864:即応能力
転移魔法を用いてここまで接近してきた俺たちと異なり、アルトリウスたちは順当に道を進んできた。
たとえ月属性魔法の使い手がいたとしても、レイド単位でプレイヤーを転移させることはできない。
大勢のプレイヤーを率いている以上、それは避けられないことなのだ。
だが、その状態による不利を、アルトリウスは正面から打ち破った。
「さっきから迫撃砲の爆音は響いてたってのに……器用なもんだ」
俺の感覚では、迫撃砲の攻撃は絶対に避けなければならないものだ。
そもそもこちらの座標を悟られず、撃ち込まれること自体を避けなければならない。
だが、アルトリウスの考え方は違ったのだろう。
つまり――撃ち込まれても防げば問題はない、という考え方だ。
(直撃を受けてもシリウスなら耐えられるんだから、防御に特化したプレイヤーのスキルなら十分に耐久可能だ。都市に対する断続的な爆撃が問題なのであって、発射が読みやすい迫撃砲をプレイヤーが防ぐのは難しくないってわけか)
俺たちは基本的に耐久をメインとした戦い方はしないため、あまり馴染みのない発想であった。
迫撃砲を正面から耐えながら進むなど、現実世界では在り得ない発想だろう。
流石に、制空権を奪えていない状態では頭上から爆撃が降り注ぐことになるため、スキルの回転が間に合わなくなるだろう。
だが、上空で制空権を奪い合っている今の状況ならば、そのリスクも少ないということか。
ともあれ、アルトリウスがここまで来たのなら、ここからは本格的な殲滅戦に移るべきだ。
こちらへと投げつけられた手榴弾を近くの塹壕の中へと蹴り込みつつ、地を蹴って走り出す。
「《オーバーレンジ》、『命餓閃』」
薄れ始めた【咆風呪】の闇を抜け出して、近くの兵器へと向けて突撃する。
かなり接近してきているとはいえ、未だに迫撃砲の射程内。アルトリウスたちは、まだ防御に集中しなければならない状態だ。
であれば、まずはその負担を減らす必要がある。
斬法――剛の型、輪旋。
一気に接近し、餓狼丸の刃を大きく薙ぎ払う。
弧を描くその一閃は、迫撃砲の傍で作業していた悪魔と、その迫撃砲の砲身そのものを真っ二つに斬り裂いた。
何かしらの特殊効果を受けたわけでもない代物ならば、今の俺の攻撃力なら十分に斬り裂くことができる。
崩れ落ちていく迫撃砲の砲身は無視し、そのまま地を蹴って前へ。
アルトリウスたちは防塁の前まで取り付きつつある。もうじき、迫撃砲の射程の内側まで入り込めるはずだ。
(ある程度緋真が破壊してはいるが、まだ手は足りていないか)
当初の予定通り、緋真は派手に暴れて兵器の破壊に専念している。
お陰である程度は迫撃砲の数も減っているようだが、流石に全てを片付けるには至っていない。
予定では降下してきたシリウスに破壊を進めて貰うつもりだったのだが、生憎と先ほどの粘着剤――というかトリモチのせいで動きが鈍ってしまっている。
それでも暴れ回ってはいるのだが、流石に普段通りの動きはできないようだ。
特に腕を振るう動作を制限されてしまっているようで、細かな攻撃ができないでいるらしい。
「シリウスの対策がアレとはな……後で取るのが面倒臭そうなのが何とも」
思わず舌打ちしながら、こちらに向けられるグレネードランチャーの銃口から身を反らす。
アルトリウスたちと違い、こちらは爆撃の耐久などできはしない。
足は止めず、攻撃は躱しながら攻撃を続けるしかない。
歩法――陽炎。
攻撃が爆発であるため、多少の回避では避け切れるものではない。
緩急をつけてこちらの位置を誤認させながら接近し、振るった刃で悪魔の首を飛ばしつつ、返す刀でグレネードランチャーの銃身を叩き折る。
綺麗に斬ってしまうとまだ撃ててしまうかもしれないため、折り曲げるぐらいがちょうどいいだろう。
「アルトリウスたちは……ようやく取り付いたか」
後方で、魔法による攻撃音が響き始める。
