857:空の支配
(敵の陣容は基本的に、戦闘訓練を受けたデーモン。小隊長としてアークデーモン、現場指揮官がグレーターデーモンか?)
闇に紛れて悪魔たちを斬り捨てながら、敵の部隊構成を確認する。
明確な指揮系統の構築。そして確認してはいないが、恐らくは一人が倒れた時のための副官も用意していることだろう。
奇襲を受けた状況でありながら、敵に混乱が少ない。
あらかじめ情報が出回っていたとも思われるが、それにしても対応が機敏であった。
名無しの悪魔程度で、ここまでの対応ができるとは。
(……爵位級がいるかと思ったが、それなしでもここまで動けるってのは厄介だな)
個々の力そのものはそれほどでもないため、殺すことに困るような相手ではない。
だが、動きが堅実で隙が少ないという点は、それだけエインセルの軍勢を崩しづらいということを示していた。
多少のことでは混乱させられず、壊滅させることも難しい。
アルトリウスも、これには間違いなく苦戦することになるだろう。
尤も、そういう時に有効なのが、シリウスという怪物なのだが。
「グルァアアアッ!!」
僅かな光を反射し、闇の中ですら目立つその威容。
放たれる小型グレネードの攻撃など意にも介さず、シリウスは次々とその鋭い爪でサイの魔物を屠っていた。
砲塔から放たれる攻撃すら、シリウスのMPこそ削れどHPを減らすことはできない。
シリウスの持つ《不毀》の力は、それこそ圧倒的な強者でもなければ貫くことはできないだろう。
「お前らは弱点は少ない。だが、その規範通りの行動を取れなきゃ動きが鈍る。セオリーを正面から無視するタイプは苦手だろう」
単なる搦め手ではない。純然たる相性差だ。
奴らの攻撃はシリウスを倒せず、またシリウスの攻撃を奴らは防げない。
俺たちのパーティにとって、対エインセルの軍勢における最も有効な手札だと言えるだろう。
無論、いつまでもそれに頼っていれば対策もしてくるだろうし、油断は禁物だが。
いくら《不毀》のスキルがあったとしても、シリウスのMPも無限ではないのだから。
「《オーバーレンジ》『煌餓閃』!」
斬法――剛の型、輪旋。
大きく押し広げられた生命力の刃が、黒い闇を伴って悪魔たちを斬り払う。
接近してしまえば、悪魔たちはグレネードランチャーを使いづらい。
悪魔たちにも、味方を巻き込まないように戦うという前提があるらしく、だからこそ肉薄した距離での戦闘は苦手なようだ。
その点も弱点といえば弱点だろう――そもそも、接近することが難しいという問題はあるが。
(さて、そろそろ【咆風呪】の目くらましも切れる頃合いだが……)
周囲を覆っていた闇が薄れ始めた状況に、撤退の準備を開始する。
それとほぼタイミングを同じくして、耳に届いたのはアリスの声であった。
『クオン、回収できるものは回収したわ』
「了解だ、そろそろ撤退するぞ」
『分かったわ、このまま離脱する』
さて、どこまで回収できたのかは分からないが、区切りとしては悪くないだろう。
【咆風呪】の闇が晴れ始めるのとほぼ同時、俺は大きく声を上げてシリウスへと告げた。
「ラストだ、派手にやってやれ!」
「グルルルルルッ!」
銀色に激しくスパークする、巨大な魔力を滾らせた尾の刃。
大きく翻したその一閃は、輪旋の如く周囲を薙ぎ払い――その軌道上にいた敵を、真っ二つに両断してみせた。
流石の被害規模に、悪魔たちの動きが鈍化し始める。その隙を見計らって、俺たちは一気にその場から離脱することとした。
消え始めた闇に身を隠すようにしながら踵を返し、再び森の中へと帰還していく。
シリウスが派手に被害を与えてくれたおかげで、奴らもこちらへと追撃する余裕はない。
俺たちはそのまま森の中へと身を隠し、十分な距離を開けたところで足を止めた。
(さっきの連中もそうだが、山狩りをするような技術は無いようだな。それは幸いだったか)
猟犬でも連れて来られていたら拙かったが、どうやらその手の技術までは学んでいないらしい。
果たして、エインセルはどのように悪魔たちに技術を伝えているのか。
まるで情報が入ってこないため、その辺りは全くの謎のままだ。
ともあれ、追撃が無いことを確認しつつ仲間たちと合流し、今回の戦果について共有することとしよう。
