841:位置特定
あれから連続して魔物と戦闘を行ったが、相変わらず監視の目が変化する様子はない。
恐らくエインセルの悪魔だと思われる監視は、変わることなくこちらを監視しながらも、特に手出しをしてくるような様子は無かった。
単純に監視をするだけ、というのが何とも面倒な相手だ。
攻撃をしてくるならさっさと反撃すれば済む話なのだが、連中はいつまでも監視までにとどめているようだ。
(とはいえ、こちらが気付いていることは把握されていないようではあるが)
目立った動きは見せなかったおかげか、監視もまた位置を変えていない。
こちらが動き回りながら戦ったおかげで、ある程度は敵の潜んでいる位置を確認することができた。
後は、それを元にアリスが敵の位置を特定してくれるかどうかであるが――
『――クオン、見つけたわ。座標を送る』
「ああ、見事だ」
少しずつ、少しずつ、気付かれないように距離を詰めながら見つけ出した位置。
アリスから送られてきたのは、ここから少し離れた岩場のようであった。
遮蔽物の多いこのエリアでは、高所を取らなければこちらを監視できないだろうとは思っていたが、どうやら飛行するまでは行かなかったらしい。
ともあれ、位置が割れたならば話は簡単だ。
「少し北側に退避していてくれ。その辺りを吹き飛ばすから、トドメは任せる」
『ええ、了解よ』
とりあえず、具体的な位置までは分からなかったとしても、周辺ごと吹き飛ばしてしまえば済む話だ。
マップ上のマーカーでアリスが退避したことを確認し、俺は改めてシリウスを呼び寄せた。
広域に対する破壊力という点では、やはりシリウスが随一だろう。
「シリウス。あちらの方角に岩場が見えるか?」
「グルルッ」
俺の言葉を聞き、シリウスは体を起こして周囲を見渡す。
この辺りでは似たような地形は無いため、発見するのもそう時間がかかることはない。
その動きで敵にも発覚を察知されてしまうだろうが――このタイミングならば、最早問題はない。
「そこに《ブラストブレス》だ、吹き飛ばせ!」
「グルァアアアアアアッ!!」
俺の号令に、シリウスは疑問を覚えるような様子もなくブレスを解き放つ。
木々を斬り刻み、地面を抉り、そのまま広がる衝撃波のブレス。
広範囲を薙ぎ払うシリウスのブレスは、監視の目が潜んでいる岩場を包み込むように吹き飛ばした。
岩すらも細切れに斬り刻むその一撃は、そこに潜む者達に撤退の時間すら与えず、徹底的な破壊を押し付ける。
だが、その衝撃の中に、僅かな魔法の光があることを確認できた。
「防ぎ切れるもんではないと思うが……アリスの仕事はありそうだな」
どのような魔法を使っているのかは分からないが、シリウスのブレスは防御魔法でも完全に防ぎ切れるようなものではない。
これが《不毀の絶剣》であれば防ぐ間もなく真っ二つにしていただろうが、流石にこの距離は射程外だ。
シリウスのブレスが過ぎ去り、見晴らしがよくなった林の先、岩場の中に消え去りそうな光が揺れる。
それを認めた瞬間、そのすぐ傍に銀色の魔力が出現した。
(随分と急いでるな?)
