824:地獄の獄卒
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川の如く続く血の道、それを辿った先にいた、鎖の網を持つ鬼。
遠目であるためその全容はあまり把握しきれていないのだが、その異様な雰囲気は決して穏やかなものではない。
しかもあの鬼は、既にこちらの気配を捉えている。単なるウドの大木、というわけでもなさそうだ。
鍛え抜かれた上半身を晒し、左手には鎖で編まれた網を、右手には巨大な大鉈を持つ鬼。
果たして敵なのか、味方なのか――
「どっちにしろ、クエスト関連なのは間違いなかろうさ」
掬い上げるような一閃で餓鬼の首を斬り、鬼を追って先へと進む。
尋常ならざる様子の鬼ではあるのだが、果てしなく続くこのエリアでは、他に目印になるものも見当たらない。
とりあえず、あの鬼に近付いてみるぐらいしかクエストを進める方法が思いつかないのだ。
尤も、あれが敵であったとすると、中々に面倒臭そうな相手ではあるのだが。
小さく嘆息を零し――半身になって、背後から襲い掛かってきた狼へと刃を合わせる。
「しかしまた……いつまで出てくるんだこいつらは」
餓鬼にしろ獣にしろ、こいつらの出現には際限がない。
こちらの姿を認めるや否や、示し合わせたかのように襲い掛かってくるため、いつまでも敵の波が途切れる様子は無かった。
個々の敵は弱く、こちらは《夜叉業》が発動しっぱなしの状態であるため、倒すこと自体に苦労するわけではない。
だが、流石にこの数は辟易してしまう。アルフィニールの悪魔以上に無秩序で、数が多い状況だった。
「しッ」
斬法――柔の型、断差。
小太刀の二振りが交差し、その摩擦が餓鬼の首を斬り飛ばす。
既に餓狼丸は鞘に戻し、小太刀の二本を用いて戦っている。
この場の敵を相手にする程度ならば、わざわざ餓狼丸を使わずとも十分にダメージを与えられるのだ。
交錯の刹那に小太刀の一振りを逆手に持ち替え、擦れ違い様の一閃が敵の目を斬り裂く。
今はとにかく手数が必要だ。余分な破壊力は必要ない。
(多少の消費は【刻冥鎧】の回復で十分に稼げる。そもそも被弾するほどの攻撃じゃないし、そうそう苦労はせん)
打法――天月。
周囲からこちらの足元を狙おうとしていた獣の攻撃を躱し、頭上から振り下ろした踵の一撃で踏み潰す。
そのまま強く踏み込み、潰れた死体を砕きながら更に先へと駆けだした。
今のところは楽なものだが、この先もそうであるとは考えづらい。
(まあ、他のプレイヤーにとってどうなのかは知らんがな)
緋真なら、この程度で苦戦することは無いだろう。
まあ、多少はMPの消耗に悩むことになるかもしれんが、それはどうとでもなるだろう。
この絶え間なく敵に襲われ続ける戦場は、久遠神通流にとっては本領を発揮できる場所だとも言える。
尤も、流石に敵の質が低すぎて、あまり特訓にもならないのだが。
斬法――柔の型、流水・細波。
時折いる武器を持った餓鬼の攻撃を左の小太刀で受け流しつつ、右の小太刀が急所を斬り裂く。
武器持ちについても、馬鹿正直に正面から振るってくるだけだ。
どちらかというと、その辺に転がっている石でも投げられた方が脅威である。
「プレイヤーにしても、殺し方をいちいち気取りすぎなんだよ」
ぽつりと呟いて、苦笑する。
ジジイにかつて聞かされ、そして戦場で実感した戦の極意。
結局のところ、殺し方など些細な問題でしかなく、相手を殺せるならその辺の小石でも十分なのだ。
武器だろうが、魔法だろうが、手段を選ぶことはいい――だが、拘泥することに意味は無い。
攻撃のリーチが短い俺にわざわざ近付いて反撃を喰らうくらいなら、周囲を囲んで石でも投げた方がまだ効果的だっただろう。
尤も、その程度で仕留められるつもりもないのだが。
「さて、そろそろか……!」
歩法――間碧。
獣たちの進む軌道、その隙間を正確に見極めながら足を踏み出す。
逆手にした小太刀は、ただその軌道に添えるだけでいい。
自らの体重で引き裂かれていく獣たちは、ただ血を撒き散らしながら汚れた地面に墜ちるだけだ。
斬法――柔の型、筋裂。
苦痛にのたうつ獣たちは後続の餓鬼に踏み潰され、元より血に塗れていた地面を更に赤く染め上げる。
とはいえ、ここは元より、あの鬼によって血まみれにされていた道だ。
多少それが増えたところで、差など分かる筈もないだろう。
駆け降りるように坂を下り、ようやく全容を捉えられるようになった鬼の背中は、確かに巨大なものであった。
身長は恐らく2メートル半程度。鬼という種族を見たことが無いためそれが妥当なのかは分からないが、人間基準で見れば圧倒的な体格だ。
その上、肉体は無駄なく鍛え上げられている。
ただ筋肉が発達しているわけではない。あの付き方は、明らかに意図して鍛えたものだ。
鬼が魔物の分類なのか、或いは精霊と似たような存在なのかは分からないが、どうやらあの鬼には『何かと戦うために鍛える』という文化があるらしい。
(主武装は大鉈、それにあの鎖は……)
餓鬼や獣の死体を引きずっている鎖の大網。
どうやらあれは、左手に握られている鎖から細分化されるようにして形成されているらしい。
自然な形ではないため、何らかの特殊な道具か、或いは能力によるものだろう。
あまり戦闘経験は無いが、鎖は中々に危険な武器だ。大鉈のような素直な武器より、あちらを警戒するべきだろう。
尤も、敵対することを警戒してここまで考えているのだが――今このタイミングでは、少々気にし過ぎなのだろう。
何しろ、ここまで接近したというのに、あの鬼はこちらに対する敵意を見せていなかったのだから。
(む……魔物が寄ってこなくなった?)
