833:攻略目標
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山脈の東側、エインセルの領域。
その山脈側に位置するエリアに点在する、人目に付かないよう隠された建物。
それこそが、エインセルの保有する生産拠点であった。
話の後の調査において、それぞれの拠点から運び出されていたものが採掘された資源であることが判明し、疑念はほぼ確信に変わった。
エインセルは、あの山脈で得られた資源を用いて兵器を製造しているのだ。
(一部は目論見が外れた、ってところか)
こちらにとって最も都合が良かったのは、その拠点内において弾薬そのものが製造されていることだっただろう。
だが生憎と、持ち出されているのはあくまでも製造用の原料であり、その工場内で製造されているわけではなかった。
とはいえ、そこを破壊すれば元を断てることは事実。
あらかじめ十分な量を確保されているのだとしたら、エインセルを今すぐ息切れさせるということはできないだろうが、多少なりとも行動に制限を掛けることはできるだろう。
「ここに来たのはティエルクレスに挑む前でしたっけ。そんなに前じゃない筈なんですけどね」
「まあ、色々とあったからな。さて……この川が問題なんだったか」
アルトリウスから俺たちに入った依頼は、発見された拠点のうちの一つを攻略することであった。
複数梯子しろ、と言われなかっただけマシであるが、俺たちだけで拠点一つの確保は中々に骨の折れる作業だ。
そして、その拠点に辿り着くためにも、少々面倒な手順を踏む必要がある。
というのも、エインセルが仕掛けている拠点への警備が問題であった。
(何ともまぁ、非効率的な真似を……)
エインセルは、その拠点を挟んでいる川を利用し、侵入者を検知する仕掛けを作り上げたのだ。
方法は単純というか力技というか――川の上流に何らかの装置を仕掛け、その効果により川を渡るものを検知するという仕組みである。
その方法なら確かに放置しておくことが可能だろうが、エインセルの勢力ならば警備の数を増やす程度でも対応はできただろうに。
まあ、その仕掛けのせいで以前は俺たちの接近を気付かれ、ひいてはこの設備の露見を警戒されてしまったのだろうが。
何にせよ、この川に触れてしまえば俺たちの接近を察知されてしまう。今回は隠密の作戦なのだから、奴らに察知されるわけにはいかないのだ。
「まあ、種が割れてしまえば大したもんでもないわけだが」
「仕組みさえ分かっていれば引っかかりませんしね、これ」
無論、方法については単純だ。
要は、その装置よりも上流を移動すれば問題ないのだから。
だが、そこまで移動するのは流石に面倒が多いし、装置周辺には当然警備も存在していることだろう。
というわけで、やるべきことは単純――その仕掛けが反応するよりも高く飛ぶことである。
飛行騎獣を呼び出して飛び上がり、川の上空に触れないように注意しながら観察する。
(……ふむ。あらかじめ注意していれば、最初から魔力に気付けたかもしれんな)
じっと意識を集中すれば、川から上空へと向けて、蒸気のように魔力が立ち上っていることが分かる。
僅かな量であるため集中しなければ分からないが、探索に特化したプレイヤーであれば気付いていたかもしれない。
「……」
ちらりと様子を見れば、アリスが顰め面で川の様子を睨んでいた。
どうやら、自身のスキルで川の仕掛けに気付けなかったことを悔やんでいたらしい。
尤も、あの時は《超直感》のスキルも持っていなかったわけだし、気付けないのも仕方のない話であると思うのだが。
とはいえ、アリスも中々に頑固な性格だ。気にする必要はないと伝えたところで、反省し続けることは変わらないだろう。
ならば、より挽回の機会を与えた方が有意義だ。
上空に登ったことにより見えた、山の斜面に建てられた簡易的な建物――あそこの攻略に、活躍して貰うこととしよう。
「そろそろ渡っても問題無さそうだな。アリス、着陸したら仕事は任せるぞ」
「……! ええ勿論、分かってるわ」
