商会』の人たちも集まっていたから、それほど時間はかからないんじゃないかしら?」
「それなら、二、三日ぐらいの間には完成しますかね……」
確かに、エレノアが本気で動いているのであれば、そう時間を置かずに完成することだろう。
そうなれば、俺たちは本格的に、エインセルに挑むために動き始めることとなる。
果たして、今の俺たちに力が足りているのかどうか。
相手の力を読み切れていない状況では難しいのだが、残念ながらエインセル側からも侵攻を受けている以上、ゆっくりと時間をかけている余裕はない。
準備ができたなら、相手から攻撃を受ける前に動き始めたいところだ。
『どのように戦いを仕掛けるのかは気になりますが……私も、全霊を以て参戦します』
「アンタの力には期待してるよ。とはいえ、先走らないようにな」
『契約していただいた以上、指示には従いますとも』
さて、果たして本当に制御しきることができるのか。
正直、純粋な能力では俺よりもベルの方が高い。
果たして、俺にベルを制御しきれるのかどうか――まあ、いざとなったら従魔結晶に戻してしまえばいいのだが、いいところで実力を認めさせる必要があるだろう。
「……クオン、そろそろ街道だけど、ビンゴみたいよ」
「ほう。ワイバーンによる対策が上手く行って、油断していたか?」
向こうは流石に、俺たちがベルを――強力な真龍を仲間にしたとは考えていないだろう。
であれば、ベルという手札は極力隠したままエインセルの戦いに臨みたい。
しばらくの間、慎重に戦うこととしよう。