鬼にある程度近付いたところで、俺のことを追い縋っていた餓鬼や獣は途端に足を止めた。
立ち止まって振り返って見ても、遠巻きにこちらを見つめるばかりで、近付いてこようとはしない。
どうやら、奴らは鬼に近付くことができないようだ。
あの鬼と接触する際にも襲われ続けたらどうしたものかと思っていたのだが、その点は都合が良かったと言える。
「さて……お初にお目にかかる! 地獄の獄卒であるとお見受けするが、如何か!」
鬼は、こちらを捉えながらも敵意は見せていない。
俺は、コイツが地獄の獄卒――即ち、この鬼が鬼神と同じ役職を負った存在だと踏んでいるのだ。
であれば、コイツはこちらに試練を与えてくることこそあれ、先程の連中と同じように敵対してくることは無いと考えられる。
そんな俺の考えを肯定するように、鬼は敵意を滲ませることもなく、ちらりと肩越しにこちらへと振り返った。
――俺の言葉を、否定するような気配は無い。
「修行のため、鬼神様に見えるためにここへと参った。鬼神様の許へと向かうにはどうすればよいか、お教え願いたい」
『……』
目を逸らすことなく、俺は鬼へとそう問いかける。
彼は、その言葉をただ沈黙して聞き届け――しばし、微動だにせずにその場に佇んでいた。
俺の選択は間違っていたのかどうか、そんな考えが脳裏を過るものの、今更引くこともできない。
今はただ、この鬼の降す沙汰を待つしかないのだ。
視線を逸らすことなく見つめ続けた俺に、やがて鬼は小さく息を吐き出した。
それは――どこか、嘆息したようにも見える仕草。人間味の見えるその動きに、思わず眼を見開く。
『――――』
そして鬼は、大鉈を逆手に持ったその手で、すっと背後にある巨大な網を示した。
餓鬼や獣、その死体が満載となった鎖の網。
そこにどんな意図があるのか分からず、困惑して眉根を寄せる。
しかし、鬼は俺の反応を気にすることなく手を動かし、そのままぐるりと周囲を指し示した。
遠方にあるのは、絶えず餓鬼や獣が争い続ける戦場だ。それらを指差した鬼は、再び指で網を示してこちらに視線を向けてきた。
(死体の入った網と、周囲の戦場……)
死体を集める作業が、果たしてどのような意味があるのかは分からない。
だが、この鬼が周囲の死体を集める仕事を負っているのは間違いないだろう。
この網と、そして周囲の状況――単純な問いではあるが、もしも間違っていないのならば。
「周囲の餓鬼や獣を狩り、貴方がその死体を集める……貴方の仕事に協力すればいい、ということか?」
『……』
厳めしい顔つきの鬼は、そんな俺の問いに対し、ゆっくりと首を縦に振った。
どうやら、それが答えで間違っていなかったようだ。
網の中にはかなり大量の死体が入っているが、果たしてどれだけの数が必要となるのか。
分からないが、とりあえず彼に協力する以外に道は無いだろう。
「……承知した。なら、先行して敵を斬ってくることとしよう」
この鬼の傍にいると、餓鬼も獣も寄ってこない。
ある程度離れなければ、その依頼を果たすことはできないだろう。
とりあえずは一歩前進したと判断し、俺は鬼へと軽く礼をして、そのまま先へと足を運ぶことにした。