やる気に満ち溢れた様子のアリスに頷き、川を乗り越えながら着陸する。
周辺から悪魔が集まってくる気配もないし、成功と見ていいだろう。
セイランの背から飛び降りたアリスは、一度こちらに目配せをした後、スキルを発動しながら森の中へと消えていく。
建物はともかく、森の中はアリスの独壇場だ。この周辺に散っている悪魔たちは、自らが死んだことにも気づかないまま片付けられることだろう。
その間に、作戦の進行状況を確認する。
(軍曹たちはとりあえず問題なしか)
メールで届いている状況報告を確認しながら、こちらも接近完了の連絡を送る。
ここ以外の拠点については、軍曹が中心となって攻略を進めている状況だ。
正直、人手が足りているのかどうかは不安であったのだが、『キャメロット』のプレイヤーに訓練を施していたようであるし問題は無いということだろう。
どちらかというと、より不安が大きかったのはもう一つの要素だったが――
「緋真、あっちはどんな様子だ?」
「予定通り、戦闘が激化したみたいですよ。どうやったのかは知りませんけど……」
緋真が状況を観察していたのは、ドラグハルト陣営とエインセル陣営の戦場である。
元より散発的にぶつかり合っていたのだが、今はドラグハルト側から攻勢を仕掛けている状況である。
その要因となっているのは他でもない、ファムがリークした情報であった。
あの女、現在のところダブルスパイのような立ち位置を取っているのだが、その伝手を使ってドラグハルト側に俺たちの作戦情報を流したのだ。
今回の俺たちの作戦は、エインセルの弱体化を狙うものである。それはつまり、ドラグハルト達にとってもメリットのある内容だ。
そのため、奴らは攻勢を強めることにより、エインセルの視線を集めようとしているのだ。
つまり間接的にではあるが、ドラグハルト達はこちらの作戦を支援しているということである。
(作戦の流し方はともかくとして……よくまぁ、そんな利用されるような手に乗って来るもんだな)
ファムの手口については今更語るまでもない。どうせロクでもないことをやっているのだろう。
だが、ドラグハルトがそれに乗ってきたことは少々意外ではあった。
恐らく、レヴィスレイトは真っ向から反対していたことだろうが、それを押し留めてでも、ドラグハルトはこちらの思惑に乗ってきたのである。
実際、ありがたいし助かる話ではあるのだが、後で面倒なしがらみにならないかどうかだけは警戒しておくべきだろう。
「警備状況から、こちらの動きはまだ察知されていない。エインセルの目はドラグハルトの方に向いているだろう。戦力の動員状況までは分からんが……少なくとも、こちら側に戦力を回すには時間も足りるまい」
「何て言うか……これまでとは、ちょっと戦い方の感覚が違いますね?」
「俺や軍曹にとっちゃ、こっちの方が馴染みがあるんだがな」
それは偏に、エインセルの戦い方が組織的であるが故だ。
獣の群れのようであったアルフィニールとは異なり、エインセルは組織を運用して俺たちと戦っている。
そのようなスタンスである理由までは不明だが、エインセルと渡り合うためにはこちらも相応の作戦行動を取る必要があるのだ。
それはまるで、俺や軍曹が、あの戦争の中で潜り抜けてきたような戦いであった。
「――反吐が出る」
誰にも聞こえないように小さく吐き捨てて、胸裏に燃える炎を鎮める。
今はまだ、それを燃え上がらせるべき時では無い。
淡々と、粛々と、やるべきことをこなすだけだ。
『……クオン、道は確保できたわ。施設に接近して大丈夫よ』
「了解した。まずは、内部の状況を可能な限り確認してくれ」
あまり時間をかけている場合ではない。時間を要すれば、それだけ露見する可能性は高くなる。
まずは、確保する施設の内部の状況を確認。
その後、状況に応じて作戦の方針を切り替える。
情報量が少ない今の状況では、最初から最後まで一つのプランで進行することなど不可能だ。
いくつも立てたプランのうち、どれが最も効率的なのか――まずは、それを確かめることとしよう。