082:戦端開くは剣鬼の咆哮 その3
「ルミナ、あちらの方角だ。全力で光の魔法を放て」
「分かりました、お父様」
俺の言葉に頷き、ルミナは前方へと向けて掌を構える。
そこに集束するのは眩い光。光の粒子が螺旋を描くようにしながらルミナの掌へと集まっていき――それは次の瞬間、眩い光芒と化していた。
先ほどデーモンナイトが放った闇の砲撃、それを上回る威力で発せられた光の砲撃は、俺の指し示した方角へと突き刺さり、そこにいる悪魔たちを飲み込んでゆく。
一撃で殺しきれるかどうかは知らないが、それでも悪魔共にとっては痛打となったことだろう。
「行くぞ、追い付いてこい」
「いいえ、付いていきます!」
歩法――烈震。
ルミナの魔法によってこじ開けられた敵陣へ、最大速度を以て突入する。
どうやら目的地まで到達できる訳ではないようだが、それでも十分に距離は稼げた。
レベルの低いレッサーデーモンは、今の魔法のみでも倒し切れたようであるし、生きている悪魔もすぐには動けないだろう。
前傾姿勢で駆ける俺に、ルミナが追随してくる気配を感じる。
ルミナは烈震を覚えたばかりであり、その習熟度は決して高いとは言えない。
体重差もあり、体重を推進力に変える烈震では、本来であれば俺に付いてこられるはずが無いのだ。
だが、ルミナは俺の後ろにぴったりと付き、遅れることなく疾走している。
(ほう……面白い使い方だな)
そのルミナの背中には、光の紋様によって描かれた翼が展開されていた。
《光翼》――ルミナの持つ、飛行のためのスキルだ。
それを利用することにより、ルミナはバランスを維持しながら推進力を得ているのだろう。
外付けの推進装置となると、それはそれでバランスを保つのが難しそうではあるが、種族的に感覚で分かるのだろうか。
ともあれ、こちらのスピードに付いてこられるのであれば、それに越したことはない。
小さく笑みを浮かべ――道を塞ぐように立ち上がった悪魔へと、刃を振るっていた。
「《収奪の剣》ッ!」
袈裟懸けに振り下ろした刃は、黒い靄を纏ってレッサーデーモンの身を斬り裂く。
ルミナの魔法で削られていたためか、急所を狙わずともその一撃で絶命したらしい。
ルミナは俺の隣を通り抜け、隣にいたスレイヴビーストへと穿牙を放っていた。
光を纏うルミナの刀は、スピードもあってか見事にその身を穿ち、刀身から撃ち出した光で蹂躙していた。
純粋な威力のみで言えば、あちらの方が上かもしれないな。
「突きはあまり多用するなよ。それで戦いが終わるならまだしも、ここじゃ他にも敵がいるからな」
「了解です……っ!」
突きの攻撃は、突き刺し、引き抜くという手順が必要となる。
そのため、どうしても足が止まってしまうのだ。鎧を纏った相手に対して効果的ではあるのだが、やはり動きが止まってしまうことだけは頂けない。
突きの攻撃を行う時は、自分が攻撃を受けない状況でなくてはならないのだ。
「チェイリャアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
猿叫と共に殺気を放ち、相手の身を硬直させて首を薙ぐ。
緑の血が弾け、首が刎ね飛び――その血が地に落ちるよりも早く、前へと踏み出す。
刹那、突如として空中に発生した岩塊がこちらへと飛来するが、俺は即座にスキルを発動させていた。
「《斬魔の剣》!」
飛来した岩塊に青い光を纏う刃を振るえば、まるでバターを斬り裂いたかのように真っ二つとなり、消滅する。
こういった物理的な攻撃を行う魔法であっても、《斬魔の剣》ならば消滅させることができる。
これが無ければ魔法に対する対抗手段は持ちえなかったであろうし、本当にいい拾い物だった。
歩法――縮地。
今の魔法を放ってきたレッサーデーモンへと肉薄し、左の掌底でその顎をかち上げる。
そして仰け反った相手の鳩尾へと蹴りを叩き込み、後方へとたたらを踏んだ悪魔の首を太刀で薙いでいた。
血を噴き出す悪魔の肩に乗り、そのまま跳躍。その先にいた悪魔の頭の上へと着地していた。
歩法――渡風。
頭上というものは、基本的に迎撃しづらい位置である。
相手の肩の上や頭の上、そこを一瞬の足場としながら跳躍を繰り返し、その離脱の瞬間に相手の首を裂いてゆく。
噴水のように噴き上がる血が道筋となり、奇妙なオブジェのように道を彩っていたが――ルミナは翼を広げて上空から付いてくることにしたようだ。
