827:鬼の力
書籍版マギカテクニカ、第11巻が12月19日(木)に発売となります!
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巨大な鉈を肩に担ぎ、前傾姿勢になりながら構える鬼。
それに対し、俺は餓狼丸を抜いて正眼に構えた。
びりびりと、肌を叩くような殺気。これまでの相手とは訳が違う、圧倒的な強者。
魔法による強化を施しながら、摺り足で距離を調整しつつ観察する。
(あの大鉈だけであれば、まだ積極的に攻める余裕はあったが……問題は、あの鎖だ)
鬼の左腕に巻き付いた鎖の束。
自在に数を増やし、形を変えて敵へと襲い掛かるあの道具は、大鉈よりも遥かに厄介な存在だ。
じりじりと距離を詰めながら鎖の動きを警戒し――その刹那、爆ぜるような音と共に鬼の姿が巨大化した。
(速い――!)
否、それは地を蹴った衝撃と共に、相手が一瞬でこちらへと接近してきたが故の錯覚。
その鈍重な見た目とは裏腹に、機敏な動きで距離を詰めてきた鬼は、俺の身を唐竹割にせんと大鉈を振り下ろしてきた。
片手で振っているとはいえ、受け止めることは不可能。半歩横へと回避しつつ、こちらもまた鬼の傍へと接近する。
「『生奪』!」
二色の光が餓狼丸を包み、鋭い刃は鬼の胴を薙ぐ。
が――剥き出しだったはずの肌には、いつの間にか黒い鎖が巻き付けられており、俺の刃の一撃を防いでしまっていた。
どうやら、それ自体の強度もかなり高いものであるようだ。
(厄介な……!)
斬法――柔の型、流水・浮羽。
それと共に横薙ぎに放たれた一閃へ、こちらも餓狼丸の刃を合わせながら地を蹴る。
相手の攻撃の勢いに乗り、その場から大きく距離を離した俺は、相手の方向へと向けて餓狼丸の刃を振り抜いた。
「《練命剣》、【命輝一陣】!」
それと共に飛翔した生命力の刃は、鬼の顔面を狙う。
しかし、鬼はそれを避けることもなく、翻った鎖の一閃が生命力の刃を打ち砕いてしまった。
やはり鎖だけで操作できるうえに、動きもかなり自由自在であるらしい。
あれに捕らえられてしまうと、そのまま詰みになりかねないだろう。
「何ともまぁ、面倒な能力をしていやがる」
鬼が左腕を掲げると共に、鎖の先端が蛇の頭部の様に持ち上がる。
いつの間にか増えていたのか、その数は十を超えていた。
そして――それらは、俺の体を捕らえんと、一斉にこちらへと殺到してくる。
歩法――陽炎。
思わず舌打ちを零しつつ、地を蹴って走り出す。
緩急をつけた走法によって鎖の先端は空を切り、地を叩く。
鳴り響く金属音を背に、大柄な鬼へと一気に接近し――巨大な鉈が、こちらの胴を薙ぎ払おうと振るわれる。
打法――天月。
唸りを上げて接近する一撃を、跳躍して回避する。
それと共に前転、振り下ろした踵は鬼の腕へと直撃し、俺は更にそこを足場として高く跳躍した。
「『生奪』」
斬法――柔の型、襲牙。
餓狼丸にスキルを宿らせ、狙うは敵の肩口だ。
鎖骨の隙間を縫い、肺と心臓を貫くであろうその一撃。
しかし、鬼はその一撃を大鉈を振り切った勢いを利用することで体を捻り、直撃を避けた。
背中を抉るように餓狼丸の切っ先が通り抜けるが、当然ながらそれだけでは致命傷には至らない。
対し、着地したばかりのこちらは隙を晒している状態だ。
当然ながら、その隙を彼が見逃す筈もない。
『――――!』
「チッ!」
血を流しながらも振るわれる左腕。
それと共に鞭のように襲い掛かる鎖を、俺は身を投げ出すようにして回避した。
だが当然のようにそれだけで敵の攻撃が収まる筈もなく、続けざまに鎖の群れがこちらへと襲い掛かってくる。
体勢は不十分。一度仕切り直さねば、このまま少しずつ追い詰められることになる。
ならば――
久遠神通流合戦礼法――風の勢、白影。
――全力を以て、対処する他に道は無い。
視界がモノクロに染まり、向かってくる鎖の先端が急激にスローモーションへと変わる。
その中で、俺は顔面へと向かってきた鎖の先端を紙一重で回避しながら地を蹴った。
「……ッ!」
頬と耳の肉がこそぎ落とされ、しかし自動回復の効果によって修復されていく。