どうやら、アルトリウスたちが防塁の前にまで到達したようだ。
無論、防塁にはいくつものグレネードランチャーが備え付けられており、待ち構えている悪魔たちも火器で攻撃を行っている。
それらの攻撃に晒されながら、それでもアルトリウスたちは――その先鋒を任されたタンクたちは、攻撃を受け止めながら一歩一歩前へと進んできているようだ。
(防塁を抜けてくるには、まだしばらく時間がかかるか)
陣に接敵したとしても、防塁や塹壕を抜けて内部まで踏み込んでくるには時間がかかるだろう。
ならば今は、先にできる限り向こうに向く兵器を減らしておかなければ。
――だが、その考えは敵側も予想していたのだろう。こちらへと向けられた殺気に、俺は舌打ちを零して地を蹴った。
「シャアアッ!」
「ワイバーン……!」
空を駆け、制空権を奪っていた敵の軍勢。
だが、こいつらは戦闘機とは違い、地上でもそれなりの戦力を発揮することができるのだ。
空中からブレスを吐いたり、爆弾を落としたりすれば味方にも被害が及ぶだろう。
だが、こうして地上に降り立ち戦う分には、むしろ十分な戦力として戦うことができる。
上からこちらを押し潰そうと迫ってくるワイバーンは、歩兵を相手にするには文句のない戦力といえるだろう。
「『生奪』!」
斬法――剛の型、刹火。
無論、それは俺に攻撃が当たるなら、の話ではあるが。
こちらに食らいつこうとする大顎、その下へと潜り込みながら振るう刃は、ワイバーンの肩口から胸にかけてを深々と斬り裂く。
魔法威力を軽減するプロテクターを纏ってはいるが、斬った感触はプラスチック程度のもの。
強化した餓狼丸の刃を防ぎ切れるようなものではない。
「ギャォァアアアッ!?」
「やかましい、寝ていろ!」
胸を深く斬り裂かれて身を捩るワイバーンに対し、その体の下を潜り抜けた俺は、尾の付け根当たりを蹴って跳躍した。
この巨体が暴れているのでは邪魔で仕方がない。
苦痛の叫び声を上げるその首へ、俺は餓狼丸の刃を振り下ろした。
鋭い刃の一閃は、大した抵抗もなくその肉と骨を断ち斬り、地面に巨大な躯を晒させる。
とりあえず、倒す分には問題ないが――
「……制空権が拮抗した分、エリアの広さ的に上空に上がれない個体が出てきたか」
空中では、セイランやルミナがワイバーンたちと激しく競い合っている。
ワイバーンたちの支配するエリアが狭まったが故に、上空まで上がる余裕がなくなってしまった連中が出てきたようだ。
そういったワイバーンたちは、動きの鈍っているシリウスの方に向かったり、こうして俺たちへと攻撃を仕掛けたりしているのだろう。
シリウスも《不毀》があるとはいえ、ブレスの類は多少ダメージを受ける。少しずつではあるが、ダメージは蓄積してきているようだ。
「チッ、いちいち面倒な……!」
個々の強さは大したことはない。戦うのに困るような戦力でないことは確かだ。
しかしエインセルの悪魔は、その場その場の判断で、明確に悪い選択肢を取ることが無い。
訓練を積んだことによる、冷静な判断力。末端の悪魔までもがそれらを有しているが故に、この悪魔たちは精強であった。
ただ強いだけならどうとでもなる。だが、この悪魔たちは巧い。
エインセルの悪魔たちは、まるで『キャメロット』の末端のプレイヤーたちを相手にしているかのような感覚だった。
「だが、それでも――」
順当に、訓練を積んだ動き。そうであるが故に、こちらの経験則には当て嵌めやすい。
敵の動きを、一手一手予測しながら先手を打つ。
この場を拮抗以上にするならそれで十分ではあるし、何より――
『――ここの総指揮官らしき個体を確認。片付けるわ』
アリスの声が耳に響くのとほぼ同時のタイミングで、後方に合った防塁が吹き飛ぶ。
どうやら、アルトリウスたちが進む道も開けたようだ。
――俺たちの戦力だけで拮抗しているならば、あとはもう時間の問題。
傾き始めた戦局に、俺は一層の気を引き締めて、次なる標的へと刃を向けた。