まあ、あまり高く飛びすぎると飛び道具による攻撃を受けるからか、俺と同じ高さ程度であったようだが。
(さて、方向は合っているはずだが――)
渡風は、元々敵が密集している場所でなければ使えない業だ。
俺ならば多少離れていても扱えるが、それでも精々3メートルほどが限度。
つまり、先ほどまでよりも敵の密度が上がってきているのだ。
やはり、先程見た方角で間違いは無かったようだ。であれば、果たしてあとどれほどの距離で目的地に辿り着くのか。
――俺の耳にその声が届いたのは、そんなことを考えていた瞬間だった。
「――一体どうなっている! 何だあの化け物は、聞いていないぞ!」
その声を聞き、俺は口角を大きく歪めていた。
先ほどからも、人の言葉を話すのはデーモンナイトといった上位の悪魔の身であることは分かっている。
であれば――大将首がある可能性は、非常に高い。
「見つけたァァアアアアアアアアアアッ!」
足場にした悪魔の頭部を踏みつぶし、俺は宙を駆ける。
その声に反応してか、悪魔共もすぐさま反応し、奥にいた巨体のレッサーデーモンが道を塞ぐように立ちふさがっていた。
どうやら、俺の殺気の只中であろうとも動くことができる個体であるようだ。
それを目にして、俺は笑みと共にその手前の悪魔の頭に手を当て、その首を全体重をかけることで捩じり切っていた。
そして血の滴る首を蹴り上げてレッサーデーモンの顔面へと投擲し、俺はその間に奴の股下をスライディングで潜り抜ける。
直後、この悪魔が軸足としている右足のアキレス腱を斬り裂き――片膝を突いた悪魔に背中を向けたまま、俺は逆手に持った太刀をその背中へと突き刺していた。
正確に心臓部を貫き、そして抉る。刃を抜き取れば、巨体の悪魔は血を噴き出しながら倒れ……俺は血振りをしながら太刀を順手へと持ち替えていた。
「さぁて――」
そして改めて、その先を――少しだけスペースの開かれた状態となっているエリアに視線を向ける。
その場にいたのは、三体の悪魔だ。デーモンナイトが二体、そして――人間と殆ど変わらぬ姿をした悪魔が一体。
後は、そいつらが連れていた馬のスレイヴビーストがいるが、こいつらはこの悪魔共が騎馬として使っているものだろう。
乗っていようがいまいが、俺にとっては大差ない。久遠神通流には対馬上戦闘の心得もあるのだ。
「ようやく見つけたぞ、猿山の大将が……」
「貴様……この陣を、我らの軍勢を潜り抜けてきたとでも言うのか!?」
「見ればわかるだろう。しかし、陣とはまた面白い冗談だ。適当に集めて陣形も何もない烏合の衆の分際で、軍事侵略のつもりとは片腹痛い」
袖口で刃を拭い、俺は嗤う。
殺気は一部も衰えさせぬまま睥睨すれば、その悪魔は引き攣ったように息を飲んでいた。
その姿は、軍服を纏ったような優男だ。腰にはサーベルを佩いており、見た目からもそれほどパワータイプではないことは窺える。
「畜生の首とは言え、ここでは功名に違いあるまい。その首、久遠神通流のクオンが貰い受ける」
「ッ……ほざいたな、人間風情が! デーモンナイト達よ!」
その悪魔の声に従い、控えていた二体のデーモンナイトたちが前に進み出る。
剣と槍を持ったデーモンナイトが一体ずつ。普段であれば多少楽しませて貰う所だが、最早前座は腹いっぱいだ。
大して面白くもない相手に割いている時間は無い。
「ルミナ、剣の方はお前にくれてやる。練習相手にしてやれ」
「分かりました。お父様は――」
「槍の方を片付けて、あの悪魔の相手をする。あまり時間をかけすぎるなよ?」
その言葉に、ルミナは小さく笑いながら頷き――光の翼を広げて、剣のデーモンナイトへと突進していった。
八相の構えから振り下ろされた一閃と、向こうの黒い剣が衝突し、火花を散らす。
これまでの相手よりも少々強くはあるが、今のルミナならば問題は無かろう。
少し距離を空けて戦うルミナの姿に頷きつつ、俺もまた地を蹴っていた。
歩法――縮地。
正眼に構えた太刀を相手へと向け――そのまま、俺は体を揺らさずに相手の目の前まで移動していた。
一瞬で目の前に移動してきたように見えたのだろう、デーモンナイトは驚愕した様子で、しかし即座に反応して槍を突き出し――
「――《生命の剣》」
斬法――柔の型、流水・渡舟。
