855:破壊と離脱
「潮時だ、撤収するぞ。シリウス!」
「グルァアアアッ!」
そこそこに敵の前衛部隊を攻撃したが、そろそろ後続の部隊も混乱から立ち直りつつある状況だった。
【咆風呪】による目隠しもいつまでも続くわけではないし、そろそろシリウスも集中砲火を受けている頃合いだ。
いくら場所が有利とはいえ、数の上では圧倒的に不利だ。
ここでの継続戦闘にはこだわらず、ある程度のところで退散するべきである。
俺の声に呼応して、シリウスはその尾へと膨大な魔力を収束させる。
当然、悪魔たちは警戒して防御態勢を取るが――生憎と、それで防ぎ切れるような代物ではない。
「ガァアッ!!」
《不毀の絶剣》――強力無比な尾の刃による一撃は、戦車の如きサイの魔物といえども耐えられるようなものではない。
直接触れたものだけではなく、後方にまで空間の断裂を広げた一閃は、その周囲の悪魔たちをまとめて両断する。
再び、奴らの間には動揺が広がるが、ここで追撃をしても泥沼に陥るだけだろう。
「広範囲の攻撃を放て。ここいら一帯を破壊しろ!」
悪魔たちが動きを止めたすきに、テイムモンスターたちは魔力を収束させる。
ルミナは召喚精霊たちと共に放つ合体魔法を、セイランは強力な雷を伴う竜巻を、そしてシリウスは広範囲を薙ぎ払う強大なブレスを。
それぞれが悪魔たちの方へと解き放たれ――周囲の地形共々、敵の軍勢を蹂躙する。
周りの崖を崩し、なだれ落ちた土石によって道が塞がったことを確認し、俺たちはさっさとその場から退散することとした。
強力な魔法によって混乱している悪魔たちはこちらに追撃をすることもできなかった様子で、特にダメージを受けることもなく退散することに成功する。
十分な距離を取り、再び森の中に身を隠して――そこで、ようやく安堵の吐息を吐き出した。
「とりあえず、初回の攻撃としては十分な戦果だな」
「結構倒しましたけど、減ってる気はしませんね」
「元の数が多すぎるから、仕方ないわ」
俺たちが倒した敵の数は、精々が数十体といったところだ。流石に百には届いていないことだろう。
敵の総数が万を超えているとなると、この程度を削ったところで焼け石に水としか言えない。
しかしながら、奴らの足止めという点については十分な戦果であると言えるだろう。
魔法があるため、道の破壊はそれほど大きな効果を及ぼすことは無いだろうが、それでもある程度の時間稼ぎにはなる。
とりあえず、奴らの態勢の立て直しと、道の修復までの間は時間が稼げたことだろう。
果たして、どの程度の時間を稼げれば十分なのかは分からないのだが。
「さて、あまり休んでいる暇もない。次のポイントに移動するぞ」
先ほど攻撃した場所は重要度の高いポイントではあるが、動きを止めたところをいつまでも監視していても時間の無駄だ。
監視は他の仲間に任せ、襲撃は俺たちが担当するべきなのである。
尤も、俺たちが行うのは地形破壊を伴う襲撃だ。後方の撹乱や資材の破壊などは軍曹たちの仕事である。
俺たちが派手に動けば動くほど、軍曹たちの動きは目立たなくなるのだ。
回復と補給は行うが、次なる作戦へはさっさと移った方がいいだろう。
「えっと……次のポイントはここから北側ね」
「よし、さっさと向かうぞ」
急いで移動はするが、流石に空を飛ぶと目立ってしまう。
比較的木々が少ない場所を選び、騎獣の機動力で移動するべきだろう。
セイランに跨って移動を開始しつつ、ふと思いついた点を二人の方へと確認する。
「そういえば、あのグレネードランチャーを撃たれたか?」
「いや、撃たせないように立ち回ったので」
「そもそもこっちは敵に発見されてないわね。でも、シリウスはそこそこ撃たれてたみたいよ」
「グルッ?」
そう言われて小型化したシリウスの方を確認してみたものの、ほぼダメージは受けていない状態だった。
MPは多少削れてはいたものの、それは既にポーションで回復済みであるため、ほぼ無傷であると言っていい。
