820:東端の寺院へ
ミリス共和国連邦については、プレイヤー間ではそれなりに情報のやり取りが為されているが、俺たちはあまり詳しくは知らない。
そもそも足を踏み入れていないから、という理由ではあるが――うちの門下生たちからも、あまり詳細な話は上がってこなかったのだ。
あの連中、俺たちに追いつくことを優先して、その土地を見て回るという行動は取らなかったらしい。
あいつらも必死であったことは否定しないのだが、こういうゲームなのだから多少は観光もしておけばいいものを、とは思う。
尤も、多少見て回る余裕があったとしても、あいつらも東の端までは行かなかっただろうが。
「今更ミリスに足を踏み入れることになるとは思いませんでしたね」
「まあ、それはな……今になって用事ができるとは思わんだろう」
元より、後続のプレイヤー向けのクエストが行われていたエリアだ。
最前線を突っ走っていた俺たちには用事は無かったし、顔を出しても邪魔にしかならない場所だっただろう。
まあ、うちの門下生たちが相当やらかしていたという噂だけは耳に届いているのだが。
「とりあえず初めて訪れる場所ではあるんだから、主要な都市ぐらいは転移できるようにしておいた方がいいんじゃない?」
「そうだな。見て回るほどの時間は無いが、石碑の登録ぐらいは問題なかろう」
最前線からは遠いため、この辺りは非常に平和だ。
とはいっても、こちら側のエリアに悪魔が全く出現しないというわけではないらしいが。
後続、或いはレベルの低いプレイヤー向けなのか、爵位の低い悪魔が出現することはあるらしい。
国を脅かせるほどのレベルではないが、危険は危険である。
とはいえ、その程度の連中であればこの辺りにいるプレイヤーに任せておけばいいし、俺たちは適当に通り抜けるだけで十分だろう。
(変にクエストに巻き込まれても面倒だからな……いつまでも前線を離れちゃいられん)
国境のボスは適当に一蹴し、移動はさっさと空を飛んで済ませてしまうことにする。
別に俺たちが数日抜けた程度でどうにかなるとは思っていないが、いつ戦況が変わるかも分からない。
アルトリウスたちが遠征で離れている間は、できるだけすぐに対処できるような状態にしておきたいところだ。
「どこもかしこも、大きなクエストでてんてこ舞いか。エインセルもドラグハルトも、しばらく大人しくしていてくれればいいんだがな」
「何だか、エインセルが動き出したら連鎖的に全ての状況が動く、って話でしたけど……」
「ロムペリアの予想か。確かに、可能性は高いだろうな」
地上の様子を確認しつつも、緋真の言葉に首肯を返す。
ロムペリアが予想した通り、エインセルとの戦いが始まれば、なし崩し的に最後の戦いまでもつれ込む可能性は高い。
尤も、エインセルに敗れるようなことがあれば、戦線を押されてしばらく膠着状態になる可能性もあるが――結局、エインセルを倒すまで戦いは終わらず、そしてエインセルを倒せば残るヴァルフレアやマレウスとの戦いに発展すると考えられる。
つまり、今の俺たちにはあまり余裕はない状況なのだ。
「今の時間が、俺たちに残された最後の自由時間になるかもしれない。アルトリウスは、とっくに気付いていたのかもしれんがな」
「各地でクエストを探索しようと打ち出したってことは、最初から気にしていたんでしょうね」
ここまで、俺たちはかなり厳しい、綱渡りの戦いを潜り抜けてきた自覚がある。
しかし、それによって得られた時間的余裕すら、あって無いようなものでしかなかったらしい。
(アルトリウスは……どこまで、どんな状況を想定していたんだろうな)
結果的には連戦連勝、常勝不敗の将と化しているアルトリウスであるが、途中のワールドクエストで敗北する可能性も視野に入れていたはずだ。
その時、状況はどのように変わっていたのか。果たして、全ての戦いに勝ち続けることが正解だったのか。
