870:効率的な破壊
敵のアジトを攻撃する時にどうするのが効率がいいか。それは、以前の部隊にいた頃にも幾度となく考えていたことだ。
結局のところ、空爆なり長距離砲撃なりミサイルなりで遠距離から吹き飛ばしてしまうのが最も楽なのだが、民間人や人質がいる場合にはそういうわけにもいかない。
まあ、今回の場合は敵しかいないわけだし、無差別に吹き飛ばしても問題は無いのだが、こちらでは技術の問題が立ちはだかるのである。
現状で可能なのは小規模な空爆程度であるし、エインセルは十分に対空防御を施している。
プレイヤーの能力では、残念ながらアウトレンジから吹き飛ばすという方法を取ることはできないのだ。
「……しかし、派手にやってるな」
とはいえ、当時の考え方が全く役に立たないというわけでもない。
その最たるものは、爆撃の標的となる対象であった。
敵の軍事拠点、要所の破壊。オーソドックスな選択肢で言えば、弾薬庫狙いだろう。
まあ、派手な被害になるため、本当に軍事拠点ぐらいにしか使えない手段であるが。
緋真が狙っているのも、まさにそれであった。
高火力の炎の魔法は、引火対策をしている弾薬であろうとも容易に焼き斬り、破壊してしまう。
流石にそんな近距離で爆破すれば緋真も無事では済まないが、ある程度距離を空けていれば問題はない。
近くにいる敵は紅蓮舞姫で斬り、目についた弾薬を片っ端から破壊して回る。
誘爆した弾薬は派手に爆発し、周囲に被害を撒き散らすため、緋真にとっては効率のいい攻撃手段でもあった。
(どうせ連中が撤退する時に破壊されるなら、最初から破壊を狙った方が効率がいい――とはいえ、連中もそれを織り込み済みだろうがな)
先の拠点で兵器をすべて破棄して撤退したのは、その見せ札であるとの考え方もある。
だがどちらにせよ、使われたらこちらにとって不利益なのだ。
鹵獲することが難しい以上は、とっとと破壊してしまった方が効率はいいだろう。
アルトリウスもこれには合意しており、発見し次第破壊していいとの承認が降りていた。
一方で、シリウスが狙うのは弾薬の破壊ではなく、兵器そのものの破壊である。
頑丈な砲身とはいえ、シリウスが殴れば容易に破壊できる程度のものでしかない。
対象も目立つ代物であるため、大雑把なシリウスでも見逃すようなことは無かった。
問題があるとすれば――
「チッ、こっちにも来たか」
ドスドスと足音を立てながらやって来る、巨大な鈍色の影。
背中に巨大な砲塔を備え付けられたスレイヴビースト。俺たちが勝手に戦車と呼んでいる魔物であった。
実際の戦車とは異なる点は、ある程度小回りが利きやすい上に、自律的に行動できる点だろう。
強固な外殻に覆われたこの魔物は、正面から倒そうとすると中々に厄介な存在である。
(シリウスの方にも群がって来てはいるが……あいつなら問題はないか)
ひたすらに頑丈で攻撃力も高い、厄介な敵ではあるが、シリウスにとってはある程度戦いやすい相手でもある。
単純な物理攻撃しかしてこないため、大したダメージを受けることが無いのだ。
現状、シリウスが警戒するべきは、あの行動を封じてくるトリモチぐらいなものだろう。
とりあえずシリウスのことは心配せずに意識から外し、目の前の相手に集中する。
「アリスなしで斬るとなると、中々に面倒な相手だな」
アリスがいれば好きなところに弱点付与ができるため、どれだけ硬くても斬るのに困ることはない。
だが、俺単独でやるとなると、それなりに苦労することになるだろう。
見た目からして、柔らかそうなのは眼球と腹の下程度であるが、そこを狙うのも容易ではない。
さて、どのように斬ったものか。
「『生奪』」
歩法――陽炎。
正面からこちらに向かってくる巨大なサイ。
余計なものを背負っているため動きは鈍重だが、衝突すればタダでは済まないだろう。
しかしながら、動物であるが故に思考は単純。故に、俺の動きを捉えることはできず、容易く側面へと回り込むことができた。