その奇妙な感覚からは意識を逸らし、俺は一気に鬼の懐へと肉薄した。
「『命餓練斬』!」
金と黒の光を極限まで収束、餓狼丸の刀身そのものを強化する。
しかし、それでも鎖を斬ることは叶わないだろう。
獄卒の力、その発露を簡単に破壊できるとは考えられない。
故に、通じるのはその隙間を縫った一閃だけだ。
「シィッ!」
横薙ぎの一閃――それが、鬼の胴に巻かれた鎖の隙間を縫う。
鬼の肉体は確かに強靭ではあるが、それでも強化された餓狼丸の攻撃力を防ぎ切れるほどのものではない。
俺の攻撃を受け、鬼はそれでも即座に反応してみせた。
咄嗟に体を逸らし、刃が臓腑にまで届くことを防いで見せたのだ。
その反応は見事と言わざるを得ず、俺は思わず笑みを浮かべながらも抜き胴の如く擦れ違う。
「お、オオッ!」
そして地を擦りながら勢いを殺し、同時に餓狼丸を振るって飛来した鎖の一撃を弾き返す。
鎖に注意を置いていたが、鬼自身の技量もかなり高い。
並大抵の攻撃では、クリーンヒットさせることは不可能だろう。
そして、攻撃は直撃させねば、恐らく彼を倒し切ることはできない。
それほどまでに、獄卒たる鬼の力は高いものだったのだから。
(【命衝閃】や【呪衝閃】なら鎖による防御を抜けられるが、分かりやすい突きの攻撃を当てることは困難。相手が攻撃を避けられないタイミングで攻撃を叩き込むしかない)
狙うべき場所、攻撃を叩き込むべきタイミング、それらを見出すことはできた。
後は、それを実行できるかどうか――俺自身のイメージに、体が追い付いてくるかどうか。
尤も、それも今更の話だ。俺はこれまで、ずっとそのような戦いを繰り広げてきたのだから。
「――故にこそ、貴様は羅刹に至ったか」
鬼神の声が聞こえる。だが、白影を使っている今、その意味を理解することはできない。
余計なことに意識を割いている余裕は無いのだ。
ただ単純に、俺の刃を届かせる。その決意は鬼も感じ取ったのか、彼もまた鋭い殺気を宿して刃を構え直した。
ここまでは小手調べ、ここから先は本気の殺し合いであると――そう告げるかのような強烈な殺意に、思わず口角が吊り上がる。
『――――オォッ!』
裂帛の気合、それと共に鬼が地を蹴る。
相変わらず速い。だが、白影を使っている今の俺には十分にスローな動きだ。
その攻撃の軌道に、俺は餓狼丸の一閃を合流させた。
斬法――柔の型、流水。
重量級の武器である鬼の鉈を、完全に受け流すことはできない。
だが、それでも攻撃を逸らす程度であれば十分だった。
軌道を変えられた鬼の一閃は俺の体を掠めて地へと突き刺さり、衝撃で土塊を巻き上げる。
それと共に、俺は自らの体を鬼の胴へと密着させた。
打法――破山。
『ガ――――!』
打ち込むのは、全身の体重を破壊力へと変換した一撃。
踏み込んだ足元の地面が爆ぜ、全ての衝撃がその臓腑へと叩き込まれる。
頑丈な体を持つ鬼とはいえ、その衝撃を完全に受けきることはできなかったのか、肺から息を排出させられて動きを止める。
――しかしそれでも、奴の鎖は動きを止めていなかった。
(まだ、来るか!)
ここで動きを止めるなら、コイツの心臓を刃で穿とうと考えていた。
だが、完全に意識を断たない限り、コイツの鎖を止めることは不可能であるようだ。
思わず舌打ちを零しながら、横合いに跳躍することで距離を取る。
瞬間――鎖によって巻き取られた岩が、フレイルのようにこちらへと襲い掛かってきた。
「やってくれる……!」
咄嗟に体勢を低く、地に伏せるように沈ませる。
頭上を通り抜けて行った岩は、しかしそれだけで終わることもなく、鎖を掴んだ鬼の左手を起点に高速で回転を始めた。
右手には大鉈、左手には巨岩を用いたフレイル。何ともまた、殺意に満ちた組み合わせである。
ならばこそ、こちらも本気を出す必要があるだろう。
「――貪り喰らえ、『餓狼丸』!」
俺の号令と共に、餓狼丸が漆黒の怨嗟を上げ始める。
周囲から等しく生命力を啜り上げ、黒く染まり始めるその刀身は、獄卒の鎖にも劣らぬ刃であるだろう。
こちらへと投げ放たれる巨岩のフレイルを紙一重で躱しつつ、俺は笑みと共に餓狼丸の刃を向けたのだった。