872:東の空
アルトリウスとの調整通り、飛び出してきた東の空。
エインセルの支配する領域については、『キャメロット』もそれなりに斥候を出してはいるのだが、生憎と詳細な調査はできていない状況だ。
まあ、仕方のない話ではあるだろう。エインセルの軍勢は組織立った動きを得意とする。
一度でも発見されれば、執拗に追い回されることは間違いないからだ。
それでなくとも、アルフィニールとの戦いがあったため、エインセルはあまり刺激しないように立ち回っていた。
つまり現状、このエリアに関する情報は出揃っているとは言い難いのだ。
「マップの情報、あんまり埋まってないですね」
「まあ、この状況なら仕方なかろうよ」
調査のために空へと登ったわけなのだが、俺たちは程なくして上空で攻撃を受けることとなった。
飛来してきたのは、例によってプレートを身に纏っているワイバーンだ。
やはり動きはそれほど鋭くなく、また物理攻撃には弱いため、倒すのにはそれほど苦労することはない。
墜落していくワイバーンの姿を眺めつつ、嘆息と共に眉間に寄ったしわを解す。
「中々に素早い反応だったな」
「空を飛び始めて数分よ? そんなに空を監視していたのかしら」
「それだけ、空の戦力を警戒しているんだろうよ。こちらからすれば厄介な話ではあるがな」
セイランに合図を送り、空を駆けるスピードを上げる。
とはいえ、シリウスが追い付けなくなるような速度ではないのだが。
ちなみに、シリウスは加速が遅いものの、最高速度はそれほど悪くはない。
ゆっくりと加速していけば、それなりの速さで飛ぶことはできるのだ。
あのワイバーン程度であれば、振り切れるレベルの速度になっているだろう。
「けど、こんなにすぐ捕捉されるんじゃ、調べるのも大変じゃない?」
「それを含めての調査さ。エインセルの目がこちらに逸れるのであれば、その分アルトリウスも動きやすくなるだろうからな」
尤も、これについてはそこまで期待しているわけではないが。
ただ飛んでいるだけでこちらに注視し始めるほど、エインセルの目は甘くはないだろう。
まあ、それならそれで、こちらは自由にやらせて貰うだけなのだが。
「緋真、とりあえずマッピングは頼むぞ。さっきの情報はもうチェックしてあるんだろう?」
「はい、このエリアの主要な都市跡地と、エインセルの採掘拠点の位置ですよね。勿論チェック済みですよ」
今回、俺たちの目的となるのは二点。
一つは、輸送中のエインセルの資材、兵器を破壊すること。
これは要するに、先程チェックした主要都市や採掘拠点、それらの交通網を確認して、輸送中の資材があればこれを破壊するという仕事だ。
都市や拠点そのものを攻撃することはできないが、その途中の道路についてはローフィカルムも保護対象とはしていない。
悪魔が石碑を使えない以上、転移によって移動しているとは考えづらいだろう。
まあ、ローフィカルムが転移魔法を使っているという可能性もあるが、流石にこの全域をカバーしながら輸送まで担当しているというのは、いかに公爵級が強い力を持っているとしても無理があるだろう。
「とりあえず、原材料そのものについては『キャメロット』の仕掛けがあるから急務ではない。今狙うべきは、都市間の交通網だな」
「けど、それって私たちだけで何とかなる仕事かしら?」
「別に完璧に防ぐって話じゃない。ある程度、エインセルの懐にダメージが与えられればそれでいいのさ」
エインセルの本拠地である大要塞を中心として、円を描くように交通網を監視する。
流石に、俺たちだけで全てを完全にカバーすることは難しいだろうが、それも承知の上だ。
全てを完全に防ぐことができなくてもいい。俺たちのメインとなる目的は、エインセルに確保されていない拠点を手に入れることだ。
資材輸送の襲撃など、そのついでで十分なのである。
「とりあえず、輸送部隊の確認はアリスに頼む。マップと現在位置を調整して、道路になっている場所辺りで周囲を確認してくれ」
