843:数多の魔法
『はぁん、それで僕の方に連絡してきたってことね。アルトリウスが呼ぶから何かと思ったよ』
「知る限り、魔法に一番詳しそうだったのはアンタだったからな」
思いがけず遭遇した、謎の爵位悪魔。
それに関する報告は当然行ったのだが、それに加えて相談を行った相手は、『キャメロット』の参謀であるマリンだった。
向こう側の事情に詳しく、システムに精通しており、尚且つ情報も持っている――少々面倒な性格ではあるが、情報を仕入れるには最適な相手だ。
まあ、『MT探索会』を頼るという方法もあったのだが、あっちは俺たちから情報を引き出そうとしてくるのに加え、話が脱線しやすいからな。
『それにしても、未確認の爵位悪魔かぁ……アルフィニールのところにもいたから、可能性は考えていたけどね』
「公爵級の可能性はあると思うか?」
『それなりにはあると思うよ。もしも残る公爵級がドラグハルト側であったなら、姿を確認できている筈だからね』
ドラグハルトに付き従っている公爵級は、今のところレヴィスレイトとアルファヴェルムしか確認できていない。
残る二体の公爵級悪魔もそれに続いているのであれば、とっくに姿を現している筈だ。
大公級と戦う際に、それほどの戦力を遊ばせておく余裕などない筈なのだから。
『実際、その悪魔が公爵級なのかどうかは分からないけれど……最悪のパターンを想定して話をしておこう』
「分からんことが多いが、その方がいいだろうな」
『現状確認できていることは、その老婆姿の悪魔が月属性魔法の発展形を使っていたということだけ。だから、まずは月属性についてかな』
今更ではあるが、月属性はかなり希少な属性魔法だ。
俺も使い手はアリス以外に出会ったことは無いし、アリスもあまり魔法を積極的に使うタイプではないので、よく分からないというのが正直なところである。
そんな俺の内心を知ってか知らずか、マリンは特に調子を変えるでもなく言葉を続ける。
『月属性は攻撃性は低く、どちらかというと補助的な効果の高い魔法だね。でも、特に転移系の呪文が多いことが特徴として挙げられるかな』
「【ムーンゲート】とかか」
『そうだね。ポイント間を転移する【ムーンゲート】、敵の背後へとショートワープする【ムーンレイク】、そして進化後になるけど視界内に直線で転移する【フェイズムーン】。空間属性でもここまで転移系は豊富じゃないよ』
見えないところでは、アリスもこれらの転移系魔法を多用しているらしい。
特に視界内で転移できる【フェイズムーン】は便利らしいが――お陰で、ますます彼女の居場所を察知することが難しくなっているわけである。
ともあれ、それが月属性の特徴ということか。
『少し話にも上がったけど、進化後に当たる《闇月魔法》。こっちも補助的な効果が多いね。相手の魔法を逸らしたり、自分の姿を隠したり……レベル30の魔法は知らないんだけど、出てるの?』
「【アングラヴィティ】か。任意の対象に低重力状態を付与する魔法だな」
『ある意味どこでも飛べるんだ、それはまた便利だね』
姿隠しに当たる【ムーンシャドウ】の呪文は、アリスのスキルと異なって音まで消してくれるわけではない。
だが、逆に言うと効果時間内であれば見た目は完全に透明化することになる。
攻撃した瞬間に効果が切れるスキルと違い、透明化を維持できるのは中々に便利な呪文であった。
「俺たちが知っている範囲であれば、闇月属性については問題ない。まあ、あの悪魔ならその先も知っているだろうが、流石にそれはもう知りようが無いからな」
『そこは仕方ないだろうね。知りたいのは天月属性か』
そう、《天月魔法》についてはまるっきりの謎だ。
マーナガルムの属性であることは闇月と共通しているだろうが、どのような呪文があるのかはさっぱり分からないのである。
だが、それもマリンならばある程度は知っていることだろう。
『僕の知っている天月の呪文は【ワクシングムーン】、【ワニングムーン】、【ナイトブレッシング】の三つかな。どれもバフ系だね』