俺は太刀で槍の一閃の軌道を逸らし、そのまま槍の柄の上を滑らせつつ一閃を放った。
相手が長柄の武器を使った際に用いられる、流水の派生形。
相手の攻撃に合わせて防御と攻撃を同時に行うことにより、反撃を許さずに首を断つ一閃だ。
俺の一撃は槍の途中から跳ね上がるように軌道を変え、その喉元へと食い込み、一閃にて首を断ち斬る。
緑の血が噴水のように噴き上がり、一拍遅れて、デーモンナイトの体は崩れ落ちていた。
俺はただの一合で刎ね飛んだデーモンナイトの首には頓着せず、目の前の悪魔へと集中する。
悪魔は、苦々しげな表情で俺のことを見つめ――ふと気づいたように、その目を見開いていた。
「貴様……そうか、貴様があの方の言っていた人間か」
「あの方、ねぇ……そいつは、あの赤毛の女悪魔のことか」
ロムぺリアと名乗った、あの伯爵級の悪魔。
奴がどれほどの実力を持っているのかは定かではないが、目の前にいるこの悪魔は、奴とは比較にならぬほど格下だろう。
この悪魔からは、ロムペリアから感じたような刺すほどの重圧を感じない。
適当な目算ではあるが、ゲリュオンとそう変わらない程度の格だろう。
であれば――
「ロムペリア様の顔に泥を塗った人間……いいだろう、貴様はこの私が、直々に息の根を止めてくれる」
「はっ、飼い主のツラの色を窺わにゃならん木っ端悪魔か。戦の作法も知らんのなら、顔を洗って出直してきた方がいいぞ。それとも、ご主人様に泣きつくか?」
碌な指揮能力も持たないくせに、この俺と、アルトリウスのいる場所に攻めてきたのだ。
最初から勝ち目などある筈がない。この悪魔さえ仕留めれば、後はただの消化試合だ。
あの冷酷な面をしたロムペリアがどのような反応をするのかは知らないが――どちらにせよ、この悪魔にとって都合の良い展開などもはや存在はしない。
「物足りない首だが、勝鬨を上げるにはちょうどいい。名乗りな、悪魔。その名を、この戦場の敗者として刻んでやろう」
「……安い言葉だ。だが、いいだろう! 我が名はヴェイロン! 男爵級102位の悪魔である! 貴様の首を、ロムペリア様への手土産としてくれるわ!」
悪魔――ヴェイロンは、サーベルを抜き放ち、堂々とそう宣言する。
どうやら、優男の見た目の割にはなかなかの脳筋であるらしい。
まあ、あんな数で押す戦法しか取れていなかった時点で、その辺りはお察しというものだが。
俺は太刀を正眼に構え、整息する。若干収まっていた殺意を研ぎ澄ませ、自らの集中力をさらに高める。
鬼哭はまだ維持している。その鋭い殺気に、ヴェイロンは僅かに怯んだように身じろぎしていた。
だが、それでも決定的な隙までは見せない。男爵級とは言え、その程度の胆力はあるようだ。
小さく笑みを浮かべ――俺は、地を蹴る。
歩法――縮地。
「しッ!」
「ぬぅっ!?」
振り下ろした一閃に、しかしヴェイロンは即座に反応して後退する。
素早い反応だ。今までの悪魔たちの中には、ここまでの反応を見せた者はいなかった。
成程、どうやら――
「くく……少しは楽しめそうだな」
小さく笑みを浮かべ、俺は再び刃を振るっていた。
■アバター名:クオン
■性別:男
■種族:人間族
■レベル:27
■ステータス(残りステータスポイント:0)
STR:24
VIT:18
INT:24
MND:18
AGI:14
DEX:14
■スキル
ウェポンスキル:《刀:Lv.27》
マジックスキル:《強化魔法:Lv.19》
セットスキル:《死点撃ち:Lv.17》
《MP自動回復:Lv.15》
《収奪の剣:Lv.14》
《識別:Lv.15》
《生命の剣:Lv.16》
《斬魔の剣:Lv.7》
《テイム:Lv.12》
《HP自動回復:Lv.12》
《生命力操作:Lv.9》
サブスキル:《採掘:Lv.8》
称号スキル:《妖精の祝福》
■現在SP:30
■モンスター名:ルミナ
■性別:メス
■種族:ヴァルキリー
■レベル:1
■ステータス(残りステータスポイント:0)
STR:25
VIT:18
INT:32
MND:19
AGI:21
DEX:19
■スキル
ウェポンスキル:《刀》
マジックスキル:《光魔法》
スキル:《光属性強化》
《光翼》
《魔法抵抗:大》
《物理抵抗:中》
《MP自動大回復》
《風魔法》
《魔法陣》
《ブースト》
称号スキル:《精霊王の眷属》





