825:獄卒の仕事
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(自分で手伝いを名乗り出ておいてなんだが、この仕事は何の意味があるんだろうな?)
鬼から少し離れた位置で餓鬼や獣を狩りつつ、胸中で自問自答する。
返答は無かったため、あの鬼が獄卒であるかどうかの確認もできなかったのだが、とりあえずこの死体集めが彼の目的であることだけは間違いない。
元々は、殺し合いに敗れた者達を集めることが目的だったのだろう。
だが、死体となった経緯には別に頓着していないのか、俺が斬った死体であろうとも特に問題は無いらしい。
そんな鬼は現在、先程俺が通ってきた道を辿り、転がっている死体を集めている最中であった。
「……鬼の仕事が地獄の清掃だと思うと、ちょっとやるせない気分になるな」
まあ、ただ掃除するだけだとすると、餓鬼たちがあの鬼に近付いてこなかった理由が分からんし、恐らく最初は鬼の方から襲っていたのだろう。
こうして見境なく襲ってくる連中であるとはいえ、長い時間をかけて学習したということか。
尤も、その答えを出してくれる者もいないので、どこまで行っても想像の域を出ないのだが。
「さっさと戻ってきて欲しいんだがな、っと!」
二方向から襲い掛かってきた獣をサイドステップで躱し、その首へと刃を走らせる。
シリウスの鱗から作り出された小太刀は非常に頑丈だ。
長時間戦い続けていたとしても、破損を心配する必要は殆ど無い。
とはいえ、それも無限というわけではないため、時折確認しておく必要はあるだろうが。
普段は餓狼丸を使っているため気にしていない要素だが、曲がりの確認は必須である。
「《練命剣》、【煌命閃】」
斬法――剛の型、輪旋。
大きく生命力の刃を広げる【煌命閃】についても、餓狼丸で行う時よりはリーチが短い。
とはいえ、周囲を薙ぎ払うには十分な範囲。真っ二つにされた死体が地面に転がる中、それでも怯む様子のない餓鬼たちが血肉を踏み越えてこちらに迫ってくる。
「しッ」
歩法――烈震。
短い呼気、それと共に身を沈め、足元の地面が爆ぜる。
それと共に前に突き出した二振りの刃は、挟み込むように餓鬼の首を捉え――
斬法――柔の型、断差・鈴鳴。
鈴の様に甲高い音が響くと共に、餓鬼の首が飛ぶ。
前進しながら放つ断差はより切れ味を高め、更には周囲にいた敵もまとめて斬りつけることができるのだ。
位置関係からして、流石に同時に急所を捉えるには至らないが、それでもダメージを与えるには十分だった。
「ったく、そろそろ死体が山になるぞ?」
倒れた敵の数はそれなりに多い。
地面に転がる死体は既に折り重なっている状態であり、一ヶ所に集めれば山のようになってしまうであろう状況だ。
果たして、鬼が求めているのはどれほどの量なのか。どちらにしろ彼が戻って来るまではここで戦っているしかないのだが、あまり長くはかけないで欲しいところである。
打法――空絶。
どこから調達してきたのか、簡素な槍を突き込んできた餓鬼の攻撃。
それを正確に見切って回避しつつ足を払い、同時に振り下ろした拳の一撃が餓鬼の首をへし折る。
そして地を擦るように足を移動させて体を半回転――こちらの足に噛みつこうとした狼へ、逆手に持った刃を突き立てた。
首を貫かれて絶命する狼の血を振り捨て、それを目晦ましにしながら次なる標的へと刃を向ける。
(……本当に、これはただのクエストエリアなのか。それとも――)
相手が雑魚ばかりであるためか、余計な思考に意識を取られそうになる。
たとえ敵が弱いとはいえ、戦闘中に余計なことを考えている場合ではない。
今はとにかく、鬼が戻って来るまで戦い続けなければ。
「《オーバーレンジ》、《奪命剣》【咆風呪】!」
クールタイムが終わり、再び【咆風呪】を放つ。
設置しておくだけで広範囲にダメージを与え続けられるため、やっておくだけ損は無い。
ただし、《奪命剣》で敵を倒した場合は枯れ果ててしまい死体が残らない。
今回は死体を集めることが目的であるため、《奪命剣》を使いすぎては意味が無いのだ。