今の魔法は、アリスの【フェイズムーン】だ。
短距離を直線で転移する魔法だが、見ての通り出現は気づかれてしまう。
それだけのリスクのある手段を取ってでも、アリスは悪魔たちへの接近を優先したようであった。
銀色の魔力から姿を現したアリスは、すぐさま揺らめいて消えた悪魔の魔力へと肉薄する。
正面から姿を晒しても相手の意識外に逃れられる彼女ならば、その状況も不利にはならない。
程なくして、あの場所で揺らめいていた魔力は消え去ったのだった。
「……とりあえず、監視の目は消えたか」
こちらに向けられていた視線の消失を確認し、軽く息を吐き出す。
そして俺たちはシリウスが吹き飛ばした場所を進んでいき――やがて、ボロボロになった地面に立ち尽くすアリスの姿が目に入った。
「お疲れさん、いい仕事だったぞ」
「……いいえ、完璧じゃなかったわ」
俺の称賛に対し、アリスは苦虫を嚙み潰したような表情で首を振った。
敵が残っている様子もなく、監視の目も消え去っている。
だというのに、何を仕損じたというのだろうか。
俺や緋真の疑問の視線に対し、アリスは嘆息と共に続けた。
「監視していた悪魔は二体。そのうち、一体は確実に仕留めたわ。けど、もう一体は攻撃した瞬間に転移したのよ」
「それは、仕留め切れなかったのか?」
「刃を突き刺しはしたわ。けど、殺し切るには至っていない。急所を刺したとは思うけど……正直、何とも言えないわね」
アリスの弱点部位に対する攻撃力であれば、通常の悪魔程度ならば殺し切れていてもおかしくはない。
だが、転移して姿を消した悪魔を殺し切れたとまでは断言できないようだ。
それに――
「転移か……名無しの悪魔で、そんなスキルや魔法を使って来た奴はいなかったよな?」
「そう、ですね。聞いたことは無いと思います」
「エインセルの悪魔もそんなものを使ってきた覚えは無いしな……新しい手札か?」
以前と比べれば、明らかに情勢は変化してきている。
そろそろ、こちらもエインセルと本格的な戦争状態に入ってもおかしくはない頃合だ。
状況の変化によって、エインセルが新たな手札を切ってきた、という可能性も考えられるだろう。
しかし、こんな監視任務程度で、そのような新たな手札を晒すような判断をするだろうか。
「アリス、監視していたのは何だった?」
「普通のデーモンだったわ。だからこそ、どうやってシリウスのブレスを防いだのかも疑問なのだけど」
「それもおかしな話だな。たかがデーモン程度で、シリウスのブレスを防ぎ切れるような魔法は張れんだろう」
「グルル」
シリウスにもその自負があるのか、デーモンが消えたという位置を睨んでいる。
効果の高い防御魔法や転移魔法を使うデーモン――それは特殊な個体だったというよりは、何かしらの特殊な道具を持っていたと考えるべきか。
これまでの傾向からも、エインセルは兵器や道具を用いて低位の悪魔を強化する戦いを行ってきた。その延長線上だと言われれば納得はできる。
しかしながら、奴らが使っていたのは兵器であり、マジックアイテムの類ではなかったはずだ。
元からそのようなものも準備していたのか、宗旨替えしたのか――或いは、また別口の何かか。
問題を解決したと思ったら出現した新たな問題に、思わず嘆息と共に眉根を寄せる。
「目障りな監視を片付けたら謎が増えるとはな」
「とりあえず、状況だけは『キャメロット』と共有するとして……また来ますかね?」
「可能性はあるな。同じ手が通じるかどうかも分からんが……こちらも、対策は立てておく必要があるか」
可能であれば、奴らが使った手段がどんなものなのか、その正体を探っておきたい。
もしも、その手段を普通に使ってこられるのであれば、防御魔法であれ転移魔法であれ脅威となるからだ。
少なくとも、その正体だけは何とか把握しておきたいところである。
「対策って言っても、遠くから観察されているだけですし……どうするんですか?」
「同じ手で来るならやりようはある。こっちのエリアに移動するぞ」
緋真の疑問に対し、俺はマップを示しながらそう返す。
相手が離れた位置から監視してくるのであれば、それはそれで構わない。
問題となるのはあくまでも、相手の位置を探るまでに時間がかかってしまうことだからだ。
で、あるならば――
「こっちのエリアって……ああ、そういうことですか」
「来るなら来ればいい、ってことさ。他に隠れられる場所があるなら、だがな」
もう少し森の深い、視線が遮られやすいエリア。
俺たちを監視できる場所があるとすれば、崖になっている斜面の上程度だろう。
そこに現れるならば、後はあらかじめ、アリスが転移魔法のポイントを設置しておけばいい。
果たして相手は、こちらが誘っていることに気付くのかどうか――まずは、その出方を探るとしよう。