867:三者三様
アルトリウスの行っていた準備――即ち、エインセルの採掘拠点に対する工作。
果たして、それがどの程度の効果を及ぼすのかは、正直分からないところではある。
それ以前に、ローフィカルムの敵対を誘わないかどうかという不安もあったのだが、どうやらアルトリウス曰く、これは攻撃ではなく工作である、との話だった。
(流石に、少々言い訳じみているとは思うんだが……)
山にトンネルを掘って敵の鉱床まで辿り着いた『キャメロット』のメンバーは、そこで幻術の類を展開した。
簡単に言えば、奴らの回収しているアイテムを誤認させたのだ。
ただの石ころを鉱石であると錯覚させ、それを運ばせる。
結果として、エインセルの元には何の役にも立たない石ころが配達されるという寸法である。
確かに、相手の拠点は破壊していないし、悪魔を倒してすらいない。
被害を被るのは、欲しかったアイテムが届かないエインセルだけということになる。
「しかし、幻術ってのはそんな真似までできたんだな」
「姿を他のものに誤認させる、っていう手段は結構あるみたいですね。ほら、私がデルシェーラに一撃与えた時も……」
「ああ、まあそうだったな」
あれは、ブロンディーによるロクでもない策謀だったか。
敵とは言え、あの悪辣さには流石に少々同情してしまう。
まあ、使えるものを使うということは決して間違いではないのだが。
ともあれ――この作戦の利点は、幻術使いであるマリンがわざわざ現地まで移動しなくてもいい点である。
集積している石ころに対してまとめて幻術をかけてやれば、後は潜入班のプレイヤーたちがアイテムを運べば済む話なのだから。
尤も、様々な手練手管を備えるマリンが動けなくなる、という点は少々デメリットではあったが。
「それで、いつから動けるようになるのかしら?」
跡地となったエインセルの前線拠点を眺めていたアリスが、兵器の残骸の上からそう問いかけてくる。
ここのところ破壊工作や暗殺など、自分に向いた仕事が多かったためか、アリスとしては充実していた様子だ。
だが、アルトリウスの作戦が始まれば、今度はこちらから侵攻することとなるだろう。
果たして、その時にアリスの得意とする戦い方ができるかどうか。
最悪、エインセルの拠点に辿り着くまでは野戦が連続することになるかもしれない。
「いつから動けるかどうかは、アルトリウスが確認しているところだ。何を確認したら進めるのかは知らんがな」
「敵の資材収集を妨害したからって、すぐに効果が出るわけじゃないですよね……」
「そうだな。だが、一つ考えられることはある」
緋真の言葉に頷きながら、俺はこの周囲――破壊されたエインセルの前線拠点へと視線を走らせる。
撤退はされたものの、持ち込まれた兵器類はほぼ全てが破壊された。
その損失は、果たしてエインセルにとって軽いものなのかどうか。
「拠点を襲撃され、撤退を選択した場合、奴らは兵器や弾薬を置いたままになる。物資面においては、これがエインセルに対して最も大きなダメージを与えられるだろう」
「そうやって物資にダメージを与えれば、エインセルはもっと兵器を作る必要が出てくるってこと?」
「ああ、確かに……それで資源が無くなれば、いずれは息切れすることになるかもですね」
尤も、それにどれだけの時間がかかるかは不明なのだが。
エインセルが拠点に大量の資材を溜め込んでいた場合は、その状況に至るまでにかなりの時間を要することになるだろう。
だが生憎と、この綱渡りの状況をいつまでも続けているわけにもいかない。
つまり、積極的に敵の資材の破壊を行い、その状況への移行を促進させなければならないのだ。
「少なくとも、敵の前線拠点の発見と破壊――これらは優先的な任務になるだろうな」
幸い、前線拠点であれば、ローフィカルムも反応はしない。
ならば、発見し次第片っ端から破壊していくべきだろう。
尤も、あのエインセルがそれに対していつまでも黙っているとは思えないが――まあ、動きが見えない以上は気にしても仕方がない。
「それで、先生――」
今後の活動方針だからだろう、緋真は更に確認を重ねようとする。
だが――それとほぼ同時、俺の耳に電子的な音が響いた。
通話の着信音。その送り元の名前を確認して、俺は思わず顔を顰めた。
「……先生?」
「いや、済まん。通話が来たんでな、ちょっと待ってくれ」
怪訝そうな表情を浮かべる緋真を手で制し、改めて通話を繋ぐ。