「それぞれの効果は?」
『【ワクシングムーン】が物理攻撃力、【ワニングムーン】が魔法攻撃力のアップ。【ナイトブレッシング】は持続回復に加えて各種ステータスの上昇だね』
マリンの言葉に、成程と頷く。
比較的単純な効果で、魔法攻撃力アップの補助呪文が珍しい程度か。
しかし、補助魔法を敵に使われると中々に厄介ではあるため、あまり甘く見ることはできないが。
ともあれ、月属性関連はここまで、基本的には補助的な効果が多いということは理解した。
あの悪魔個人だけではなく、他の配下を含めた戦闘にも注しなければならないだろう。
『ただ、気を付けなければならないのは……月属性の前提となるのが、光と闇の属性であることだ。悪魔にもその条件が適用されるのかどうかは不明だけど……最悪の場合、それらの二属性、そして――』
「空間……いや、《時空魔法》すら高レベルで扱える可能性がある、ということか」
それだけ属性が豊富となると、使える呪文の数も増えてくる。
正直、その全てを扱ってくるなど考えたくもないのだが、最悪の可能性は考慮しておくべきだろう。
もしも公爵級ならば、その程度やってきてもおかしくは無いと思われるからだ。
それも、アルフィニールに従っていた公爵級とは違い、明らかに正気のままだ。
まず間違いなく、エインセルと同時に相手にすることは不可能だろう。
「どうやって相手をするかについては、済まんがそちらに任せる。あの婆さんは、かなり厄介な手合いだろうからな」
『それは、直感でそう感じたと?』
「ああ。あの婆さんはこちらに対する油断は無い……必要最低限の情報だけを見せて、逆にこちらの動きを制限してきた」
公爵級の可能性がある悪魔が、その姿を見せた。
となれば、こちらも相応の対応をせざるを得なくなる。
採取拠点どころの話ではない。本気で対処せねばならないような敵が、唐突に姿を現したのだ。
あの婆さんは、そんなこちらの反応を見越した上で姿を晒した。逆に言えば、姿だけしか情報を晒していない。
月属性という情報を得られたのは、こちらにアリスがいたからこそだ。
逆にアリスがいなければ、その程度の情報すら得ることはできなかったのである。
『まあ、アルフィニールの前例もあるから、大公に公爵が付いている可能性は考慮していたけど……何とか、引き離して倒す方法を考えないとね』
「頼んだ。そっちには苦労を掛けるが――」
『頭脳労働はこっちの担当だからね。その分、作戦の時はこき使うから、そこのところヨロシク』
「……まあ、異論はないがな」
嘆息を零しつつ、通話を切断する。
とりあえず、最低限知りたいことは判明したが、どのように攻略するかは未知数だ。
正直、準備にはそれなりに時間をかける必要があるだろう。
「公爵級かどうかを抜きにしても厄介な相手だろうからな……全く、何だってエインセルのところにそんな奴がいるんだか」
ぼやくように口にしつつ、周囲を――坑道にある拠点の姿を眺める。
あの悪魔は、果たして何を目的として動いているのか。
率いている悪魔が俺たちの様子を観察していたことは間違いない。
だからこそ、この周辺についても索敵を密にしている状況ではある。
尤も、転移魔法を得意とする月属性を相手に、果たしてどこまで有効なのかは疑問が残るところだが。
(あの婆さん、一体何のために俺たちを観察していた?)
こちらの戦力を測ることが目的であるならば、新しい手札は隠すことができたため、それほど悪い状況ではない。
一方で、この拠点を奪還することであるならば、それはかなり面倒な状況だと言える。
何しろ、高位の爵位悪魔を相手に、防衛戦などできる場所ではないからだ。
そちらが目的であった場合、俺たちだけで何とかできるような問題ではない。
本腰を入れて防衛をするのか、或いはこの拠点は放棄するのか――その辺り、判断を仰ぐ必要があるだろう。
「とりあえず、しばらくはここで監視するしかないか」
具体的な方策は何一つないが、それ以外に道もない。
より厄介になった状況に、俺はもう一度嘆息を零したのだった。