828:獄卒の在り方
書籍版マギカテクニカ、第11巻が12月19日(木)に発売となります!
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唸りを上げる鎖の攻撃と、唸りを上げる餓狼丸の声。
正面から相対しながら抑えることのない殺気を放ち、互いに笑みを浮かべながら武器を向ける。
試練や目的、そして見据えるべき未来――それら全てを、今は置いておく。
今はただ、目の前の相手に集中する。それだけが、今俺が為すべきことだ。
「……」
『――――』
互いに言葉は無い。尤も、鬼は最初から何も喋らず、仮に喋ったとしても白影を使っている今の俺には理解できないものだが。
だが、そんなものは最初から不要だ。今ここにあるのは、どちらが死ぬかというだけの喰らい合いだけなのだから。
「ふッ」
歩法――烈震。
一歩で最高速へ。白影を使った神速の踏み込みは、瞬く間に肉薄できるほどの速度だ。
流石にその速度を巨石で迎撃することはできなかったのか、鬼は右手の大鉈で迎撃してくる。
どちらも直撃したら死ぬということに変わりはないが――そちらの方は、まだ対処はし易いだろう。
「《練命剣》、【命輝一陣】」
斬法――柔の型、流水・浮羽。
相手の攻撃の威力に乗りながら後方へ。
その際、相手へと向けて刃を振ることも忘れない。
飛び出した生命力の刃は巨石を縛る鎖に命中し、その軌道を僅かに揺らがせた。
「『生奪』」
軌道が逸れて地面に激突、派手に地を揺らした巨石であるが、生憎とその動きは止まっていない。
だがそれでも、操作の正確性は僅かな間だろうと鈍っている。
その隙があれば、俺にとっては十分だ。
地を蹴り、再び鬼へと向けて接近する。
大鉈を振り切り、巨石が操り切れていないこの状況。
死に体となっている筈の鬼は――しかしそれでも、その鋭い視線でこちらの姿を捉え続けていた。
「――――ッ!」
それと共に飛来する、いくつもの鎖の群れ。
巨石を縛るのにかなりのパワーを使っていたと思うのだが、それでもまだ余剰はあったようだ。
歩法――間碧。
こちらへと向かってくる鎖の、その隙間を正確に見極めて身を跳び込ませる。
体を掠めていくそれらは凄まじい勢いであり、肌が出ている部分は容易に斬り裂かれて血が飛び散った。
だが、その程度の傷であれば頓着する必要もない。
煙を上げて修復されていく傷を無視し、その間に刃のリーチにまで足を踏み込んだ。
「オォッ!」
斬法――剛の型、輪旋。
大きく振るった刃を、鬼の胴へと向けて叩き込む。
しかし、彼は僅かに体を逸らし、胴に巻いた鎖で攻撃を受け止めてみせた。
鎖の強度は頑丈極まりなく、攻撃力を高めている餓狼丸ですら破壊することは叶わない。
鎖の隙間を縫わなければ、鬼にダメージを与えることはできないのだ。
だがそれでも、全ての衝撃を防ぎ切れるわけではない。渾身の一閃を叩き込まれた鬼は、僅かに体勢を揺らがせた。
(そのまま攻撃を叩き込みたい、ところだが……!)
生憎と、後ろから鎖の追撃が迫ってきている。
足を止めていれば、そのまま囚われてしまうだろう。
それに――
「もう復帰したか……!」
咄嗟に地を蹴り、その場から離れる。
その直後、頭上から落下してきた巨石が、俺の立っていた場所を押し潰していた。
制御を狂わせていた鎖も、あっさりと復帰してしまったようだ。
「《奪命剣》、【咆風呪】!」
相手からの追撃が届くよりも早く、【咆風呪】の黒い風で鬼の体を包み込む。
防御力を無視するこの攻撃であれば鎖があろうとも通用する。だがそれ以上に重要なのは、この黒い風が相手の視界を奪うことだ。
現に、飛来してきた鎖は、その精度が酷く悪いものへと変わっていた。
(やはり、コイツの鎖は視覚に頼った攻撃か!)
