835:坑道制圧
アリスと共に洞窟の内部へと足を踏み出し、その内部状況を確認して眉根を寄せる。
薄暗く、照明の類は見受けられない坑道。
松明の類は無く、やはり火気厳禁のエリアであるようだ。
であれば光の魔法による照明程度は置いておいて欲しかったところであるが――まあ、そこは文句を言っていても始まらないか。
静かに周囲の気配を探りながら、小声でアリスへと問いかける。
「アリス、中の様子は見えているか?」
「ええ、種族特性で夜目は利く方よ。とりあえず、貴方の方は魔法で付与しておくわ」
闇属性の魔法で視界を確保して貰いつつ、ゆっくりと内部へと侵入する。
内部がどの程度の広さであるのかは、今のところ定かではない。
一体とて敵を残すわけにはいかないし、ここは慎重に動かなければならないだろう。
「可能な限り、気付かれぬまま全てを掃討する。戦闘では俺が矢面に立つから、お前さんは奇襲を仕掛けてくれ」
「了解、姿は隠しておくわ」
戦闘面においてはアリスが姿を晒しているメリットはないため、彼女はさっさとスキルで姿を隠して貰う。
必要なのは、敵に行動を許さずに制圧することだ。
もしも自爆でもされてしまえば、坑道がまとめて崩落しかねない。
即ち、一切の抵抗を許さぬままでの封殺――難しい注文であることは分かっているが、やり遂げなければなるまい。
(フィノの修業が済んでいれば楽だったんだが……まあ、仕方ないか)
狭い洞窟内では、刀身の長い餓狼丸は扱いづらい。
俺ならばやれないことはないが、迅速な制圧という制限がある以上は小太刀の方がマシである。
ここで銀龍王の爪による小太刀があれば色々と楽だったのだが、無いものは仕方ない。
ちなみに言うまでもないが、赤龍王の爪は論外である。
「さて……行くか」
歩法――至寂。
音を立てることなく、先へと進む。
魔法によって確保された視界の中では、今のところ敵の気配を感じ取ることはできない。
だが、悪魔が出入りしていたと思われる痕跡は確かに残っていた。
そしてそれに加え、少々悪魔らしからぬ痕跡も見て取れる。
(……丸い、足跡?)
悪魔が出入りしているためか、悪魔のものと思わしき足跡はいくつも残されている。
奴らは姿形こそバリエーションがあるが、基本的には人型だ。
洞窟内を進んでいけば、どうしたところで足跡は残ってしまう。
流石に、俺の技量ではこれだけで敵の数を類推することはできないのだが――その足跡の中に、奇妙なものが残されていたのだ。
楕円ですらない、真円形の痕跡。人の、というより生物の足跡としてはあり得ない、奇妙な印であった。
(新種の魔物か? 悪魔以外にも敵がいることは気を付けんとな)
直径は十センチほどのその痕跡は、少し残っている程度ならば何かしらの道具だと判断できた。
だが実際には、二つの列で転々と痕跡が残されている。
どう見ても足跡だ。何らかの存在が、歩いてこの洞窟を進んでいるのである。
足跡の深さからして、重さは結構なものであると考えられる。
この場所においては戦闘用の何かとは考えづらいし、採掘または運搬を目的とした何かなのだろう。
(小太刀だけで仕留め切れる敵ならいいんだが……)
内心で小さく溜め息を吐き出しつつ、音を殺して洞窟の奥へと進む。
奥の方からは、何か機械的な音が聞こえてくる。
やはり、内部では今でも採掘作業は進められているようだ。
足場の悪い坂道を下りながら、その気配を辿り――やがて、建てられた柱にもたれかかるように座る悪魔の姿を発見した。
(デーモンか。作業者だし、戦闘用ってわけじゃないな)
この場を統括している立場ならばまだしも、採掘作業を行っているのはただのデーモンであるらしい。
これに関しては朗報だ。デーモン程度ならば、抵抗を許さず速やかに始末することができる。
とはいえ、敵の姿を見つけたからといってもすぐに手を出すわけにはいかない。
周囲の気配を確認し、他に敵の姿が無いことを確かめてから、痕跡を残さず殺すべきだ。
そして――今この近辺においては、他の気配を発見することはできない。
「……」
無言で左手を上げ、それと共に僅かに空気が動く。
そして次の瞬間、喉に刃を突き立てられたデーモンは、何が起こったのかも理解できぬままに黒い塵となって消滅したのだった。
