830:エインセルの動き
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種族スキルの強化から数日――その間、特に何か起きることもなく、俺たちは新たな種族スキルの習熟に努めながらレベル上げに集中することになった。
その間も、何度かエインセルの悪魔からの襲撃はあったものの、いずれも小規模。
俺たちが顔を出すほどの攻撃ではなく、全て『キャメロット』や他のクランたちによって撃退されていた。
そのおかげで兵器関連の研究もある程度進んでいるようではあったが、結局のところエインセルの目的を見出すことができず、モヤモヤとした日々を送ることになっていた。
(だが、それもここまでだろう)
ここ数日、抱き続けていた疑問。
それに答えを出せるであろうアルトリウスが、ようやく戻ってきたのだ。
ティエルクレスのクエストを請けるため遠征していた彼らも、ようやくその活動を終えたらしい。
果たして、あのクエストをどこまで攻略することができたのか――それも気にはなるが、今回の主題はそれではない。
必要なのは、エインセルの情報なのだから。
「邪魔するぞ、アルトリウス」
「いえいえ、お久しぶりです」
いつも会議場として使っている、聖都シャンドラの城。
原型は知らないのだが、すっかりと立派な城へと姿を変えている。
今日は城の主であるローゼミアの姿は無く、この場に集まっているのはアルトリウスとエレノア――即ち、この同盟の主である三人だけだ。
「久しぶりって程でもないでしょ?」
「どうだかな。お前さんも地下街に引きこもってるだろ」
「そういう貴方はそこら中を放浪してるでしょうに」
「まあ、意図しなければ顔を合わせられないのはいつものことですから」
苦笑するアルトリウスの言葉には肩を竦め、席に腰掛ける。
このメンバーだけを集めたということは、相当に秘匿性の高い話だろう。
つまりは、この先の展開を左右するような、重要な話だ。
改めて気を引き締め、アルトリウスの言葉に耳を傾ける。
俺たちが聞きの態勢に入ったことを確認し、アルトリウスは一度咳払いをして話し始めた。
「クエストに関連する話もしたいところですが、まずは重要性の高い案件について話をしましょう。分かっているかと思いますが、エインセルの件です」
「だろうとは思ったが……何か分かったのか?」
「率直に言いますと、エインセルは僕ら……つまり、異邦人の陣営を意図して無視しています」
いつもながら端的な言葉だが、理解が及ばずに眉根を寄せる。
根本的に人間に対して敵対的な悪魔が、何故俺たちのことを無視しているというのか。
というかそれ以前に、日ごろエインセルの悪魔から襲撃を受けている状況だというのに、何処が無視しているというのか。
エレノアも同じ感想なのか、続きを促すような視線でアルトリウスのことを見つめている。
そんな俺たちの反応は予想通りだったのか、アルトリウスは鷹揚な笑みのままに続けた。
「簡単に言いますと、エインセルはまずドラグハルトの陣営を潰すことを目的として動き始めました。僕らの陣営に対しては牽制だけを行って動きを鈍らせ、その間にドラグハルト達を殲滅するつもりのようです」
「二面作戦を避け、あちらに集中したと」
「私たちよりも向こうを優先したのは、爵位悪魔は復活しないからってことね?」
「恐らくはその通りでしょう。あちらの主力である公爵級三体……またはその配下の爵位悪魔でも、倒されれば彼らにとって痛手になりますから」
プレイヤーの戦力は、どれだけ倒されたとしても復帰は可能だ。
だからこそ、消耗戦になった場合にはこちらが有利であるとも言える。
しかしながら、ドラグハルト達はそうもいかない。特に、倒されれば復活できない爵位悪魔は、奴らにとっては生命線とも言えるのだ。
「勿論、ドラグハルト側もそれは理解していますから、向こうの陣営に付いたプレイヤーを前面に出すことで対応しています。今のところはどちらも小手調べの状況ですが……いずれは本格化するでしょうね」
「成程、ここのところの奇妙な攻撃はそういう理由ってことね」
「俺たちを完全にフリーにはしないことが目的だったわけか。まだるっこしい真似を」
