822:陸魂寺
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上空から見えてはいたのだが、陸魂寺の敷地はそこそこに広い。
しかしながら、建物自体が目を引くほどに立派というわけではなく、観光地としての発展を遂げた場所ではないことが分かる。
本堂は中々に大きい建物ではあったが、それ以外についてはシンプルな建造物が立ち並んでいる構造であった。
どちらかというと、修行の場としての面が強い場所――そのような印象を受ける。
「ふむ……人の気配は、それなりか」
ぐるりと見渡した感じ、あまり人の姿は多くは無い。
しかしながら隅々まで掃除は行き届いており、この寺にいる者達が毎日欠かさず清掃を行っていることが伝わってくる。
結果、人の少なさも相まって、ただただ静謐な雰囲気だけが俺たちの前に広がっていた。
と、そんな景色の中にいた数少ない人影が、こちらの姿を認めてゆっくりと近づいてくる。
この場でも武装している辺り、鬼人族らしいと言うべきなのか。そんな内心の困惑は隠しつつ、やって来た僧侶に正面から相対する。
「ようこそ陸魂寺へ、お客人――いえ、ご同胞でしょうか?」
「失礼させて頂いている、ご同胞」
僧侶に対し、手を合わせて礼をする。
ジジイは信仰に篤い人間ではなかったが、神仏に対する礼儀だけは重要視していた。
我々の武を示す相手は神仏であると――要はいつ見られても恥ずかしくないような武辺を体現しろ、ということらしい。
俺も最初の頃はそれを真似していただけだったが、長い間行動を共にしていたこともあり、習慣はすっかり染み付いてしまっている。
とはいえ、それもこの場に於いては正解だったと言えるだろう。
「我々は、鬼人族として――いや、羅刹族としての修行に臨むため、この地に足を運んだ者。是非、六道之行について話をお聞かせ願いたい」
「ほう……よもや、女神様にその武辺を認められるほどの戦士であるとは。お見逸れ致しました」
どうやら、彼もまたこちらの能力をある程度把握できるらしい。
先ほどの修行僧ほどではないようだが、俺たちが羅刹族であることに疑いは抱かないようだ。
(クエストが発見されなかったの、これが原因か?)
この陸魂寺の僧侶たちは、何かしらの方法で俺たちの能力を読み取っている。
その力を使ってこちらの力量を読み取り、篩分けをしているのであれば、クエストが発見されなかったことについても辻褄は合う。
尤も、果たして彼らが何を見ているのか、という疑問は残るのだが。
俺の言葉を聞いた僧侶は、深く頷いて声を上げる。
「であれば、お答えしましょう。こちらへどうぞ」
「……失礼する」
彼が素直に応じてくれたのは、こちらの能力があったからか。
或いは、『六道之行』という直接的な単語を口にしたからか。
何にせよ、思ったよりはスムーズに答えへと行き着くことができそうだ。
僧侶に案内されて足を運んだのは、この寺の本堂に当たるであろう大きめの建物だ。
他の建物が質素であるというのに、どうしてここだけ大きく造られているのか――その理由は、中に入ってみれば一目瞭然であった。
「これは、実に見事な……」
「大きい仏像ね」
本堂に安置されていたのは、見上げるほどに巨大な仏像であった。
とはいえ、一般的にイメージされるような仏像ではなく、鎧兜姿の見たことのない様式である。
鎧までならまだしも、兜を被り顔が見えない仏像というものは初めて見た。
とはいえ、彫刻は実に精緻で、手入れも行き届いている。見事な仏像であることに間違いは無かった。
仏像に感嘆している俺たちの様子に、僧侶は満足した様子で頷きつつ、改めて声を上げた。
「拙僧のことは、遼悳とお呼び下され」
「では、遼悳殿。俺はクオン、そしてこちらは緋真という。我ら二人は、力を高めるための修業を求めてこの地に辿り着いた。既に羅刹族としての力を得ている我々に、六道之行は不要であるという話も窺ってはいるが……まずは、詳しい話をお聞かせ願えるだろうか?」
さて、この程度の交渉で果たして答えてくれるのかどうか。
微妙なところではあるが、まずは話してみないことには始まらない。
俺の問いに対し、遼悳はしばし黙考し――そして、改めてゆっくりと口を開いた。
