823:六道踏破
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『真化種族クエスト《六道踏破地獄巡り》を開始します』
「……成程。とりあえず、クエストを請けることには成功したわけか」
まずは目的へと近付けたことに安堵しつつ、周囲の状況を確認する。
辺りを見渡せば、先程までいたお堂の姿は無く、それどころか緋真やアリスの姿も見受けられなかった。
ついでに、出していたはずのルミナも従魔結晶に戻されており、呼び出すこともできない状況であるらしい。
つまり、このクエストは一人で攻略する必要がある、ということか。
「アリスもそうだったし、そこまでは予想通りではあるんだが……さて、どうしろって言うんだかな」
特に説明もなく放り出されたここは、板張りの廊下のような場所だ。
生憎と窓は無いため外の様子を確認することはできず、また背後は壁で覆われている。
前に進むしかない状況であるためとりあえず歩き出すが、警戒は絶やさずいつでも抜けるように左手は鞘に添えたままだ。
(まずは踏破せよ、だったか? つまり、このまま先に進めってことかね)
先ほど響いた、深く重い声。アレが件の鬼神によるものであるなら、彼の許へと辿り着くことがクエストの目標――いや、まずはと言ったということは、第一段階と考えるべきか。
中々に不明点は多いが、流石にただ歩いているだけで辿り着けるとは思えない。
何かしらの課題か、或いは試練は課されることとなるだろう。
(クエストの名前からして、六道踏破ときた。つまり、六道に関連するような試練をクリアする必要がある、と?)
鬼神が存在しているのは、恐らく地獄道だろう。
つまり、そこまで辿り着くことが今の目標であると考えられる。
一旦は地獄道の課題を無いものであると考えるとすると、考慮すべきは他の五つ。
そのうち、天道と人間道については天界や現世に属するため、地獄に向かうのであればここを通る必要はなさそうだ。
であるとするならば――
「修羅道、畜生道、餓鬼道――四悪道、そのうちの三つと考えるべきか?」
そう呟きながら、板張りの廊下を進む。
今のところ周囲に気配は無いが、何が起こるかは分からない。警戒は絶やさずに進むべきだろう。
気になる点があるとすれば、この道が少しだけ下り坂になっているということだ。
果たして、この場はどこへと続いているのか――その答えは、思ったよりも早く示されようとしていた。
「門か。ここからスタートってことか?」
辿り着いたのは、広間になっている空間だった。
正面には門が聳え立っており、先へと続く道を閉ざしている。
しかしこの場には門番らしきものの姿は無く、俺はそのまま門の傍にまで接近した。
巨大で重苦しいそれは、しかし俺が接近しただけでゆっくりと動き始める。
始めは振動だけ、やがて少しずつ地響きを立てながら開き始めた門は、やがてその先にある光景を俺の前に示し始めた。
そして――
「ゲギャ――ギャッ!」
「……成程」
待ってましたと言わんばかりに襲い掛かってきた影へ、抜き放ち様に餓狼丸の刃を叩き込む。
首を落とされて地面に転がったそれは、下っ腹の出た醜い姿の鬼――餓鬼という奴だろう。
改めて門の外へと視線を向ければ、そこは曇天の下に荒涼とした台地が広がる領域。
そこには、無数の獣や餓鬼たちが、絶えず互いに奪い合い殺し合う、血生臭い世界が広がっていた。
「畜生道と餓鬼道、ついでに修羅道も全部盛りってか? 中々に盛大な歓迎だな」
魔法による強化を施しながら門の外へと足を踏み出せば、途端に近くにいた獣や餓鬼が反応する。
互いに殺し合っている割には、襲う優先度はこちらの方が高いようだ。
斬法――剛の型、刹火。
飛び掛かってきた獣を回避しつつ斬り捨てて、更に足に喰らいつこうとした餓鬼を蹴り飛ばす。
無数の敵が耐えず襲い掛かってくる戦場だが、統率など一切なく、思い思いに攻撃してくるばかり。
面倒ではあるが、進めない程の戦場ではないだろう。
尤も、だからこそあまりゆっくり歩く必要性も感じないが。
「ふぅ……行くか」