軽く溜め息を吐き出し、思考を巡らせる。
恐らく、この情報はブロンディーのやつが引き抜いてきたものだろう。
向こうの連中がどのように動いているのか――その情報は、手に取るように分かるはずだ。
「それで、俺たちはどうするつもりなんだ?」
「いくつか案はありますね。まずは、このまま静観するという手ですが……」
「ドラグハルトが潰れるまで待つのか? それはそれでリスクが高い気もするが」
そのパターンのメリットは、その間俺たちが強化に専念できるということだ。
ここ数日のように、クエストやレベル上げに勤しむことによって、陣営全体の力を補強することができるだろう。
その点は確かに有用であると言えるが――
「もしもそれでドラグハルトが倒れた場合、私たちは私たちの力だけで大公に挑まなければならないわけね」
「ドラグハルトがどれだけ耐えられるのか……十分な時間を稼げなかった場合、俺たちはかなり不利になるぞ」
アルフィニールと戦うことができたのは、ドラグハルトという極大の戦力があったからだ。
それを無しに大公と――それも戦に長けるであろうエインセルと戦うのはリスクが高いだろう。
それに……リスクとなるのはそれだけではない。
「もし、ドラグハルトが勝利してしまった場合。彼が大公級の持つリソース全てを独占することになる。そうなれば――」
「奴は目的を果たし、金龍王と女神に挑み始めると。それも警戒せにゃならんか」
ドラグハルトは味方ではなく、むしろ積極的にこの箱庭を侵略しようとする敵だ。
その彼に力を与えてしまう可能性があることは、極力避けなければならないだろう。
低い可能性であるとはいえ、ドラグハルトの勝利はこちらにとって致命的な事態になりかねない。
「逆にこちらも参戦した場合には、強化に割ける時間は短くなりますが、ドラグハルト勢力を利用しながら大公に挑むことができます。だからと言って勝てるとは限りませんが――」
「俺たちだけで戦うよりは、勝率も高いだろうさ。業腹ではあるがな」
どちらのパターンについても、リスクはかなり高い。
結局のところ、このままこの状況を座視することはできないのだ。
と――そこで、エレノアがずいと身を乗り出してくる。
前傾姿勢になった彼女の表情は前髪の中に隠れ、けれどその鋭い眼光は確かにアルトリウスを射抜いていた。
「ねえ、一つ聞くけど……何故、私たちだけを招いたのかしら?」
「……」
エレノアの言葉に、アルトリウスは沈黙する。
確かに、エレノアの言葉は疑問である。今の程度の話ならば、他のメンバーを含めての会議でも問題は無かったはずだ。
最小の主要メンバーを集めたということには、何かしらの理由があるはずだろう。
俺とエレノアにだけ伝えたいこと――否、他のメンバーには伝えられないこと。
それが、決して俺たちにとって良いニュースではないということは、アルトリウスの表情からも明らかであった。
「……昨日、リアルの方で報告がありました。僕たちの箱庭、その稼働効率の悪化スピードが上昇しています」
「ッ……残りの猶予は?」
「完全停止は、恐らく一年以内。しかし、数か月以内には効率の悪化によってまともに動けなくなるかと思われます」
思わず、舌打ちを零す。
これまで意識していなかったタイムリミットであるが、まさかここに来て悪化するとは思わなかった。
ある程度の余裕はあるが、最早のんびりとはしていられない時間だ。
それに――恐らく、向こうの世界も大きく動き始めることだろう。
「世界は、事実の発表へと向けて動き出しています。そうしなければ、移住の準備が間に合いませんから」
「だが、それは……いや、いずれは行う必要があることか」
「ええ、そうね。だけど、それはそっちの専門家に任せるわ。私たちは、私たちの問題に対処する必要がある」
「そうですね。つまるところ、僕たちは最早、遅延策を取っている暇はないということです」
それは、今後の戦いにおける明確な指針。
即ち、エインセルとドラグハルトの戦いに、横槍を入れるということだ。
懸念はあるが、やるべきことは明確となった。
――ここからは、後戻りのできない戦争となることだろう。