「そも、鬼人族とは……女神様に仕えし王の一柱、鬼神様を祖として生まれた種族であると謂われています」
遼悳は、巨大な仏像を――恐らくは、その鬼神を模ったであろう像を見上げてそう告げる。
やはり、俺たちの世界における仏教とは根本的に異なる代物であるらしい。
とはいえ、用語や文化形態は似ていることから、それらを元に造り上げられた神話ということなのかもしれないが。
「鬼神様は地獄の監視者、即ち獄卒であり、同時に天の領域にて女神に仕え、刃を振るう戦神でもあられます」
「……地獄から天まで。だからこその六道か」
天道、人間道、修羅道、畜生道、餓鬼道、地獄道――地獄を監視することこそが鬼神の役目であるとするならば、本来鬼神は地獄道に在るということなのだろう。
その役割にそれらしい概念を当て嵌めたのか、或いは自然に生まれた考え方なのか。
後者であれば中々に興味深いが、そこは気にしなくてもいいだろう。
「鬼人族とは、即ち人間族よりも僅かに鬼神様の位相に近い存在。これをより、鬼神様に近い領域へと踏み込み、死後は鬼神様の戦列へと馳せ参じる――是こそが六道之行です」
「鬼人族から、たとえば羅刹族へと変化するということは……」
「修羅道の果て、より戦に特化した在り方を示されれば、自ずとその在り方が体現されることでしょう」
とりあえず、システム的な観点で言えば想像通りだと言えるだろう。
遼悳の喋り方は少々迂遠ではあるが、想像していた内容から大きく外れることはなさそうだ。
しかしながら、俺たちが求めているものはそれではない。
思想はともかく、為すべきことは種族スキルの強化だ。今あるスキルが強化されるのか、アリスのように新しいスキルを得るのかは知らないが、どちらにせよそれを成し遂げられなければ意味が無い。
「であれば、俺たちは既に六道之行を成し遂げた状態であると?」
「さて……状態だけで言えば、その通りでしょう。しかして、修行を受けていないことに変わりはない。拙僧では、判断の付かぬことになります」
どうやら、最初から羅刹族として真化することはかなり特殊な事例らしい。
確かに彼の言う通り、六道之行の要否についてはシステム的には不要、だが修行としては必要ということになるのだろう。
時間的な余裕はあまりないため、できればスキップさせてほしいところではあるのだが。
「……とりあえず、判断できないのであれば一旦置いておかせて貰いたい。改めて問いたいのは、その先の修業についてだ」
「地獄道巡り、にございますね。これは鬼神様の許へと赴き、獄卒としての在り方を学ぶ修行。鬼神様の末裔たる我らが、現世にて学ぶべき最後の行となります」
地獄道巡り――何とも物々しい名前であるが、それこそが俺たちの挑むべき修行であるらしい。
さて、その話はフレーバーテキスト的な概念なのか、あるいは本当に地獄というエリアで戦い続けることになるのかは不明だが、何にしてもそれこそが俺たちに必要なものだ。
エインセルが本格的に活動を始めるまで、どれだけの時間的余裕があるのかも分からない。
是が非でも、その修行を――クエストを請けさせて貰わねばならないだろう。
「地獄道巡りを行うためには、どうすればよいだろうか?」
「鬼神様に、修行の願いを立てなされ。六道之行が必要であるかどうかも含め、鬼神様が裁定を下されるでしょう」
そう告げて、遼悳は巨大な仏像を指し示した。
どうやら、ここで鬼神との対話を行うことができるらしい。
かなり格式ばった場であるが、要するに金龍王に近しい存在であると考えておけばいいだろう。
まあ、流石にあれほど気安く接することができる相手ではなさそうだが、まずは試してみるしかあるまい。
「……承知した。感謝する、遼悳殿」
「いえ。拙僧としても、興味があります。僧となり、長い身ではありますが……貴方ほど、血と屍を積み上げた者は見たことが無い。その果てが、何処に辿り着くというのか――見守らせていただきたい」
その言葉には苦笑を零して返すのみとし、俺は緋真と共に鬼神像の前に立つ。
鎧兜姿に武器を携え、憤怒の相を浮かべる勇ましい姿。
ただの像であるにもかかわらず放たれる強大な威圧感に、俺は感嘆の念を抱きながら手を合わせた。
そして――
『――先ず、踏破して見せよ』
――深く、臓腑に響くような重い声と共に、世界は一変していた。





