813:敵陣への進軍
正面を担うシリウスを中心に、左右に大きく展開しながら先へと進む。
塹壕、防塁地帯を抜ければ、敵の本陣は目の前だ。
到達するまでにそう時間はかからないだろうが、当然ながら敵の迎撃もまた苛烈なものとなる。
俺はルミナと共に左側へと大きく展開しながら走り、その陣容を観察した。
「敵の主力は……やっぱりあのサイか」
以前にエインセルの悪魔と接触した時に見た、頑丈な装甲を纏ったサイの魔物。
背中に砲塔を備え付けられているそれは、運用方法は間違いなく戦車と同じ類の兵器であった。
その扱いやすさの評価についてはさておき、あれは中々の脅威ではある。
小回りは効かないものの、数を揃えさえすれば大きな街でも制圧は可能だろう。
「ルミナ、上位の悪魔の姿は見えるか?」
「いえ、基本的にはデーモンばかりです。今見える範囲では、爵位級どころかデーモンナイトやグレーターデーモンの姿も見当たりません」
「やはりか……まあ隊長としてデーモンナイト辺りはいるかもしれんが、やはりそういう方針なんだろうな」
兵器を用い、それを利用する兵士の個としての戦闘能力は求めていない。
それはつまり、リソースではなく資源を消費する戦い方だ。
弱い悪魔であろうとも、強力な武装を施せば大きい戦力となる。
果たして、リソースを消費して強力な悪魔を揃えるのと、どちらが効率的なのかは分からないが――これまでの悪魔とは、一線を画する戦い方であることは間違いない。
「さて……厄介だが、行くとするか」
敵は既にこちらの姿を捉えている。サイたちを動かし、こちらを砲撃で吹き飛ばそうと準備しているのだ。
シリウスが多くの耳目を集めているとはいえ、流石にこちらを無視してくれるほどではない。
実際の戦車砲ほどの威力はないにしても、あの口径の砲撃を受ければこちらもただでは済まないだろう。
「ルミナ。高く飛び過ぎず、敵を攪乱しろ」
「分かりました――我が騎士たちよ!」
ルミナのスキルによって召喚された十二騎の精霊たちが、一斉に敵陣へと向けて飛翔する。
バラバラに、そして不規則な軌道を描きながら飛行する彼女たち――生憎と、それを戦車砲で捉えることは困難だろう。
敵陣がにわかに混乱し始めたことを確認し、俺もまた地を蹴って敵陣へと接近する。
歩法――烈震。
ルミナが召喚できる精霊の数が増えている点は実に助かるところだ。
おかげで、撹乱できる敵の数もかなり増えていると言っていい。
おまけに、個々の戦闘能力もそれなりに高いため、接近さえしてしまえばデーモン程度を屠ることは容易いようだ。
(サイの方も、上に乗って砲塔を操作する悪魔を処理すればほぼ無力化できるからな……)
操作されているとはいえ、あのサイ個体としてはただ頑丈なだけだ。
あの砲塔さえ処理できているならば、倒さずに無視してしまってもそれほど問題は無い。
そもそもあの砲塔もあまり正確な砲撃をできるわけではなく、集団に放つならまだしも個人を狙い撃つことなどできるものではないだろう。
まあ、偶然飛んでくるということもあり得るので、油断できるものでもないのだが。
(……キルゾーンを形成しておいてこの体たらくか。接近されることは想定していなかったか?)