小型化したグレネードランチャーはやはり物理攻撃扱いであるようだが、だからこそシリウスにとってはほぼ警戒に値しないような代物であった。
「シリウスに効かないのはいいんだが、どの程度の威力なのかの参考には全くならんからな」
「……まあ、ある程度の爆発範囲で推測するしかないんじゃない?」
物理攻撃については公爵級の攻撃すら受け止められるシリウスである。
その防御力を基準にしてしまうと、敵の攻撃がどの程度の威力だったのかは全く分からない。
小型化したことである程度威力は下がっていると考えてもいいが、それを俺たちが耐えられるとは思うべきではない。
仮に耐えられたとしても、爆発を受ければどうしても体勢を崩される。
なるべく射線に注意しながら対処する必要があるだろう。
「他に何か兵器はあったか?」
「今のところは、特に。現状は分解されて持ち運んでいる最中じゃないですか?」
「確かに、そうだろうな」
流石に、迫撃砲や高角砲をそのまま持ち運んでいることは無いだろう。
設置型のグレネードランチャーはどうだか分からないが、現状では新兵器を確認することは難しいか。
小型化されたグレネードランチャーもあるし、エインセルは何かしら新しいものを持ち込んでいることだろう。
この作戦内でそれを確認できるかどうかは――まあ、状況次第か。
「さてと、次のポイントは……いや、ちょっと止まれ」
「え? は、はい」
ふと感じた気配に、緋真の動きを止めさせて息を潜める。
僅かに耳に届いた、羽ばたきの音。上空より聞こえたその音に、俺は静かにその気配を探った。
この音は、この辺りで出会ったことのある魔物の立てているものではないだろう。
少なくとも、空を飛んでいる魔物でこれほど大きな翼の音を立てる種はいなかった。
「上を確認したいが……姿を晒すのも危険だな」
「私が見てくるわ。待ってて」
俺の言葉に頷いたアリスは、スキルを発動しつつひょいひょいと木を登って行く。
スキルによる補助はあるが、実に身軽な動きだ。
姿を見せることなく樹上へと到着したアリスは、そのまましばし上空の様子を観察していた。
やがて、頭上に響く音が消え、そのまま音もなくアリスが飛び降りてくる。
そんな彼女のフードの下の表情は、眉根を寄せた顰めっ面であった。
「どうした、何があった」
「見たものを率直に言えば……体にプレートを付けたワイバーンが飛んでいたわ。一応、それもスレイヴビーストだったみたいね」
「悪魔の従えている魔物か。やはり、空についても対策してきたようだな」
果たしてどの程度の戦力なのか、把握しておきたい気持ちはあるものの、今は気づかれずにポイントまで接近したい。
今は気づかれぬように地上を進むべきだろう。
しかし――
「エインセルが現代兵器を用いるとなると、上空からの攻撃も警戒するべきか」
「空爆とか嫌ですね……」
「全くだな。味方がやるならともかく、敵にやられるのは最悪だ」
吐き捨てるように口にして、そのワイバーンが去って行った方向へと視線を向ける。
エインセルが制空権の重要性を理解していないとは思えない。
奴は間違いなく、空からの攻撃方法を編み出していることだろう。
とはいえ、再現可能な技術でどこまで正確な爆撃ができるのかは疑問が残るが――適当に爆弾を放り投げられるだけでも、かなり厄介な攻撃になるだろう。
まあ、その程度はアルトリウスも警戒していることだろうし、連絡しておけば対策もできるだろうが。
「とりあえず、次の標的は空からの索敵も行っているってわけだ。さっきのがやっていなかった理由は分からんが……空についてはルミナとセイランに任せるぞ」
「分かりました、お任せください」
意気込んで首肯するルミナに笑みを返し、再びセイランを目標地点へと向けて出発させる。
そこまで気づかれずに移動するにはそれなりに骨が折れるだろうが、何とかするとしよう。