「お疲れ様です、先生。大丈夫……っぽいですね」
「短時間だからな、被害を受けるほどじゃないさ。それより、そっちはどうだった?」
「まあ、普通にって感じですね。あんまり派手に炎は撒き散らせなかったですけど」
「敵の数を減らせているなら問題はないさ。今回は道を塞ぐことも難しかったからな」
前回のような谷間の地形であれば崩すことも容易だが、今回の地形はそれを狙うこともできなかった。
残念ながら、敵軍への被害を以て奴らの足を鈍らせるしかない。
まあ、俺たちの仕事はあくまでも目立つことで、後方への破壊工作は軍曹たちがやっているだろうが。
「さて……とりあえず、成果を確認しようか」
「ええ、それじゃあ私から。よっと……」
真っ先に声を上げたアリスは、インベントリから一抱えはある代物を取り出した。
一メートル弱程度の、円筒形の物体。筒は金属製のように見えるが、それほど重さは無いらしい。
銀色の円筒は、《見識》を行ってもその名前が出てこない。
俺たちには正体を把握できない、謎の物体であった。
「これは、あいつらがコンテナで運んでいた道具よ。正体は不明だけど……たぶん、これがワイバーンの使うアイテムじゃないかしら」
「確かに、ワイバーンが掴むのにはちょうどいいぐらいのサイズですかね?」
「だが、掴んだまま離陸できるのかね。まあ、砲弾のようにも見えないし、投下用の爆弾の可能性は十分にあるか」
解析についてはエレノアたちに任せるべきだろう。
どのような効果を持っているのかは不明だが、その性質を把握できれば対策もできる。
問題はどうやってエレノアに引き渡すかだが――まあ、連絡を入れておけば今日ログアウトする頃にでも渡せるだろう。
「他は見たことのあるものばかりだったわね。普通の砲弾は今更でしょうから」
「装備していないプロテクターは見つからなかったか……まあ、仕方ないな」
「プロテクターについてですが、おおよその性質は確認できました」
そう声を上げたのは、空を飛ぶワイバーンたちと直接戦闘を行っていたルミナだ。
ダメージを受けた様子はないが、あれを相手に無傷とはいかなかっただろう。
果たしてどのような相手だったのか、その所感は聞いておいた方がいい。
「ワイバーンたちが纏っていたプロテクターですが、どうやら魔法に対する耐性があるようです」
「つまり、あれは魔法対策の装備だったってこと?」
「恐らくは……地上からの攻撃を対策しようとした際に、魔法を優先して対策したのではないでしょうか?」
ルミナの言葉に頷き、黙考する。
空を飛ぶ戦力にとって、脅威となるのは遠距離攻撃だ。
射撃攻撃の場合もあるが、当てやすいのは魔法による攻撃だろう。
そのどちらを防ぐかと考えた際に、エインセルは魔法を対策することを選択したようだ。
「物理攻撃に対してはそこまで防御力は無いってことか?」
「はい、武器で攻撃したらすぐに傷がつきました。破壊はそれほど難しくはありません」
「成程な。射撃攻撃を主体で攻撃するようにすべきか……」
魔法に耐性があることを承知で数を揃えるか、或いは射撃攻撃による迎撃を選択するか。
これについてはアルトリウスに伝えておくべきだろう。
空からの攻撃に対する対策は、絶対に必要となるのだから。
「あと、先生も気づいたと思いますが、こちらの動きに対応してきましたよね」
「そうだな。とはいえ技量で追い付いてきたわけじゃなく、情報に対する対策を打ったって印象だ」
「今はまだいいですけど、これからもっと迎撃方法をアップデートしてきそうですね」
情報の共有は懸念しておくべきだろう。
エインセルがどのような方法を使っているのかは不明だが、こちらの動きに対して素早く対策を練られかねない。
今回までは良かったが、今後さらに襲撃が難しくなるかもしれない。
これは俺たちが考えるべきことだが、やはり対策は必要だろう。
「よし、とりあえず情報はアルトリウスたちに送っておく。準備ができたら、次のポイントに向かうとするか」
とりあえずの足止めはできたが、やるべきことはまだまだある。
連中の動きが致命的な段階に及ぶ前に、こちらの準備が終わることを祈るとしよう。