やはりと言うべきか、アリスは既に敵の傍で待機していたようだ。
(しかし、また隠形に磨きがかかってるな)
スキルの補助があるとはいえ、アリスの隠形は既に一流の領域だ。
注意していなければ俺でも見逃すことがあるだろう。
今のように、無駄に物音を立てる必要がない場面であるなら、アリスに頼っても良さそうだ。
近くには敵の気配は無い。そのまま奥へと進むこととしよう。
(どれだけの規模で採掘していたのかは知らんが、あまりデカいと俺たちだけで制圧ってのは骨だな)
俺たちだけでこの内部を完全制圧しようとした場合、全ての敵を殺し尽くす必要がある。
最後まで全く見つからずに済ませるのがベストではあるが、流石にそれは理想論に過ぎるだろう。
やはり爆破して埋めてしまった方がいいのではないかという考えが脳裏を過るが、それを振り切って先へと進む。
己が音を立てなければ、周囲から届く気配は顕著なものとなる。
まずは、それらの気配の発生源の確認。敵の動きの全容を確認しなければ、それを制圧する術も思い浮かぶはずがない。
音を殺し、気配を殺し、空気の流れすら極力変えぬように歩を進めながら前へ。
尤も、こうも工事をしているような音が響いているならば、そこまで本気で気配を消す必要もないのだろうが。
(さっきみたいに、サボっている奴がもっといてくれれば楽なんだがな)
端から少しずつ削って行くのが最も楽なのだが、そうそう理想通りに進むような話ではない。
集団から離れているような気配は捉えられぬまま、工事の音が響いてるエリアへと辿り着いた。
やはり、そこにいたのは何体もの悪魔。基本的にはデーモンばかりで、この場を統括する者としてアークデーモンが一体いるだけだ。
当然ながら、この内部で銃火器を装備しているような者はおらず、殺し切ることは容易いだろう。
しかし――
(……さっきの足跡の正体は、アレか)
悪魔が付き従えていたのは、カーゴのような形状のロボット――というよりゴーレムであった。
尤も形状は様々であり、鉱石を運ぶためのものもあれば、岩壁を削るためのものも存在している。
悪魔を殺すことは容易いだろう。だが、果たしてあのゴーレムはどうだろうか。
悪魔が操作をしている様子はないため、どうやらある程度は自律的に行動しているらしい。
逆に言えば、悪魔を殺すだけではこいつらを止めることはできないとも考えられる。
ゴーレムがこちらに襲い掛かってきたり、自爆したりするような代物であるならば、あれらもまた排除しなければならないのだ。
眉根を寄せつつハンドサインを示し、再び通路側に身を隠す。
その数秒後、姿を現したアリスに対し、俺は小声で話しかけた。
「さて、まずは作戦が必要だな」
「そうだけど、どうするのかしら?」
「ここの連中は作業を続けている。つまり、外が攻撃されたことに今のところは気づいていない。なら、連中は通常業務通りに行動するはずだ」
連中の目的は鉱石資源の採掘。
であれば、鉱石が集まればそれを運搬するために移動することだろう。
その際、全ての悪魔が同時に動くとは考えづらい。
鉱石を外へと運搬する係は、少数で別行動を取るはずだ。
「あのカーゴは複数ある。全てのカーゴが同時に行動するわけではなく、鉱石が溜まれば個別に移動するだろう。そこを狙う」
「数を減らす、ってことね。それはいいけど、一度やったら近い内に異常に気付かれるわよ」
「だろうな。だから、その後は完全に気づかれる前に行動に移る必要がある」
外部に出た筈のカーゴが戻ってこなければ、様子を見に来る可能性もある。
それを仕留めれば更に数を減らせるが、そこまで行けば完全に異常を察知されるだろう。
つまり、その段階に至ったなら迅速に敵を排除しなければならなくなる。
「アリス。お前は隠れながらこの坑道の全容を把握してくれ。集団から遠く離れているような奴がいれば、仕留めても構わない。必要なのは、この場にいる敵の総数を確認することだ」
「……その間、貴方はカーゴの移動を待ち受けるのね?」
「ああ。時間制限は奴らが異常に気付くまで。そこまでに、できるだけ敵の数を減らす」
いきなり強硬手段に出る可能性は低いが、この坑道の爆破の可能性は常に考えておくべきだろう。
その可能性を減らすためにも、慎重に敵の数を減らしていくこととしよう。