858:後方支援
しばしエインセルの軍勢を迎撃した後、一時退却する。
正直、ここまでの作戦はどこまで効果があったのかと疑問を覚えるほど、エインセルの軍勢の動きに迷いはない。
一度襲撃した連中も、いずれは体勢を立て直してくるだろう。
イタチごっこか、モグラ叩きか――この作戦も、果たしてどこまで効果があるものか。
だが意外なことに、拠点で待っていた軍曹は中々に上機嫌な様子であった。
「よう、お疲れさん。中々に暴れたじゃねぇか」
「それが仕事だからな。で、工作の調子はどんなもんだったんだ?」
「こっちはこっちで、上々だな。ある程度のところまでは片付けられたさ」
どうやら、こちらが視線を引き付けている間に、軍曹たちはきちんと仕事をこなしていたらしい。
今回の軍曹たちの仕事は、基本的には後方の対応だった。
悪魔たちが輸送している物資の破壊や、後続部隊が進む道の妨害。
重要なのは、それが時間差で発動するトラップとして仕掛けられていることだろう。
巧妙に隠されたトラップは、しばらく時間がたった後で起動するようになっていたらしく、解体しない限りは所定の時間で発動することになる。
時限爆弾とはまた、けったいなアイテムを作り出したものだ。
「物資の方は、とりあえず何とかなったってことか」
「まあな。だが、こちらの手がいつまで通じるかは分からんところだ」
「それは俺も感じていたが……もうバレているのか?」
「工作されていることは気づいているだろうな。そろそろ向こうも手を打ってくるだろうが……それならそれで、他の手段を使うだけの話さ」
その辺り、軍曹は慣れたものだ。破壊工作など、思い出すのも億劫になるほど経験してきているのだから。
まあ、それが一番得意なファムはここにはいないわけだが――アンヘルとランドがいるなら手に困ることは無いだろう。
「ともあれ、今日はこんなもんか?」
「そうだな。一応、目標になっているエリアは全て対処できた。今日の足止めには十分な戦果だ」
「足止めを受けた上に、輸送物資まで破壊されたか。向こうも踏んだり蹴ったりだな」
「それがこっちの仕事だからな。その先については……まあ、また次だな」
軍曹にも、まだまだ手札はあるようだ。
しかしながら、エインセルもただ黙って攻撃を受けてばかりいるということもないだろう。
向こう側も、何かしらの対抗手段を持ち出してくる可能性は十分にある。
ここからも、引き続き警戒は必要となるだろう。
「何にしても、今日はここまでだ。お前さんらを酷使しすぎるわけにはいかんからな」
「十分に酷使されてると思うが?」
「指示が無いなら無いで、自分から向かって行くだろ?」
否定はできないので肩を竦め、踵を返す。
何にせよ、今日の分の仕事は果たした。続きはまた明日――恐らく、その時にはまた状況が変化していることだろう。
エインセルがどのような手を打ってくるかは分からんが、また対策を練る必要があるだろう。
「シェラート、ここからが本番だ。分かってるな?」
「言われるまでもないさ。油断はしない」
「そうだな。明日も頼むぞ」
いつになく真面目な様子の軍曹に、軽く溜め息を零す。
このオッサンが冗談を飛ばし切れない状況というのも、中々に恐ろしいものだ。
何よりも不気味なのは、敵の全容を掴み切れないこと。それだけの情報を集める前に、俺たちは戦いへと身を投じることとなってしまった。
ローフィカルムの手出しが無ければ、そのようなこともなかっただろうが――まあ、今はそれを言っていても仕方がない。
やるべきことを、どのような手を使ってでも達成する。俺たちの仕事は、そういうものだ。
作戦指揮所になっていた天幕を後にすれば、辺りには軍曹の部隊に所属しているプレイヤーたちの姿が目に入る。
確かミリタリー系オタクの集まりだったという話だが、今では中々に様になっている様子だ。
流石に、かつての精鋭部隊と比較するのは可哀想ではあるが、最低限仕事をこなす程度には十分だろう。
そんなプレイヤーたちの中に、見知った二人組の姿を見つけた。
「よう、二人とも。そっちも上手く行ったようだな?」
「ああ、お前が前線で引き付けてくれたおかげでな。助かったよ」
「それがこっちの仕事だったからな」
アンヘルとランド――今回破壊工作を担当した二人だが、こちらも問題なく仕事をこなしてきたらしい。
どちらかといえば正面からの戦闘を得意としているアンヘルではあるが、そういった仕事もこなす技術があるのだ。
伊達に二人だけで傭兵をやっていたわけではないのである。
「お疲れ様、シェラート。そちらも無事だったみたいですね」