「構わないけど、貴方はどうするつもりなの?」
「俺は、拠点にできそうな場所に注意を払っておく。中々、見つけるのは難しそうだがな」
そんな場所があるなら、とっくの昔にエインセルが確保していることだろう。
周囲からの視線を遮ることが可能で、更にはある程度エインセルの本拠地に近付くことができる場所。
あまりにも都合が良すぎる条件だが、拠点に使える場所が見つからないことには対処が難しい。
いっそ、エレノアたちが新たにに街でも作ってくれないものかと思ったが――それを正面から言うと真顔で説教されかねない。
流石に、敵地で一から街づくりをすることの困難さは、説明されずともある程度察することができる。
「緋真とルミナも、拠点になりそうな場所の捜索だな。流石に、遠くまで見えんことには敵は探しづらいだろう」
「双眼鏡、私も買っておけばよかったですね。結構使い所ありましたし」
「ええ、結構便利よ、これ」
俺もある程度遠方まで探ることはできるのだが、それは敵がこちらに対して注意を向けている時だ。
生憎と、こちらに気付かずただ歩いているだけの相手では、その存在を察知することは難しいだろう。
まあ、視力が優れている自信はあるため、ある程度までなら確認することもできるのだが。
「まあ、無いものは仕方ない。お前たちは周りの探索を頼むぞ」
「分かりました、お父様。何かありましたら報告します」
「よし。それじゃあ、俺が先行して飛ぶから付いてこい」
マップを開きながらルートを確認し、セイランに合図を送る。
軽く弧を描きながらの飛び方であるが、これならシリウスが減速する必要も無いだろう。
むしろ問題は、止まれないシリウスに追突されないかどうかだが。
まあ、真後ろを飛ばせなければ問題は無いだろう。
(しかし、中々に過敏な反応だな)
斜め後方、こちらに向けられている殺気を察知しつつ、眉根を寄せる。
俺の方へと向いているのは、間違いなくワイバーンによるものだろう。
今のスピードで飛んでいる限り、後ろからワイバーンに追いつかれることはない。
少なくとも、今後方にいる連中については気にする必要もないのだが、ずっとこのまま都合よく行くとも考えづらいだろう。
(ついさっき撃退したばっかりだってのに、もう新手が飛んで来た。こちらの姿を捕捉した時点で、仲間に情報を送っていたか?)
或いは、何処でもこちらを発見できるような、密な監視網を構築しているのか。
どちらにしてもかなり面倒な性質であると言わざるを得ない。
そのどちらであったとしても、このまま発見されずに飛ぶということは難しいと言わざるを得ないのだ。
それに、後ろに引き連れながら飛ぶのも正直避けたいところである。
いざ標的を発見した時に、後ろにいる連中がとにかく邪魔になってしまうからだ。
「とりあえず、振り切れるなら振り切って行くしかないか」
今のところ、向けられている敵意は後方の戦力しかない。
片付けておいてもいいのだが、敵が寄ってくるたびに足を止めているのでは非効率に過ぎる。
ある程度は妥協するべきだろう。少なくとも、接敵しないなら無視するべきだ。
(……もし、エインセルまでこの情報が届いているなら、何かしら対策を打ってくるだろうな。こちらの意図も、資材破壊までは確実に察してくる)
エインセルは、決して甘い相手ではない。
こちらの動きを見れば、何らかの対策を打ってくることだろう。
しかも、失敗したとしても放置することはない。新たな手を、もっと強力な手を、絶え間なく打ってくると考えるべきだ。
その上で――それらを全て、凌駕するしかない。
「……クオン、あっちの方角。隊列が見えるわ」
「早速か。幸先がいいじゃないか」
双眼鏡を覗いていたアリスが、北東の方角へと指をさしながらそう告げる。
今のところ、見えているのは悪魔の隊列というだけだ。
その正体が何であるか、まずは確認することとしよう。





