085:戦端開くは剣鬼の咆哮 その6
「――ちぃッ!」
鈍く風を切る音に舌打ちし、緋真は深く身を沈めて横薙ぎの一閃を回避する。
振るわれたのは、黒く染まった大剣。長大なその剣による一撃は、防御を捨てている緋真には致命的な一打となりかねないものだ。
そんな巨大な剣を片手で軽々と振るっているのは、同色の鎧や盾を装備した巨大な人影。
後方へと跳躍して構えながら、緋真はその全身を改めて観察していた。
(あからさまなまでの防御型。だけど本当に頑丈だわ……このままじゃ拙い)
イベントが開始されてから、序盤は有利に戦闘を進めることができていた。
王都の北側を守る『エレノア商会』と『MT探索会』は、どちらも戦闘系のクランというわけではない。
だが、片やその物量、片やその知識量において、紛れも無くトップを独走しているクランであった。
その実力や規模は決して伊達ではなく、あらかじめ準備期間を取ることができた今回のイベントでは、過剰と言えるほどの防衛設備を建造して備えていたのだ。
何重にも張り巡らされた防御柵や、やりすぎなのではとまで言われたバリスタ。
更にはどこから調達してきたのかも不明な爆発物やトラップなどの効果により、悪魔たちは王都に近づくことすらできていなかったのだ。
だが――
「……爵位悪魔が自分から前に出てくるなんて、不用心なんじゃないの?」
「用心の必要などなかったからな。貴様らの力では、我が盾を貫くことはできぬ」
漆黒の全身鎧、そしてその長身と同じだけの大きさがあるのではないかという大剣と大盾。
その鈍重な見た目でありながら、振るう剣や盾のスピードは凄まじいのだ。
更に、援護として飛んできている魔法も、直撃してはいるものの殆どダメージを与えられていない。
たまに気まぐれのように盾を振るえば、その盾の表面に描かれた紋章が輝き、一瞬だけ広範囲にバリアのようなものを展開し魔法を防いでしまうのだ。
緋真が足止めしつつ周囲の仲間たちが魔法で狙ってはいるのだが、それでも目立ったダメージは与えられず、その前進を止めることはできていない。
このままでは、この悪魔のHPを削り切る前に城門を破壊されてしまうだろう。
「緋真さん、大丈夫!?」
「平気です! それよりも、他の悪魔たちを!」
城門の上から声を掛けてくるエレノアに対して振り返らずにそう返し、緋真は悪魔に対して油断なく構えていた。
鎧の悪魔は、柵など軽々とその大剣で破壊しながら、徐々に王都へと向かって進軍してきている。
しかし、その動きを止めることはできず、有効なダメージを与えることもできていなかったのだ。
(問題はあの盾……どの攻撃にも即座に反応して受け止めているし、まるで破損する気配がない。バリスタを正面から受け止めるって何なのよ? しかも、あの鎧も異様に頑丈だし……何とか肉薄して突きを当てられればいいんだけど)
勝ち筋はそれ以外に存在しないと、緋真はそう判断していた。
だが、あの巨大な盾を掻い潜って接近することができない。
遮られている視界を利用して回り込もうとしても、何故か即座に反応されてしまうのだ。
いくつかの歩法を試し、不意を突こうとしたが、それすらも受け止められてしまっていた。
「……その盾、バリアを張るだけじゃないわね。自動防御?」
「ほう? 面白いことを言うな、小娘。何故、この盾にそのような機能があると?」
「視線が通ってもいないのに、背後からの攻撃に反応したんだもの。貴方に、そこまでの芸当ができるとは思えないわ」
この悪魔は、確かに強力な装備を身に纏ってはいるものの、動きそのものは際立ったものではないと緋真は判断していた。
日頃、圧倒的に格上の実力を持つ師と戦っているからこそ分かる。
この悪魔の基礎的な実力そのものは、己と比較しても明らかに劣っているのだ。
それを装備で補っていることについては、別段何か言うことはない。足りないものを補うことは当然であると緋真は考える。
今はそれよりも、いかにしてその防御を攻略するかが重要だった。
「ふむ……人間の身で驚くべき実力ではあるが、伯爵閣下が口にしていた剣士とやらは貴様ではないだろう。ヴェイロンを討ち取ったのがその剣士であるかな?」
「さあね」
伯爵という言葉に、緋真は目を細める。
師が第二のボスを倒した際、伯爵級の悪魔と遭遇したという話は耳にしていた。
果たして、そんな強大な悪魔がこの後に出現すると言うのか。
流石にそれは無いだろうとは思いながらも、緋真は呼吸を整え――味方に伝えたタイミングに合わせて飛び出していた。
それとほぼ同時、後方の陣地より、複数のバリスタが飛来する。
「――無駄だッ!」
悪魔が盾を構え、その表面に刻まれた紋章が光を放つ。
瞬間、周囲に張り巡らされた光の壁が、数本のバリスタを纏めて弾き返していた。
(バリアは連続しては張れない。少なくとも、クールタイムらしきものは存在する)
胸中で呟きながら、緋真は近くに残っていた柵を足場に跳躍する。
補助スキルの《走破》により、どれほど悪い足場であろうとも、普通の地面のように足場として利用することができるのだ。
そしてそんな緋真の足元を抜けていくかのように、複数の魔法が駆け抜けていった。
「甘いぞ、人間共ッ!」
しかし、その魔法たちもまた、盾の薙ぎ払いによって掻き消される。
この悪魔の装備する鎧や盾は高い魔法防御能力まで有しており、攻撃魔法どころか支援魔法ですらほとんど効果を及ぼさないのだ。
しかし――
(――いくら自動防御ができても、複数個所の同時攻撃には対処できない!)
