869:反撃開始
エインセルとの戦いにおいて、こちらから積極的に仕掛けるのは、これが初めてになるだろうか。
そんなことを脳裏に浮かべながら、俺は【フェイズムーン】による空間の裂け目を潜り抜ける。
視界に入るのは悪魔の群れ。突如として俺たちの姿が現れたことに動揺し――しかしながら、それでも足を止めることなく動き続けている。
その姿に、俺は小さく舌打ちしつつも餓狼丸の刃を振り抜いた。
「《オーバーレンジ》、『破風呪』!」
こちらの位置を知られてしまうため効果は薄くなっているが、それでも視界を塞いでおくことは無意味ではない。
周囲一帯を闇で覆い尽くしながら、俺たちは一斉に散開した。
アリスは指揮官と思わしき悪魔の捜索。ルミナとセイランは上空でワイバーンの対処。緋真とシリウスは周辺の兵器の破壊。
そして俺は――
「なるべく効率よく殺していく、ってところか」
斬法――剛の型、穿牙。
近場にいた悪魔の心臓を貫きながら、そう結論付ける。
当然ながら、それによって周囲の悪魔に位置を悟られ、こちらへと殺気が向けられるが、それで構わない。
俺が目立てば、その分だけ他のメンバーが周囲に散会しやすくなるのだから。
肝となるのは、シリウスの動きを封じる粘着剤を破壊することだろう。
準備されていないという可能性もあるが、それを期待するのは希望的観測に過ぎるというものだ。
そこは緋真に任せるとして、俺はひたすらに敵の人員を削って行くこととしよう。
「『生奪』」
歩法――縮地。
俺の位置を確認できたと言っても、それは仲間が倒された位置の把握であり、俺の位置を常に確認し続けられるわけではない。
つまり、殺した後にすぐさま移動すれば敵の攻撃には当たらないし、むしろ敵の視線を誘導することができるのだ。
尤も、これは【咆風呪】で姿を隠しているからこそできる芸当ではあるが――まあ、姿が隠せなくなったらなったで、利用できないこともないだろう。
俺のいなくなった場所を破壊した爆発を後押しに、俺はすぐさま別の獲物へと刃を振るう。
「遅い遅い」
斬法――剛の型、輪旋。
翻すように振るった刃は、悪魔の首を半ばまで裂く。
血を噴き出し、崩れ落ちる悪魔ではあるが、一瞬で絶命するような傷ではない。
既に致命傷を与えたと判断し、その場を離れ――数秒遅れて、何発かの爆発音が背後から響いてきた。
死んだタイミングで場所を周知させるなら、こうして即死ではない傷を与えてやれば、多少のタイムラグを作ることもできるのだ。
初回は流石に面食らったものだが、仕組みさえ分かれば多少は小細工もできるものである。
(まあ、アリスは流石にこれで対処するってわけにもいかんが……)
アリスの場合は、そもそも位置を知られること自体の都合が悪い。
一度攻撃した後は、大きく距離を離して姿を隠す必要があるだろう。
まあ、それでも初撃の威力は十分すぎるほどに高いのだが。
「《練命剣》、【命輝一陣】!」
攻撃を放ってきた悪魔へとカウンターの一撃を飛ばしつつ、別の標的へと走り出す。
【咆風呪】によって体力の減っているデーモンであれば、【命輝一陣】でも十分に殺し切ることが可能だ。
薄っすらと見える闇の向こう側では、デーモンが血を噴き出しながら倒れ――そこに、何発かの榴弾が着弾する。
こいつらは、訓練された兵士ではある。だが、戦いに生きる武芸者ではない。
対処行動が単調なのは、学んだ以上のことをするだけの応用力が無いからだろう。
それが名無しの悪魔の限界なのか、或いはエインセルの力の限界なのか。判断はできないが、ともあれ今のところはこれ以上の対処はできないようだ。
「俺たちへの対処にはまだ足りんなぁ、エインセル!」
歩法――烈震。
先ほど射撃した悪魔へと一気に距離を詰め、深く胴を斬り裂く。