シリウスへと向かう砲撃はほぼほぼが無効化されているため、現在の敵の攻撃は大半が無駄なものとなっている。
防衛線を突破された時の対応があのサイしか無かったのだろうか。
内側に地雷を敷くわけにはいかないとはいえ、少々想定が甘いと言わざるを得ない。
尤も――シリウスという反則を用いて防衛線を突破した俺が言うのもどうかという話であるが。
「『生奪』」
姿勢を低く駆けていることもあるが、サイから放たれる砲撃はみな頭上を抜けて背後へと飛んでいく。
後方で響く爆発も振動も、俺の身にダメージを与えるには至らない。
そうして接近してしまえば――
斬法――剛の型、扇渉。
大した武装もないデーモン程度、恐れるに足らん相手だ。
その身を一刀で両断しつつ、敵の密集する陣の内部へと身を躍らせる。
(離れた場所にいる敵へと向けて弾を放つことはできる――その訓練はされている。だが、接近時の対処までは手が回っていないか)
或いは、この陣を敷いた後に本体が合流し、そこで訓練された兵士が合流する算段だったのか。
何にせよ、今この場にいる悪魔たちが、最低限程度の訓練しか受けていないことは明らかだった。
敵に向かって引き金を引くことができるのはいいが、それ以上の訓練は受けていないのだろう。
「《練命剣》、【命双刃】」
個々が弱いのであれば、手数を増やす選択肢も悪くは無い。
左手に生命力の刃を生み出した俺は、そのまま近場にいた悪魔へと一気に肉薄した。
斬法――柔の型、散刃。
密集した敵の、僅かな隙間。
その間へと身を躍らせながら、急所や足を狙って刃を走らせる。
殺し切れるのは首を半ばまで斬った悪魔程度だろうが、動きを止めるだけならこれでも十分だ。
羽ばたくルミナの精霊たちが、そいつらへと槍を突き立てれば済む話なのだから。
「しッ」
近場にいる悪魔を片付けたことを確認し、鋭い呼気と共に跳躍する。
空中の足場を蹴り、一気に上空へと駆け上がり――目指すのは、サイの上にいる悪魔の頭上だ。
瞬間、発生した熱と共に放たれるのは炎の魔法。それを《蒐魂剣》の一閃で斬り払った俺は、左に持つ生命力の刃を悪魔の肩口へと叩き込んだ。
斬法――柔の型、襲牙。
鎖骨の隙間へと刃を差し込み、肺から臓腑にかけてを一気に破壊する。
生命力の刃は血脂が付着しないため、襲牙を使っても拭う必要はない。
まあ、悪魔の場合はそもそも死んだら塵になるためあまり気にする必要もないのだが。
こと切れた悪魔から刃を抜き取りつつ、一応ということでサイの砲塔にも刃を走らせた。
準備無しにこれだけの鉄の塊を斬り落とすことは不可能だが、砲弾の装填口を破壊する程度なら何とかなるだろう。
(構造はあの迫撃砲と一緒なんだよな……)
僅かにだけ大砲の構造を確認しつつ、そう結論付ける。
砲の構造というより、どちらかというとあの砲弾そのものの方が重要なのだろう。
戦車砲にしろ迫撃砲にしろ、突き詰めてしまえばただの筒だ。
推進剤を兼ね備えた砲弾を、安定させるための装置に過ぎない。
となると、砲の用途の違いは、どちらかというと砲弾の方に差分があるのかもしれない。
「高角砲の弾も確保しておくか」
対空防御のために用意されていたであろう高角砲は、ルミナたちがその角度未満の高さを飛行しているため、一切役に立てていない。
果たして、こちらが対空防御をする機会があるかどうかは分からないが、鹵獲すればとりあえず何かの参考にはなるだろう。
「おっと」
こちらへと向けられた殺気に反応し、サイの背中から飛び降りる。
それと共に俺のいた場所を通り抜けて行った榴弾は、背後に着弾して悪魔たちを派手に吹き飛ばした。
普通ならこの状況で爆発物など使う筈もないのだが、悪魔故の捨て身か、或いはそういった判断もできない程度の訓練状況だったのか。
ロケットランチャーのように使われた砲弾には注意しつつ、中央の状況を確認する。
こちらは兵器の鹵獲をしたいのだ。シリウスが暴れすぎて、それらを破壊してしまうことは避けたい。
となると、この戦場もさっさと確保してしまいたいところではあるのだが――
『――クオン。恐らく指揮官と思われる悪魔を仕留めたのだけど、どうする?』
「……ナイスタイミングだな。他のメンバーにも連絡しておいてくれ」
ちょうどいいと言えばちょうどいいアリスからの連絡に、小さく笑みを浮かべてそう返す。
今のところ他の悪魔の動きは止まっていないし、本当に統率個体を仕留め切れたのかは分からないが、それなりに力のある悪魔が暗殺されたのは間違いないだろう。
少し様子を見つつ、シリウスが敵の本陣に近付き過ぎたら調整することとしよう。
そのためにも、まずは――
「ルミナ、まずはこの辺りを制圧する。アイテムはできるだけ壊さないようにな」
「了解です、お父様」
ルミナが頷くと共に、精霊たちは周囲へと散開していく。
まずは、この場を綺麗に制圧できるかどうか――悪魔共の真意を確かめるのは、その後でいいだろう。