振り抜いた盾とは正反対の位置に着地した緋真は、即座に相手の纏う鎧の構造を確認、全身の回転運動を以て相手の脇腹へと渾身の刺突を放っていた。
斬法――柔剛交差、穿牙零絶。
静止状態から放たれる神速の突き。
その一撃は、狙い違わず悪魔の脇腹、鎧の隙間へと突き刺さり――しかし、貫くことなくその動きを止めていた。
「ぐ……ッ、見事! だが――」
「っ、鎖帷子……!」
刺突の一撃は、悪魔が鎧の下に纏っていた鎖帷子によって受け止められていたのだ。
渾身の一撃を受け止められた事実に、緋真の体は一瞬だけ硬直する。
しかし悪魔は動き続け、右手の大剣による薙ぎ払いが迫ってきていた。
(射抜を――違う、回避、無理、流す――!)
斬法――柔の型、流水。
下から掬い上げるように、緋真は刀を振るう。
その一閃は悪魔の大剣の腹に合流し、その軌道を僅かながらに上へと押し上げる。
緋真はその下に潜り込むように体を逸らし――その衝撃を殺しきれず、その場から弾き飛ばされていた。
「が――ッ!?」
地面に叩き付けられ、その衝撃に肺の中の呼気を放出させられる。
その息苦しさに意識が遠くなりかけるも、緋真は咄嗟に地面に手を付き、体を跳ね上げるようにして体を起こしていた。
そして荒れる呼吸を整える暇も無く、迫ってくる悪魔の巨体を目視して、緋真は思わず舌打ちする。
右手の刀が軽い。確認せずとも分かるだろう、その刀身は半ばから折れてしまっていた。
緋真は即座に折れた刀を悪魔へと向けて投げつけて、自動的に反応した盾に隠れるように移動して回避する。
相手に近づいてはいるが、結局の所鎖帷子を貫ける攻撃を当てなければ意味がない。
(私が使える中で可能性があるのは射抜だけ……けど、こちらの動きが一瞬止まる。相手を崩せないと意味がない)
薙ぎ払われる盾を後退しながら回避し、緋真はもう一振りの刀、蟻酸鋼の打刀を抜く。
有する付与効果は装備の耐久度減少ではあるが、流石にこの特殊な盾相手に効果を発揮するかは緋真としても疑問を拭いきれなかった。
迫るシールドバッシュに、緋真は後方へと大きく跳躍しようとし――その瞬間、悪魔の盾が唐突に頭上へと構えられていた。
その行動に疑問を抱く暇も無く、構えられた盾へと、空中から放たれた光の槍が衝突する。
その瞬間、眩い光が散り――同時に、緋真は手を掴まれ、後方へと運ばれていた。
唐突な移動に抵抗しなかったのは、それが誰であるかを理解していたからだ。
「ルミナちゃん!?」
「はい! ご無事ですか、緋真姉様?」
光の翼を広げた戦乙女、師のテイムモンスターであるルミナの姿がそこにあった。
彼女はそのまま、間髪容れず光の砲撃を悪魔へと向けて放つ。
しかし、巨大な盾を地面に突き立てるようにして構えた悪魔は、ルミナの魔法を見事に正面から受けきっていた。
相手の体力には未だ衰えは見えず、ようやく体勢を立て直しながらも緋真は舌打ちする。
「助けてくれてありがとう……先生は?」
「お父様はこちらに向かっています。その前に、空を飛べる私が先行してきました」
「了解……はぁ、合流したら怒られそう」
憂鬱に嘆息を零しながらも、緋真は脳裏で戦闘の算段を整える。
この厄介な装備を持った悪魔が相手であろうとも、緋真は己の師が敗れるとは微塵も考えていなかった。
彼の到着まで持ちこたえれば、この戦いは勝利できる。
であれば――
「少しでも削り取るよ、ルミナちゃん」
「お任せください、緋真姉様」
緋真とルミナは揃って頷き――左右に散開するようにしながら悪魔へと接近していた。
緋真がルミナに合わせることにより、そのタイミングは完全に同時。
自然、勝手に動く盾はルミナの動きに合わせるように左側へと向けられていた。