体を支えられずに崩れ落ちていくその姿には目も向けず、俺は徐々に薄れ始めた暗闇の中で走り続ける。
この闇が続いている内は暴れられるだけ暴れておき、周囲の意識を集めておく必要がある。
絶命した時に周囲へと知らせるその性質は、こちらに意識を集めることにも利用できるのだ。
尤も、あまり広い範囲に知らせるわけではないため、全ての視線を集められるというわけではないのだが。
だが何にせよ、絶え間なく殺し続けていれば、それだけ敵陣を混乱させることができるだろう。
「《オーバーレンジ》、『命餓閃』!」
斬法――剛の型、輪旋。
大きく振るった餓狼丸から、生命力の刃が押し広げられる。
その一閃は、先程倒れた悪魔の方を狙っていた別の悪魔を、その胴から真っ二つにする。
そしてそのまま足を止めずに走り抜け――ついに、【咆風呪】による暗闇は姿を消してしまった。
「さて、ここからか……!」
こちらの姿を目視可能になったことで、数多くの悪魔の視線がこちらに集まってくる。
設置型の兵器も向けられているため、流石に油断はできない状況だ。
だが、足を止めている暇はない。攻撃を撃ち込む余裕を与えれば、それこそ敵の思う壺なのだから。
「《練命剣》、【命双刃】!」
個々の能力はそれほど高くはない。一撃の威力を求めずとも、殺し切るには十分だろう。
大型の兵器の方へと向けて走りながら、周囲の状況を確認する。
ルミナとセイランは、空を自由自在に飛び回りながらワイバーンたちを撃ち落としている。
流石に自陣内に爆弾を落とすわけにもいかないため、ワイバーンの動きは大きく制限されている。
そんな中、自在に戦えるルミナたちは、動きの鈍いワイバーンたちを翻弄している状況だった。
とはいえ、流石に数の差はある。こちらに援護するほどの余裕は無いようだ。
緋真とシリウスは、兵器破壊を優先している。
最優先にしているはシリウスの動きを封じるバリスタ、次いで山の方を狙っている迫撃砲だ。
これらさえ取り除いてしまえば、こいつらは脅威とはなり得ない。
あの粘着剤を使われてしまうと、取り除くには緋真の助けが必要となってしまう。
そのような、無駄な時間を使うわけにはいかないのだ。
アリスは――まあ、姿が見えないのはいつものことなので問題ないだろう。
「今のところ粘着剤は食らっていない、順調か」
シリウスと緋真の動きを封じられてしまうと、状況が傾きかねない。
それより先に、例のバリスタについては破壊する必要があるだろう。
とはいえ、今の仕事を変えるべきでもない。
俺はあくまでも、悪魔を殺して視線を集めることが重要なのだ。
左手に生まれた生命力の刃で悪魔を斬り裂きつつ、次なる標的へと視線を向けて――陣地の奥から、砲撃音が響いた。
「……!」
耳慣れた、迫撃砲の砲撃音。
しかしそれは、この陣地の内部に向けて使うような兵器ではない。
つまり、この外へと向けて放たれた砲撃であるということだ。
俺たち以外の標的へと向けて放たれた砲撃、それはつまり――
「素早い到着だな、アルトリウス」
準備していたとはいえ、もう部隊を連れて山を越えてくるとは。
しかし、この砲撃に晒されているとなれば、彼らもすぐにここに到着するというわけにもいかないだろう。
ワイバーンたちも完全に抑えられているわけではないため、彼らも結構な攻撃を受けることになるはずだ。
となれば、アルトリウスたちの防御の負担を減らすためにも、迫撃砲の破壊も急がねばならないだろう。
「全く、忙しいもんだな……!」
だが、破壊だけを目指すのであれば、手はある。
そう考えながら視線を向けた先――緋真もまた、こちらに目を向けて小さく頷いていた。
分かっているならば問題はない。後は、急いで対処すればいいだけだ。
俺はまた、俺自身の仕事をこなすこととしよう。