息を整え、相手を見極め、暗闇の中へと身を投じる。
白影を使っている今、この中に飛び込むことは俺自身にとってもリスクの高い行為だ。
それでも、鎖の動きを鈍らせられるというその一点は、何よりも大きいメリットとなる。
【咆風呪】は鬼の体力を吸収し続けているため、こちらのHPは余裕がある状態だ。
その薄闇の中、こちらの姿を捉え切れていない鬼は、周囲一帯を薙ぎ払うように大鉈を振るう。
「『命餓練斬』」
俺は地に這いつくばるように体勢を落としつつその一撃を回避しながら、融合したテクニックを発動した。
生命力の黄金を、《奪命剣》の闇で覆い隠しながら凝縮する。
必要なものは、何よりも鋭い刃。一刀にて標的を斬断できる刃こそが重要だ。
そして、それを叩き込むタイミングも。
(集中しろ。見逃すな。チャンスは一度、それを逃すことなく――)
【咆風呪】と餓狼丸の解放による深い黒。しかし、その視界とて決して永続するものではない。
程なくして、鬼はこちらの姿を捉えることだろう。
この類稀なる戦士が、ただ視野を封じられた程度で止まるようなことがある筈がない。
大きく振るわれる鉈も鎖も、こちらを捉えた瞬間に全力で振るわれることだろう。
――故にこそ、まだ踏み込まない。ただひたすらに生命力を研ぎ澄ませ、狙うべき最後の一瞬を待つ。
『――――ッ!』
そして、【咆風呪】の効果が薄れた、その刹那。
周囲を見渡していた鬼の視線は、確かにこちらの姿を捉え、殺気が膨れ上がる。
振り上げられる大鉈と、こちらを目指し殺到する鎖の群れ。
ただ一つであろうとも致死と言える、強力無比な攻撃の数々――
歩法・奥伝――
そう、全力で振るわれるその攻撃こそ、俺が待ち望んでいたものであった。
――虚拍・先陣。
体勢を低く、まるで何もない空間に迷い込んでしまったかのような感覚。
こちらに向けられた殺意の全てがすり抜けていくことを感じながら、俺は鬼の側へと肉薄した。
俺がいる筈のない場所、即ち相手の左腕の内側。
完全なる意識の外側へと潜り込みながら、俺は黒く染まった餓狼丸の刃を振るった。
斬法――剛の型、刹火。
鬼が左腕を振るったタイミング、それと完全に合わせる形での一閃は、鬼の上腕へと突き刺さる。
切れ味を高められたその一閃は、強靭な鬼の腕にも食い込み――その腕を、確かに断ち斬ってみせた。
重量物をくくりつけていた腕はその衝撃で吹き飛び、バランスを崩した鬼は大きく右側に体を傾ける。
――それでも尚、彼の目から戦意が消えることは無かった。
(流石……!)
残るは右腕の大鉈一振り。鎖を扱えない状況では、自らが大きく不利であることは理解しているだろう。
それでも諦めることのないその覚悟に敬意を示し、餓狼丸へと更なる生命力を注ぎ込んで――
「――そこまで」
――その言葉と共に、俺たちは動きを止めた。
俺が振り下ろす一閃を手で、そして鬼が振り上げようとした一閃を足で踏みつけ止めた鬼神は、口元に満足そうな笑みを浮かべながら告げる。
「見事だ、戦士よ。猛々しき闘争本能、鬼としての力と在り方。これほどの結果であれば、文句はない」
生命力で強化した餓狼丸の一閃を受け止めながら、傷一つ付いていないその具足に驚嘆しつつ、彼の意図を理解して白影を解除する。
血を流している鬼もまたその殺気を収め、大鉈を手放してその場に跪いた。
斬り飛ばした鬼の左腕をいつの間にか手に持っていた鬼神は、そこから伸びる鎖の一本を掴みながら声を上げた。
「戦士よ。貴様は獄卒の為すべきことを理解したな?」
「……何となくは」
鬼神の言葉から察するに、このエリアは死後の世界であると定義されている。
ならば、この世界における死とは何か。リポップという形で生まれ続ける生命は、死した後にどうなるのか。
単なるデータであると言えばそれまでだが、データであっても不要となった後に行く場所はある。
つまりこの場は、それらが捨てられる廃棄口であり、その場を管理する者達こそが獄卒なのだろう。
「であれば、この力の一部――これを貴様に預けるとしよう。《獄卒変生:黒縄熱鎖》。貴様が振るうべき、我が力の一端だ」
そう告げて、鬼神は鎖の一本を引き抜き、その場で軽く振るう。
次の瞬間、黒い鎖は一瞬で俺の左腕へと巻き付き、何事もなかったかのように姿を消してしまった。
鬼の左腕の鎖はまだ残っているため、鬼から力を奪ってしまったということではないらしい。
鬼神は切断された左腕を鬼の方へと放り投げ、改めて声を上げる。
「貴様が地上にて、その力を振るうことを許そう。しかして、いずれその生涯を全うしたのであれば、この地に至り我が手足となるがいい」
「……感謝いたします」
それがどれだけ先の話になるのかは分からないが、死んだ後も休む暇はないらしい。
とはいえ、それもこの箱庭を守れることが前提だ。
新たに手に入れたこの力、悪魔との戦いでも活用して見せるとしよう。
「では、さらばだ。恐るべき羅刹の戦士。貴様の刃が、見事魔女の首を落とすことを期待しているぞ」
最後に、鬼神はそう告げて――俺の視界は、夜の帳を降ろしたように、漆黒に染まり消えたのだった。