魔法と合わせて剣戟を繰り出すルミナであるが、攻撃は全て盾に受け止められている。
だが、それでも問題はない。盾の動きを抑えているだけでも、緋真の自由度は大きく上昇するのだから。
「ッ……!」
斬法――柔の型、流水。
振るわれた大剣を流し落とし、地面に踏みつけながら跳躍する。
体を捻り、狙うは首元の鎧の隙間。
その内側へと、緋真は刃を振り下ろしていた。
斬法――柔の型、襲牙。
振り下ろされた切っ先は――しかし、悪魔が僅かに身を反らせたことで、その鎧の首元に小さな傷を付けるに留まった。
舌打ちし、緋真は悪魔の肩を足場に後方へと跳躍する。
緋真は自らの体重を乗せた今の一撃ならば、鎖帷子を貫けるかもしれないと考えていたのだが、そう簡単にはいかなかったのだ。
けれど、ほんの僅かな収穫はあった。
(この刀のおかげかは分からないけど……あの鎧は、盾ほどの頑丈さはない。先生なら、何とか――)
そう判断した、その瞬間だった。
――その叫び声が、周囲に響き渡ったのは。
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」
背骨に氷柱を差し込まれたかのような寒気が、緋真の背筋を駆け上がる。
それと共に、その場にいた敵も味方も、その殆どが動きを止め、戦闘行動を中断していた。
その中で、ルミナはまるで知っていたかのように翼を羽ばたかせて、緋真の傍へと舞い戻る。
帰ってきた彼女の姿を目にし、緋真は即座に理解していた。
「今のは、まさか合戦礼法……これは――」
刹那、声の響いた方向から、一体の悪魔が飛び出してきていた。
しかしその姿を目にして、緋真はそれが飛び出したのではなく、吹き飛ばされたのだと理解する。
何故なら、その悪魔の胸には、二振りの小太刀が柄まで突き刺さっていたからだ。
「ったく――随分と門の近くまで詰められていたな、馬鹿弟子」
その場にいた誰もが、その声の響いた方向へと視線を向ける。
そして――そこにあった姿に、思わず絶句していた。
赤と緑の血を滴らせ、その白い羽織を悍ましい色に染め上げた男。
左手には首があらぬ方向へと曲がった悪魔を引きずり、右手は今まさに腰に佩いた太刀を抜き放とうとするその姿。
頬に飛んだ返り血を拭おうともせず、凶相を笑みに歪める男は、左手の悪魔を乱雑に放り捨てながら言い放っていた。
「さて、次の首だ。精々楽しませろよ、爵位悪魔」
■アバター名:クオン
■性別:男
■種族:人間族
■レベル:27
■ステータス(残りステータスポイント:0)
STR:24
VIT:18
INT:24
MND:18
AGI:14
DEX:14
■スキル
ウェポンスキル:《刀:Lv.27》
マジックスキル:《強化魔法:Lv.19》
セットスキル:《死点撃ち:Lv.17》
《MP自動回復:Lv.15》
《収奪の剣:Lv.14》
《識別:Lv.15》
《生命の剣:Lv.16》
《斬魔の剣:Lv.7》
《テイム:Lv.12》
《HP自動回復:Lv.12》
《生命力操作:Lv.9》
サブスキル:《採掘:Lv.8》
称号スキル:《妖精の祝福》
■現在SP:30
■モンスター名:ルミナ
■性別:メス
■種族:ヴァルキリー
■レベル:1
■ステータス(残りステータスポイント:0)
STR:25
VIT:18
INT:32
MND:19
AGI:21
DEX:19
■スキル
ウェポンスキル:《刀》
マジックスキル:《光魔法》
スキル:《光属性強化》
《光翼》
《魔法抵抗:大》
《物理抵抗:中》
《MP自動大回復》
《風魔法》
《魔法陣》
《ブースト》
称号スキル:《精霊王の眷属》