歩法――間碧。
地を蹴り、襲い掛かる敵の合間を縫うように走り始める。
視界を動かしてふと気づいたのだが、どうやら勝手に《夜叉業》が発動しているらしい。
この場に於いては、強制的に種族スキルを使用させられてしまうようだ。
まあ、回復魔法の阻害を受けるとはいえ、俺だけの場合は全く意味が無いため気にはならないのだが。
(敵の数は多いが、個々は弱い。まともに相手をしているだけ時間の無駄だ)
広大なフィールドを見渡せば、どこもかしこも獣や餓鬼が争っている。
一定範囲に近付くと途端に襲い掛かってくるが、とにかくこいつらを全て片付けるなど不可能だ。
さっさと先に進むべきだが、問題となるのは向かうべき先だろう。
敵が無数に存在するため、真っすぐに進むことは難しい。何かしらの目印は必要だが――
「……これで合ってるのかね」
思わず頬を引き攣らせつつ、そう呟いてしまう。
ただただ存在する者達が相争うこの戦場では、そこら中に血が飛び散り赤く染め上げられている。
だが一際目立つのは、まるで川の様に続いている血痕の道だろう。
積み重ねられた屍と、そこから流れ出した血が、まるで道筋の様に続いている。
文字通りの屍山血河、尋常ならざるものが歩んだ痕跡のようにも見えるが……果たして、その後を追っても良いものなのか。
(とはいえ、他に手掛かりもなし。進んでみるしかないか)
打法――槌脚。
こちらの足に喰らいつこうとした獣を踏み砕き、血の河を目印に走り出す。
邪魔なのは、こちらを追い縋るように走ってくる敵の数々だが、生憎といちいち相手をしていたら日が暮れてしまう。
「《奪命剣》、【咆風呪】!」
一瞬だけ振り返って後方へと向けて【咆風呪】を放ち、迫る獣や餓鬼の生命力を奪い取る。
元より殺し合いをしていたが故に、奴らの体力は最初から低い状態だ。
魔法やスキルで攻撃力を上昇させている状態であるならば、【咆風呪】だけでも倒し切るには十分だった。
後続を片付けたことを確認し、しかし安心もしていられない。
新たな敵は、どんどんと現れてこちらの行く手を阻もうとしているのだから。
(俺だからいいが、他のプレイヤーには中々きついかもしれんな)
雑魚とはいえ、数はアルフィニールの悪魔にも匹敵するだろう。
しかも強制的に一人で戦いを挑まねばならず、更に《夜叉業》が発動した状態のため回復魔法は受け付けない。
まあ、他のプレイヤーも同じ効果を受けた状態なのかどうかは不明なのだが、何かしらのデメリットを負う可能性は高いだろう。
ともあれ、俺にとって相性がいいのであれば憂慮の必要もない。
「《オーバーレンジ》『命餓一陣』」
敵の生命力を喰らって巨大化する【命輝一陣】のコンビネーションは、こういった低体力の相手にはひどく相性がいい。
横薙ぎに放たれた刃は、敵を斬り裂くごとに大きく鋭く変化し、その射程の限界まで屍の山を積み上げる。
だが、それでも連射はできない以上、巻き込まれなかった標的たちに接近されてしまうのだが。
斬法――柔の型、散刃。
襲い掛かってくる敵の隙間を縫い、それに合わせて刃を走らせる。
手足の一本でも斬り裂いてしまえばそれまでだ。こちらを追えないならば、無理にとどめを刺す必要もない。
坂の上から転がり落ちるように飛び掛かってくる連中も、隙間を潜り抜けるようにしながら足を斬り裂く。
そのまま下まで転げ落ち、追い縋る連中を巻き込んで転倒してくれれば更に良い。
後方で上がる悲鳴や怨嗟の声は気にも留めずに駆け抜けて――俺は、血の跡が続く丘の上にまで到達した。
「……!」
思わず、息を呑む。
この地獄のような光景にではない。足元に続く血の河、その発生源を目にしたが故に。
それは、巨大な網のようなものであった。
鎖で編まれたその中には、無数の死体が山のように詰め込まれ、地を擦りながら前へ前へと進んでいく。
死体を満載にした鎖網を引きずるそれは――
「……鬼」
赤い肌に、憤怒の形相。強靭な肉体を露わにした、巨大な鬼の姿。
巨大な武器を片手に、もう片方の手で網を引きずるその鬼は、俺の方を一瞥した後、再び前へと歩みを進めて行った。