今更考えたところで意味のない問いではあるが、想像せずにはいられなかった。
「クオン、あそこ。確か、ミリスの首都はあの都市よ」
「ん? ああ、中々にでかい都市だな。降りるか」
ミリス共和国連邦という名前だけあり、この国はいくつかの小国が重なってできているらしい。
詳細な運営形態は全く知らないのだが、とりあえず首都に当たる都市があの場所になるようだ。
ドラゴンについては流石に大騒ぎになるだろうからシリウスは従魔結晶に戻しつつ、首都ミリスへと足を踏み入れた。
「へぇ、なんていうか……雑多な感じですね」
街に入ってみての端的な感想は、俺もおおよそ緋真と同じだと言える。
小国家群であるミリスは、それらの国々による様々な文化が入り混じった文化となっているらしい。
その首都であるミリスはその象徴とも呼べる場所であり、文化の坩堝とでも表現すべき光景が広がっていた。
まあ、正直統一感のある景色ではないのだが、これもまた文化の一側面なのだろう。
(表面上はまとまっているが、こうも独自色を消せていないとなると、色々と軋轢もありそうだな)
かつての所属部隊のことを思い浮かべ、胸中でそう呟く。
国連軍は様々な国から兵士が派遣されていた。文化の違いによる衝突など、日常茶飯事だったと言える。
まあ、俺たちは軍曹をリーダーとしてまとまっていたため、問題になるほどの出来事は無かったのだが。
どちらかと言えばブロンディーの存在そのものの方が問題だっただろう。
ともあれ、この様子では、人に化ける悪魔が入り込むのも容易だったことだろう。
「あいつら、この国であれこれとやっていたわけか。妙に影響も残しているようだしな」
「……何か、ちらほらと刀を持ってる人を見かけますよね」
緋真の言う通り、この街にはちらほらと、刀を佩いている人間の姿が見受けられる。
あまり馴染んでいる様子は見えないため、どうやら使い始めて間もない状況のようだ。
それは単に、戦い始めてからそれほど時間の経っていない戦士であるからか。或いは――うちの馬鹿共に影響を受けてしまったということなのか。
あいつらの活動が派手であったことは聞いているのだが、流石にそこまで爪痕を残していたとなると、少々気にせざるを得なくなってしまう。
(ここで道場を出す、なんて話にもなりかねんからな……)
実際、『我剣神通』のクランハウスの様相は既に道場となっているし、持ち回りで剣を教えていることも事実だ。
まあ、教えているのは護身術の範疇を出ないため、久遠神通流の技術を伝授しているというわけではないのだが。
「東の大陸がルーツの文化なら、むしろ情報源になって助かるんだがな……」
「別に、場所は分かっているんだから今更情報収集も必要ないんじゃない?」
アリスの言う通り、既に目的の寺院の場所については教えて貰っている。
場所については、今更確認する必要もないのだ。
刀を持っている彼らのことについては、藪をつついて蛇を出すことになりかねないし、とりあえず放置しておくことにしよう。
戦争に勝った後のことなど、今はまだ考えている余裕は無いのだ。
とりあえず、石碑に触れて転移機能を解放しつつ、マップを開いて位置関係を確認する。
「場所はおおよそここから東だが……もう少しかかりそうだな」
「色々やったし、今日は移動だけで終わりそうな気配がありますね」
「アリスの強化にはなったが、俺たちはあまりレベル上げにはならんかったな」
まあ、それも致し方のない話だ。
どうせ真化種族クエストは請けなければならないのだから、早いか遅いかの違いでしかない。
請ける時間のある時に、請けておくことが重要だろう。
「とりあえず、さっさと移動だな。早いところ街を出て出発せんと、時間が――」
先を急ぐために踵を返そうとした、ちょうどその時。
――額から光の角を生やした一人の男の姿を認め、思わず足を止めることになるのだった。