「こちらは奇襲して、余裕がある内に撤退していただけだからな。正直、あまり被害は与えられていないだろう」
「そうか? お前のドラゴンが大暴れしてくれたおかげで、それなりに広範囲の被害が出てたが」
「逆に言えばそれぐらいだろう? かなりの範囲攻撃をばら撒いたつもりではあるが、それでもその程度しかダメージを与えられなかった」
エインセルの戦力とは、即ち奴らがこれまで行ってきた準備期間そのものである。
俺たちがアルフィニールを相手に苦戦していたその時間を、奴はひたすら有効活用してきたのだ。
その戦力量は純粋に多く、多少の奇襲で減らせるような代物ではない。
確かに二人の言葉通り、多少のダメージを与えることはできただろう。だが、それは所詮『多少』の域を出ない程度のものでしかないのだ。
「まあ、軍勢に対するダメージはともかく、工作そのものは無意味じゃないだろう」
「そうですね。ある程度は敵の足も鈍ったでしょう。こちらまで来られても、今のままでは脅威にはなりません」
「とはいえ、後続の物資まで破壊できたわけじゃないし、引き続き対策は必要だがな」
ランドのコメントに、軽く嘆息しつつ頷く。
極論ではあるが、運ぶ物資を全て破壊できれば奴らは脅威にはならない。
エインセルの軍勢は兵器による攻撃力に頼っている部分がある。
逆に言えば、それさえ抜きにすれば個体として強力な悪魔は少ないのである。
そこは明確に、奴らの付け入る隙と言えるだろう。
「連中の兵器を完全に封じるような方法があれば一番楽なんだが……対策していないわけもないからな」
「まあ、奴らの使っている道具についてはエレノアに解析を依頼しておく。爆弾っぽいものや、プロテクターやら……引き出しはまだまだありそうだからな」
中でも空爆は厄介だ。あれだけは、何としても使用を防がねばなるまい。
それを許してしまえば、こちらの拠点はあっという間に攻略されてしまうだろう。
魔法による迎撃が難しくなったワイバーンは、間違いなく大きな脅威だと言える。
思わず顔を顰める俺とランドの横で、アンヘルは気楽そうな表情のまま声を上げた。
「……と、そういえば、シェラート」
「ああ、どうした?」
「これ、返却します。私にはもう必要なくなったので」
そう告げると、アンヘルはインベントリから一振りの刃を取り出した。
ティエルクレスの隕鉄剣――あのティエルクレスのイベントで手に入った、あまりにも強力過ぎる大剣だ。
俺たちには扱えない代物であるし、有効に活用できるであろうアンヘルへと貸し出していたのだが。
「もう使わんのか?」
「ええ――」
言いつつ、アンヘルはその腕を振るう。
その瞬間、彼女の手に現れたのは――俺が今手に持っている者と全く同じ、武骨で長大な大剣であった。
「――この通り、私たちも手に入れましたから」
「……成程、流石だな」
どうやら、『キャメロット』はティエルクレスのイベントを最高評価で攻略することに成功したらしい。
自分で言うのもなんだが、かなり苦労したことだろう。
どうやってあのティエルクレスに勝利したのかは気になるところだが――まあ、今はそれはいい。
「まだティエルクレスに挑んでいるのか?」
「ああ、希望者は多いからな。といっても、今はこの状況だから、流石にそうも言っていられないが」
「これを手に入れられたのはまだ私たちだけですね。『キャメロット』でも、最精鋭でしか達成できませんでした」
「できただけ大したもんだ。正気のティエルクレスは、俺が今戦っても勝てるかどうかわからん相手だからな」
彼女は間違いなく強者であり、また怪物であった。
その力は、手札を知っている今ですら倒せるとは断言できないほどだ。
アルトリウスたちなら勝てるかもしれないとは考えていたが、実際にその成果を見ると驚いてしまうものである。
「とにかく、これは私が自由に使えるようになったので、返却します。もしかしたら、団長がもう一度レンタル申請をしてくるかもしれませんが」
「まあ、俺たちは使わんからな……その時はまた貸し出すさ」
強力な武器なのだが、俺たちには扱えるものではない。
死蔵しておくよりは、『キャメロット』で使った方がいいだろう。
アンヘルから受け取った大剣をインベントリに押し込んだところで、各所への連絡を終えたらしいランドが声を上げた。
「今日はもう落ちるのか?」
「ああ、続きはまた明日だな。そっちも、引き続きよろしく頼む」
「了解だ。明日も頼んだぞ、ソウ」
ランドの言葉に頷き、踵を返す。
一度ログアウトすると、再度ログインするまでに結構時間が経過してしまう。
果たして、事態は好転しているのか、あるいは悪化しているのか。
期待しきれるものではないし、覚悟はしておくこととしよう。