斬法――剛の型、刹火。
ついでに振るった餓狼丸の一閃は、サイの体に一筋の傷をつける。
強固な外殻であろうと、今の俺の攻撃力であれば十分に貫くことが可能なようだ。
とはいえ、その下には分厚い脂肪と筋肉があり、重要な内臓器官は更にその奥だ。
外身を多少斬った程度では、コイツの命脈を断つことはできないだろう。
(流石に、サイの内臓がどこにあるのかなんぞ知るわけが無いからな……)
効率よく敵を斬るには、その急所がどこにあるかを正確に把握しておくことが重要だ。
だが流石に、人間や一般的な動物はまだしも、日本にいないような大型動物の体の作りなど知る由もない。
しかし――普通に傷がつくことを確認できたならば、問題はないだろう。
「《練命剣》、【命輝一陣】!」
一度サイから距離を取りつつ、その背中に乗っていた悪魔へと生命力の刃を飛ばす。
この魔物が戦車とは異なる点、その欠点と呼べる部分がこれだろう。
生き物であるが故に、内部に乗り込むことができず、操縦者への防御が不十分なのだ。
今回は金属の籠のようなもので覆ってはいるが、それ故に逃げ場は少ない。
しかも、弾薬も積まねばならない以上、乗り込めるのも一人が限界だ。
その籠へと叩き付けられた【命輝一陣】の衝撃に、乗っていた悪魔は背後の壁へと叩き付けられた。
そして、動きが止まったならば――
「《奪命剣》、【呪衝閃】」
斬法――剛の型、穿牙。
餓狼丸を覆い尽くした黒い闇が、一直線に伸びて槍と化す。
粘性があるように伸びたその一撃は、籠の隙間を通り抜けて、悪魔の眉間を正確に貫いた。
無論のこと即死して霧散する悪魔ではあるが、生憎とサイの方はそれで止まることはない。
面倒ではあるのだが、コイツ自身を片付けなければ解決はしないのだ。
こちらへと向き直ってくるサイに小さく嘆息しつつ、餓狼丸を構え直す。
(砲弾は最早飛んでこない。ならば――)
歩法――烈震。
鈍重な敵が知覚できないほどの速度で駆け抜け、接近する。
だが、流石に正面ではなく、僅かに横へと逸れながら駆け抜け――餓狼丸へと、生命力の光を纏わせた。
「《練命剣》、【命衝閃】!」
形成されるのは、鋭く輝く長大な槍。
一点に対する威力、リーチ。その点において最も優れたこの一撃を、俺はサイの脇の下あたりを目がけて突き込んだ。
斬法――剛の型、穿牙。
鋭い生命力の槍は、強固なサイの外殻を容易く貫き、その下にある硬い筋肉をも貫通して、その内部を蹂躙する。
十分すぎるほどに高い体力を持っているサイではあったが、流石にいくつもの臓器を破壊されても生き残れるほど超常の生物ではなかった。
槍を消すと共に崩れ落ちるサイは、悪魔ではないが故に死体が消えることはない。
その巨体を盾にしつつ悪魔の砲撃から身を躱し、俺は周囲の状況を再確認した。
(このサイが運用され始めたか。シリウスは問題ないだろうが、他は……)
ルミナとセイランは上空であり、警戒する必要があるのは砲塔からの砲撃ぐらいだろう。
アリスはあの鈍重な生き物に発見されるような間抜けではない。
注意すべきは緋真ぐらいだろうが、あいつは良く通じる魔法攻撃を持っている。
それぞれ、対処には問題ないだろう。
「……気にする必要は無し、と。それなら――」
呟いたその時、陣地の奥の方で銀色の光が走り、その直後に続いていた砲撃音が止む。
どうやら、奥にあった迫撃砲を、シリウスがまとめて《不毀の絶剣》で薙ぎ払ったらしい。
俺の指示なしでも、独自の判断で強力なスキルを使えるようになったのは歓迎すべきことだろう。
「砲撃が止んだか。となれば、そろそろあいつらも到着するだろうな」
進行の妨げとなるものは大いに減った。
であれば、その状況下でアルトリウスが足踏みをすることなどあり得ない。
――彼らがこの陣地に到着したのは、今の一撃からほんの数分後のことであった。