871:足がかり
アルトリウスの部隊が到着してからは、この陣地の制圧にはそれほど時間はかからなかった。
元より、俺たちだけで混乱させられる程度の勢力だったのだ。
十分な人数と力量を持つ『キャメロット』が参戦すれば、万が一にも敗北の恐れはない。
とはいえ、やはり完勝とは言い難い結果ではあったが。
「やはり、一部は撤退したか」
「兵器や弾薬の爆破、そして殿を置いた上での撤退……中央側での戦闘と同じですね。やはり、そのように教育されているということかと」
「マニュアルに沿った動きだな。その分、迷いがない」
やはりエインセルの悪魔たちは、敗北が確定した時点で撤退を選択するらしい。
タイミングとしては、やはり指揮官となる悪魔が倒された時点か。
例によって、アリスが指揮官らしき悪魔を暗殺したタイミングで動きが変わったため、条件となっている可能性は高いだろう。
「代理の指揮官が現れる可能性は無いのか?」
「いえ、存在はしていると思いますよ。しかし、指揮官が討ち取られるような戦況下において、役割を引き継いでまで戦闘を継続するメリットが薄いだけだと思います。勿論、それが要衝の防衛であった場合は話が別だとは思いますが」
「この程度の拠点なら、無理に戦い続ける理由もない、ってわけか」
こちらに攻め入るための拠点とはいえ、エインセルにとっては手段の一つに過ぎない。
絶対に退けない状況というわけではない、ということだろう。
まあ、撤退するならするで、こちらとしても手間が省けるというものだ。
こちらの目的は、エインセルの懐に対してダメージを入れること。この拠点の兵器、弾薬を破棄させられた時点で、こちらの作戦目標は達成できているのだ。
「それで、この拠点は使えそうなのか?」
「……微妙なところですね」
俺の問いに対し、周囲を見渡したアルトリウスはそう答える。
彼の表情は、あまり明るいものではない。その言葉の通り、悩みは尽きていない状況なのだろう。
「こちら側に進出するのに、拠点はどうしても必要になります。ですが――」
「ここはあまり、防衛には適していないか」
「防ぐことはできるでしょう。ですが、ここから先に進出するとなると、あまり適した立地ではありません」
その言葉に、俺もまた周囲を見渡して、無言で首肯する。
見晴らしのいいこの場所は、エインセルの戦闘スタイルからすれば格好の的だろう。
長距離を狙う迫撃砲も、高い高度から爆撃するワイバーンも、この場所は非常に狙い易い。
視界が広いということは、こちらもその動きを察知しやすいということでもあるのだが、やはり防衛に戦力を割かなければならないことは痛手だろう。
「どこか、中継地点にするのに都合のいい場所があればいいんですが……」
「たとえば?」
「『エレノア商会』がいるような地下都市などが理想ですね。外からは見えず、内部に入り込むにも手段が限られていますから」
確かに、あれは理想的な拠点と言えるだろう。
外からは見つけづらい上に、設備も整っているし、しかもかなりの広さがある。
あれほどの拠点が手つかずで残っているなら、この問題も解決することができるだろう。
だが、流石にあれと同じものをここに用意しようとしても、物理的に不可能としか言いようがない。
「ここに穴を掘ってどうにかしようってのは……まあ無理だよな」
「あの地下都市は、適当に広げられているように見えて、かなり緻密な計算の上に成り立っていますからね。適当に穴を掘って柱を立てて、というわけにもいきません」
現代の重機があるならまだしも、魔法やデカいモグラの手で何とかするのは流石に不可能だろう。
どう考えても、崩落して地上部分が壊滅する未来しか見えない。
しかし、そうなるとどうやって東側に進出したものか。この課題こそが、アルトリウスを悩ませているものなのだろう。
「とりあえず、現状はここ以外に目ぼしい拠点もありません。一旦はここを使いますが……」
「それなら、何か使えそうな場所でも探してくるか?」
「……そうですね、それがいいかもしれません」
正直、アルトリウスもあまり成果は期待していないのだろう。
何しろ、この北の地において、現地人の勢力が残っていることは奇跡としか言いようがない。
あの地下都市そのものが例外なのだ。あのような例が簡単に見つかるとは考えづらい。
俺たちが探し回ったとしても、そんな都合のいい場所が見つかる可能性は低いだろう。
だが、それでも――
「僕らが前進する準備をするにも、多少時間がかかります。その間、エインセルの攻撃も防ぎ続けないとなりませんし」
「俺たちが偵察に出るとなると、そっちの戦力からは外れざるを得ないが……」
「それは仕方ありませんから。それに、僕らがここまで出てきた以上、ある程度は動きも予測しやすくなります」
現状、まだこちらが優勢であるとは言い難い状況だ。
戦況をひっくり返すことができたわけでも、それどころか五分にしたわけでもない。
そしてエインセルもまた、こちらの盛り返しを無視するようなことは無いだろう。
奴は必ず、こちらに進出してきたプレイヤーを叩くための作戦を持ち出してくる。
「ですが、そうですね……もしこの東側のエリアを探索するのであれば、同時にエインセルの挑発をお願いできますか?」
「ほう? そりゃまた、中々に剛毅な提案だな。具体的にはどう出る?」
「拠点への攻撃はできません。ローフィカルムの参戦を招くことになりますから。ですが、それ以外であれば攻撃は可能です」
たとえば、周囲の探索や輸送に出ている悪魔たち。
もしくは、エインセルの拠点である都市。
それらに対する攻撃であれば、ローフィカルムが敵として現れることは無いだろう。
「基本的には、輸送資材に対する攻撃が理想的かと思います。エインセルの物資に対してダメージを与えることもできますからね」
「ふむ。鹵獲はした方がいいか?」
「インベントリに入る程度であれば。そうでないなら、破壊する方がいいでしょう」
これに関しては俺も同意見だ。
輸送が難しいものについては、破棄した方が楽ではある。
とはいえ、完全に初見の兵器であった場合には、ある程度情報を集めた方がいいだろうが。
シリウスなら、頑張れば持ち帰ることも可能だとは思うのだが――まあいい、敵の領地内での活動になるし、無茶はしないようにしておこう。
「エインセルの懐にダメージを与えつつ、俺たちが使えそうな拠点を探してくる、と。とりあえずは了解だが――その間に、向こうに押し戻されるような真似はするなよ?」
「無論、そんなことはさせませんよ。僕らのエリアに攻め込ませるつもりもありません」
「ああ、頼んだぞ。こっちのことは任せた」
俺の言葉に、アルトリウスは淡く笑みを浮かべながら首肯する。
実際のところ、エインセルの軍勢規模からすれば、かなり難しい作戦になるだろう。
少なくとも、俺では防衛の手段など考えつかないほどの状況だ。
だが、コイツならば、その状況をひっくり返してくれることだろう。
踵を返してアルトリウスの傍から離れるのと同時、『キャメロット』の団員たちが彼の傍に駆け寄ってくる。
後ろ手を軽く振ってその場を離れ、俺は改めて周囲のマップを開いた。
エインセルの支配領域はかなり広い。そして、たとえ上空を飛んでいたとしても、奴らは警戒して対応してくることだろう。
戦闘がメインではない偵察だとしても、油断すれば落とされかねない危険な任務だ。
「……ま、敵から向かってくるならそれはそれでやりようはあるか」
ある程度当たりを付けたら出発することとしよう。
本格的な反撃開始とはいかないが、精々掻き回してやるとするか。