862:一気呵成
【ムーンゲート】のクールタイムを終え、こちらも行動を開始する。
俺たちが転移魔法を駆使して接近しようとしていることはアルトリウスたちも気づいており、向こうも同様に動き始めていた。
向こうの方が人数も多いし、動きも分かりやすい。そのため、悪魔たちはアルトリウスたちの方に注意を寄せている状態だ。
姿を消した俺たちから意識を逸らすのもどうかとは思うのだが、流石にそこまで細かい指令までは飛ばせないのか。
ともあれ、俺たちを捜索していないというのであれば好都合だ。
制空権を奪われたままの状態であれば、流石に発見されていたかもしれないが、こちらを捉えられていないのであれば自由にやらせて貰うだけである。
「アルトリウスたちのお陰で、敵の砲撃座標は遠い。こちらに飛んでくる砲弾は少ないだろう」
「ない、とは言わないんですか?」
「ある程度は座標を分散させている可能性はあるし、技術があれば素早く角度計算もできる。つまり、敵次第だな」
果たして、名無しの悪魔にそこまでできるのかという疑問はあるが――それでも、エインセルの悪魔をあまり甘く見るべきではないだろう。
最悪の可能性は、常に考慮しておくべきだ。
だが、それを含めて十分に対処は可能であると、俺はそう判断していた。
「敵陣へと到達する手段は十分だ。向こうまで辿り着いたら――」
「まずは迫撃砲の無力化、ですよね。破壊してしまってもいいんですか?」
「新種ならともかく、既知の兵器については鹵獲するメリットも少ない。破壊しても問題はないさ」
使えないということは無いのだが、今回は流石にいちいち細かくチェックしていたら間に合わなくなってしまう。
必要なのは、早急にこの陣地を破壊し、プレイヤー側の拠点の安全を確保することである。
放置していれば、変に手加減をして、アルトリウスたちに無駄な被害が及ぶことは避けなければならない。
それでも、今後のために可能な限り新兵器は確認、確保しておきたいところではあるが。
「とにかく、優先事項は敵に迫撃砲を撃たせないことだ。あそこを一気に火の海へと変えてやれ」
「了解です。何も考えずに壊すなら、楽な話ですよ」
緋真やシリウスのような強大な攻撃力は、むしろ加減する方が難しい。
そういう意味では、確かにそういった仕事の方がやり易いだろう。
緋真には存分に暴れて貰うこととして――こちらは、ある程度考えながら戦う必要があるか。
アリス共々、ある程度は調査しつつ戦うこととして、まずは敵陣に接近する手段だ。
その仕事における最重要のピースは――今まさに、俺たちの元へと戻って来たところだった。
「ゲートの設置が完了したわ。いつでも行けるわよ」
「【フェイズムーン】の射程には届いたか?」
「それにはもう少し距離を詰める必要があるわね。でも、少し走れば届く距離よ」
「そうか……ま、それは仕方ないな」
転移してから即座に【フェイズムーン】で届くのなら面倒が無くていいのだが、流石にそう上手く行く話はないか。
ともあれ、準備はこれで整った。後は、とにかく全力で走るだけだ。
「よし、それじゃあ行くぞ。準備はいいな?」
「ええ、大丈夫です」
「勿論、いつでも行けるわ」
二人の言葉に頷きつつ、ふと頭上を見上げれば、空を舞い戦うテイムモンスターたちの姿。
あいつらの奮戦に応えるためにも、こちらも相応に仕事をこなすこととしよう。
その覚悟と共に、俺たちはアリスの設置した【ムーンゲート】へと飛び込んだ。
視界は一瞬で切り替わり、前方には悪魔たちの設置した陣の姿。
そこにいる悪魔たちから、早くも視線が集まってくる気配を感じた。
「反応がいいな……さあ、走るぞ!」
威勢よく声を上げ、地を蹴る。
これが俺と緋真だけであれば烈震で駆けていたところだが、今回はアリスも共に走る必要がある。
いざという時に、【フェイズムーン】で共に転移するには近くにいる必要があるのだ。