その相手――ファムからの通話を。
「……突然何だ」
『いきなりご挨拶ねぇ。せっかく貴方にも連絡してあげようと思ったのにぃ』
最大限警戒した声音を耳にして、ファムはやれやれと言わんばかりの嘆息交じりでそう告げる。
とはいえ、いい加減長い付き合いだ。顔を見なくても、この女がニヤついた表情をしていることは手に取るようにわかる。
こちらこそ溜息を吐き出しつつ、俺は改めてファムへと先を促した。
「さっさと用件を言え。お前だって、そんなに余裕があるわけじゃないだろう」
『仕方ないわねぇ……団長サマの作戦をこっちにも流したから、ドラグハルトも敵前線拠点の破壊に動き出す、って話よぉ』
「……お前、盗聴してるんじゃないだろうな?」
『そういう貴方は本当に分かりやすいわねぇ……まあいいけど、とにかくこちらの戦闘も激化するわぁ』
アルトリウスの作戦は、ドラグハルトにとっても利益のあるものだ。
エインセルの首を絞めるために、徹底的に兵器、資材の破壊を行う――こちらだけでなく、ドラグハルト達もそれを行うとなれば、エインセルの消耗は加速することになるだろう。
どちらにとっても利のある作戦であれば、ドラグハルトが乗ってくることも不思議ではない。
ファムの連絡も、裏付けが取れたという程度の話でしかないだろう。
だが――
「……その用件だけで、お前が俺に連絡してくるわけがないだろう?」
『うふふ、よく分かってるわねぇ』
にたり、と。見知った女狐が嗤う気配に目を細める。
この女が、わざわざ俺に連絡をしてきたのだ。それはつまり、俺に直接関連する用件があるということである。
どうせロクでもない要件であろうが、聞いておかなければ後でもっと厄介な事態になることは間違いない。
この悪辣な女狐が、今度は何を企んでいるのか――ある程度は最悪を想定しつつ、ファムの言葉を待つ。
『こちらの勢力で、貴方個人に対する襲撃計画が練られてるわよぉ。今回の連絡で、その動きも加速したようねぇ』
「……分からなくはないが、俺個人だと? ドラグハルトがそんなことを?」
『ああ、違う違う。襲撃を企てているのは彼らではなく、こちら勢力のプレイヤー達ねぇ』
ファムの言葉に、しばし沈黙する。
ドラグハルトの側に付いた勢力がどのようなプレイヤーたちであるか、そして彼らから俺がどのように思われているか、ある程度は想像がつく。
そして、このタイミングでの襲撃計画。恐らくは、エインセルの動きが鈍った瞬間を狙い、こちらの勢力を出し抜くことを目的としたものだろう。
俺がデスペナルティを受ければ、ある程度動きが鈍ってしまうことは否定できない。
それを狙い、ドラグハルトが襲撃を容認することも理解できる。
しかし――
「お前、何を吹き込んだ?」
『うふふ……まあ、色々とねぇ』
この女狐は間違いなく、俺に関する情報を色々と流していることだろう。
向こうの勢力で信用を得るための手段、ということであれば理解はできるのだが、つくづく面倒なことをしてくれるものだ。
恐らくは、俺たちが最近取得したスキルやテクニックの情報は得ていないだろうが、それ以外についてはほぼほぼ網羅していることだろう。
その上で、奴らはこちらを襲撃してくるということか。
「お前のメリットはドラグハルト陣営により深く食い込むことで、こちらにとってのメリットは逆に敵の戦力を一時的に削れること――とでも言うつもりか?」
『あら、貴方が本気でやって心を折れば、一時的ではない戦力低下になると思うけどぉ?』
「阿呆、俺が堅気を相手に本気を出すわけがないだろう」
『実力を認めた相手なら、その限りではないでしょぉ』
「それ程の実力があるなら、俺が本気を出したところで心折れることもないだろうに」
こちらの言葉に、しかしファムは気にした様子もなくコロコロと笑う。
だが、今の話である程度は理解できた。どうやら――向こうにいる素人共も、決して侮れない戦力となっているようだ。
敵は、俺たちの戦力を熟知したプレイヤーの一団。情報を丸裸にされているとなると、流石に容易い相手ではないだろう。
「全く……そこまで面倒なことをしてくれたんだ。ドラグハルトの陣営を丸裸にしてくれんと困るぞ」
『勿論よぉ。それじゃ、よろしくねぇ』
通話を切り、深々と嘆息する。
ただでさえ忙しいのに、襲撃と来たか――しかも身内が扇動した。
だが、成功すればこちらが有利になることも事実。油断せず、対処するしかないだろう。