865:軍勢の激突
防塁を破壊し、塹壕を乗り越えて陣内へと突入してくるアルトリウスたち。
その様子を横目で眺めつつ、俺は餓狼丸の刃を振るい、設置型のグレネードランチャーを使おうとしていた悪魔を斬り捨てた。
この距離ならば、既に迫撃砲は脅威とは言えない。
警戒すべきは、中距離で使用可能な兵器の類であるだろう。
ここに戦車がいればかなり面倒なことになっていただろうが、これに関しては好都合だったと言えるだろう。
「《練命剣》、【命輝一陣】!」
アルトリウスたちの方へと向かう悪魔を牽制しつつ、周囲の状況把握を進める。
相変わらず、悪魔が死んだ際の情報共有は働いているようだが、今はこちらの勢力が数多く参戦してきている状況だ。
今なら、情報を共有されたからといって脅威になることはない。
都合が悪いとすれば、アリスぐらいなものだろう。尤も、彼女も大物狙いのみに切り替えたため、ギリギリまで影響を受けることは無いだろう。
(ルミナたちは……まだ戻っては来れんか)
上空では、飛行可能な戦力の面々が激戦を繰り広げている。
その戦闘の激しさで言えば、彼らの方が主戦場であると言っても過言ではない。
上空のワイバーンたちに余裕を与えてしまえば、地上の俺たちは一方的に攻撃を受けることとなる。
奴らを殲滅できないまでも、身動きが取れない状況まで追い込まなくては、今の戦況もひっくり返されかねない。
歩法――陽炎。
足を止めずに走り続け、こちらに放たれた榴弾を回避する。
既に目隠しは無いため、俺への攻撃は絶え間なく続いている状況だ。
アルトリウスたちが接近してきて尚、俺への警戒は解かれていない。
(……それもエインセルの方針か?)
シリウスという戦力への対策や、暗殺に対する備えと思われる性質の追加。
これまでの動きもそうだが、とにかく俺たちが自由に動きづらいような戦い方を採用している。
それがもしも、エインセルがプレイヤー全体ではなく、俺たちを警戒してのものであるならば……エインセルは果たして、どこまで情報収集をしているのか。
「自意識過剰、だったらいいんだがな!」
斬法――剛の型、穿牙。
こちらへと放たれた榴弾を回避しつつ繰り出した刺突。
その一撃は銃を構えていた悪魔の心臓を貫き、引き抜き様の一閃で確実に命を断ち斬る。
消滅しかけたその体を他の敵の方へと蹴り飛ばし、更に地を蹴ってその先へ。
アルトリウスたちが陣地の中まで侵入したことで、敵陣は混乱しつつある。
その中でさえ、個々の悪魔はそれぞれの判断で、決して悪くない動きをしているのだ。
それがエインセルによる仕込みであるなら、何とも面倒なものである。
(だが、大勢は決し始めた)
アルトリウスたちが爆撃の嵐を潜り抜けて陣地まで到達し、更にアリスが標的を見定めている。
後は、順当に戦っていけばこの陣地を制圧することができるだろう。
――果たして、本当にそれだけで済むのかという不安は残るのだが。
そんな懸念を抱くのとほぼ同時、俺の耳にアリスの声が届いた。
『クオン、敵の指揮官と思われるデーモンナイトを始末したわ。だけど……』
「っ、何かあったか?」
『良く分からない。殺した死体から何かが飛び出して、東の空に飛んで行ったわ。何だったかは確認できなかった』
「……了解。敵に捕捉されたなら、すぐにその場から離れてくれ」
アリスが確認したものの正体は不明だが、敵を殺した以上はアリスの位置も把握されたはずだ。
ともあれ、現場指揮官を始末したことは事実。これでこの陣地の混乱は加速するだろう。
どのような指揮系統を構築しているのかは知らないが、これだけの規模である以上、通常の運用はできない筈だ。
(死体から飛び出して、東の空に消えた。エインセルの本拠地の方角か?)