故に普通の走り方だが、アリスも十分に足は速い。むしろ、普通に走る分には俺たちよりもスピードは上であった。
「あそこの迫撃砲、動いてますよ! 角度を変えてきてます」
「だろうな、来るとは思ったが行動が速い」
こちらへと砲を向けてくること自体は想定内だったが、思ったよりも混乱からの立ち直りが早い。
転移していきなり現れた俺たちへと向け、これほどのスピードで対応してこようとは。
だが、向いている砲の数はあまり多くはない。やはり、人数で勝っているアルトリウスたちの方を警戒しているようだ。
それならばこちらのことは無視しておいて欲しかったところだが――敵の判断は正しいものだ、文句は言えない。
(適当に撃つのではなく、しっかり狙ってきている。角度修正も早い。間違いなく訓練されているな)
名無しの悪魔にすらそれほどの訓練を施しているエインセルという存在に辟易しつつ、こちらへと向いている砲の数を確認する。
今のところ、見える範囲では三台。その程度の数ならば、まだ何とかなるだろう。
餓狼丸の柄に手を添えつつ、砲台の向いている角度を確認する。
通常であれば、砲弾を目視することは困難だろう。だが、エインセルの使っている砲弾は燃焼しながら飛翔する関係上、煙によってその軌跡を捉えやすい。
三台の迫撃砲は、ゆっくりとその角度を調整し――同時に、火を噴いた。
「来るぞ、緋真」
「分かってます。《オーバースペル》――」
空に白い線を描きながら飛翔する、三つの砲弾。
放物線を描き飛来するそれらは、真っ直ぐと駆ける俺たちを確実に狙ってきていた。
どうやら、真っすぐと進んでくる相手ならば偏差爆撃もできる程度の技術はあるらしい。
それはそれで厄介ではある、が――
「――【フレイムポイント】」
緋真の指が、線をなぞるように中空を走る。
直線に向けて熱線を放つその呪文は、飛来する白い軌跡をなぞり――空中で、その砲弾を爆破させた。
「見事だ!」
「やれって言われましたからね!」
こちらに向かっていた砲弾が少なかったことも運が良かったが、お陰で一射分の時間を稼ぐことができた。
ちらりとアリスへ目配せすれば、彼女もそれに視線を返しながら小さく頷いて見せる。
どうやら、【フェイズムーン】の射程距離にはそろそろ近付いてきているようだ。
であれば――
「次の砲撃に合わせて肉薄する。準備はいいな?」
「はい!」
「了解……!」
悪魔たちは攻撃が防がれたことを確認し、早くも角度の修正を開始している。
しかも今度は、迫撃砲の台数を増やしている状況だ。
さすがに、七台分が相手では、緋真も一息に破壊しきることはできないだろう。
ならば、そのタイミングこそが【フェイズムーン】の使い所だ。
素早く角度が計算され、微修正される迫撃砲の数々。その砲門は――俺たちへと向けて、一斉に火を噴いた。
白い軌跡はゆっくりとこちらへと飛来し――
「――行くわよ!」
――アリスが鋭く囁いたその瞬間、彼女の目の前の空間が、細い三日月の如く銀色に裂けた。
その裂け目へと体当たりするように飛び込めば、視界に移っていた景色は一瞬で切り替わる。
即ち、敵の陣地が目前に迫った場所へと。
「《オーバーレンジ》、『破風呪』!」
その刹那、俺は即座に黒い風を解き放つ。
大きく広がった暗闇は、俺たちの姿を隠すに加えて悪魔たちの視界を遮る。
元よりこの距離ならば迫撃砲は撃てないが、グレネードランチャーは連射してくることだろう。
完全に接近するまでは、それらを撃ちまくられるのも困る。
そして――
「出番だ、シリウス! こっちに来い!」
『グルァアアアアアッ!』
スキル越しに届いた声に、シリウスは力強く咆哮を上げる。
暗闇の中では見えないが、敵を無視して急降下してくることだろう。
つまり――
「さあ、ここからが本番だ。存分に反撃させて貰うとしようか!」
目前に迫る防塁と塹壕。
俺は防塁へと足をかけて一気に跳躍し――目前に迫った悪魔の首へと、餓狼丸の刃を叩き込んだのだった。