【咆風呪】は薄く広く、効果を高め過ぎない程度に抑える必要があるだろう。
「よっと……!」
しかし【咆風呪】は衝撃を伴わない攻撃であるが故に、敵が怯むことも少ない。
脱力感はあるものの、効果を抑えているためにそれもあまり強くは無かったようだ。
黒い風を突っ切ってこちらへと向かってくる餓鬼へと、改めて二刀の切っ先を向ける。
元よりそれほど頑丈な相手ではないのだ。体力が減っている状況ならば、容易く刈り取れる。
振り下ろしてきた棍棒の攻撃を躱しつつ袈裟懸けに斬り裂く。
体力の減っている餓鬼ならば、急所を狙わずとも殺し切るには十分だった。
打法――柳旋。
崩れ落ちる餓鬼の死体を蹴り飛ばして他の個体にぶつけ、更にこちらの喉笛を狙ってきた狼の噛みつきを躱しつつその尾を掴み取る。
そのまま踏み込んだ足を軸に体を大きく回し――別の一体へ、狼の体を振り回して叩き付けた。
生々しい音と共に骨が砕け、口から血を吐き出しながら二体の獣が倒れる。
そしてすぐさま一瞬手放していた小太刀を拾い直し、下から掬い上げるような一閃で餓鬼の喉笛を穿つ。
夥しい出血と共に崩れ落ちる餓鬼は、ただでさえ血だまりと化していた地面を更に赤く染め上げて――その血だまりに、強い振動を示す波紋が広がった。
「……!」
絶え間なく俺へと襲い掛かっていた餓鬼、そして獣の動きが止まる。
その様子に、俺は確かに見覚えがあった。どうやら、いつの間にか求めていた時間がやって来たらしい。
その気配を敏感に感じ取った餓鬼たちは慌てた様子で踵を返し――そこに、ジャラジャラと鳴る鎖の音が襲い掛かる。
それはまるで蛇のように、地を這って足元を駆け抜ける鎖の群れ。
驚くべき速さで襲い掛かった鎖たちは、餓鬼や獣の足へと一瞬で絡みつき、奴らの体を一本釣りのように持ち上げてしまった。
一応注意はしていたが、幸いなことに俺は標的にはなっていなかったようだ。
「成程、それは恐れられるわけだ」
思わず呟いて、苦笑を零す。
吊り上げられた餓鬼たちはそのまま鎖によって締め上げられ、引きずり込まれるように網の中へと放り込まれていく。
それを手に持った巨大な鬼は、更に腕から鎖を伸ばし、俺が積み上げた死体の山をも回収し始めた。
とりあえず、意志疎通は取れていたようで何よりである。
「さて、これで足りてるのかね」
際限なく伸びる鎖は果てが見えない。
この巨大な網も、広げようと思えばまだ広げられる可能性がある。
流石に、いつまでもこの回収作業に従事しているというわけにもいかないのだが。
そんな俺の危惧を知ってか知らずか、大量の死体を回収した鬼はじっと鎖の網――山となった死体を見上げ、満足そうに頷いた。
(ノルマは達成できたのか?)
死体回収のノルマというのも良く分からない話であるが、この仕事がそもそも不条理であることは今更だ。
何にせよ、満足する仕事ができたのであれば、次はこちらを鬼神の許へと案内して欲しいところである。
じっと見つめる俺の視線を受け、獄卒たる鬼は凶悪な形相で小さく頷いた後、まるで四股を踏むように、大きく足を踏み鳴らした。
戦意は見られないため戦闘態勢ではないが、何のつもりかと重心を落として待ち構える。
そして、次の瞬間――鬼の目の前が崩落し、巨大な穴が口を開いた。
家一軒は平然と飲み込めてしまいそうな巨大な穴。それを開いた鬼は、手に持った網をその中へと放り投げる。
それと共に解放された死体たちは、当然ながら穴の底へと向けて真っ逆さまに落下していくこととなった。
「これは……?」
恐る恐る穴の中を覗き込んでみるが、底など見えることもない闇が広がるばかり。
どうしたものかと悩む俺を尻目に、鎖を回収した鬼は――
『……!』
指で穴を示すと共に、何の躊躇いもなく穴の中へと飛び込んでしまった。
そしてそれと共に、地に開いた穴は徐々に狭まり始めてしまう。
「ああクソ、悩んでいる暇もないってか……南無三!」
果たして、要求通りに鬼神の許へと辿り着くことができるのか。
それ以前に、そもそも無事に着地することができるのか。
諸々の疑問はあるが、それを考えている暇もない。
――覚悟を決め、俺は鬼の後を追って穴の中へと身を躍らせたのだった。