それは、何かしらの情報を持ち帰るための手段か。
今回の戦いで得られたデータをエインセルに伝えるため、何かしらの仕掛けが施されていたということか?
であれば、今回の戦いにおいて用いられた戦術と、その効果――それらが、エインセルに伝わっている可能性がある。
この陣地が制圧、破壊されることまでが織り込み済みであるなら、何ともいやらしい戦術だ。
「ッ……!?」
そして、それと共に異変を察知した。
こちらへと向けられていた殺気、攻撃。それらが、一斉に引いて行ったのだ。
ある程度の人員はこの周囲に残っているが、それ以外の悪魔たちはすぐさま撤退を選択したのである。
急いで離れて行く悪魔たちの背を追いながら、思わず舌打ちを零す。
「大勢が決したと見るやすぐさま撤退、しかも殿まで置いてか。何ともまぁ、素早い判断だ!」
味方であれば称賛するべき動きに、思わずそう吐き捨てる。
殿に残った悪魔たちは、俺を狙うのではなく俺の前方の地面を狙うようにグレネードランチャーを放っている。
こちらに向けられた攻撃を回避することは難しくないが、そういった足止めを突っ切ることは不可能だ。
【命輝一陣】を放って邪魔を減らすが、撤退する敵へと追撃をかけるには足りていない。
アルトリウスたちは――
(まだ、遠いか……!)
アルトリウスたちはこの陣地に入ってきたばかり。
後方から撤退する悪魔たちを追撃するには距離がある。
ここから強襲を仕掛けられるとすればシリウスぐらいだろうが、今のシリウスは動きが鈍っている。
素早く身動きが取れない状況では、悪魔を追いかけることもできないだろう。
歩法――間碧。
それでも、攻撃の爆発半径は見切った。
その隙間を縫うように、こちらを牽制する悪魔たちへと肉薄し、その肉体に刃を振り下ろす。
一体、そして二体。通り抜けるには十分な隙間に、俺は足を踏み出して――その刹那、陣地の至るところで爆発が巻き起こった。
「なっ!?」
一瞬、アルトリウスたちの攻撃によるものかと思ったが、それは違う。
爆発したのは、陣地の中に置かれていた砲弾の数々――即ち、エインセルの物資そのもの。
それに対して、上空から飛来したワイバーンたちがブレスを放ち、次々と爆破させたのだ。
爆発、引火――火に包まれる陣地は急速に崩壊していく。
「チッ……」
近場にいた悪魔を片付けたものの、火に包まれた陣地を追いかけることは不可能。
舌打ちと共に、俺は餓狼丸の刃を降ろした。
こちらの追撃を避けた上に、物資の鹵獲を防ぐため――とはいえ、まさか全てに火をかけて破壊するとは。
「鹵獲されたくない兵器でもあったか? 或いは……本当に、兵士を保護するために?」
空を駆けて撤退していくワイバーンたちの姿を見上げる。
セイランたちが追撃を仕掛け、落としてはいるが――流石に、全てを倒し切るには至らないだろう。
目標である敵陣の破壊は成功した。
だが、果たしてこの状況を勝利と呼ぶことができるのか。
「エインセル……どこまでがお前の掌の上だった?」
俺には、その判断を付けることはできない。
しかし――間違いなく、奴はこれまでの悪魔とは異なる。
同じ大公であるアルフィニールとも異なる。まるで――
「……人間を、相手にしているような」
思わず口を突いて出たその言葉に、深く溜め息を零す。
一旦、目標そのものは達成だ。都市への攻撃を防ぐことに成功し、エインセルの侵略の手を一つ防げたと言えるだろう。
敵の目的がどこにあったかはともかくとして、とりあえずは危険を排除することはできた。そう考えておくこととしよう。
(だが、こうなるとまだ手は止められん。まずは――敵が掘ってきたトンネルを何とかせんとな)
埋めるか、逆に利用するか。
どうするかは、アルトリウスたちの判断を待つこととしよう。
溜め息を零すと共に、俺は餓狼丸を鞘へと納めたのだった。