812:戦車のように
「グルルルルッ!」
前進の指示を受け、シリウスは地を踏みしめながら先へと進みだす。
魔法、兵器による集中砲火はシリウスのHP、MPを少しずつ削って行くが、頑丈極まりないその体力を削るには足りない。
踏み出した足が時折爆発しているのは地雷が仕掛けてあるからだろう。
実に有効な戦術であるのだが、やられている側からすれば堪ったものではない。
(本来なら、このままシリウスだけで攻め落としたいところではあるが――)
この戦い方が上手くいくのは、シリウスが敵陣に到達するまでだ。
それ以降は、横から攻撃を受けることになり、俺たちも攻撃の対象となってしまう。
そこまで到達したならば、俺たちも戦う必要があるだろう。
逆に、そこまで行けば味方を巻き込みかねない地雷も無いだろうし、自由に踏み込んで暴れることができる。
「距離は十分……走れ、シリウス!」
「グルァアッ!」
俺の言葉に従い、シリウスは地を蹴って走り出す。
俺たちが追い付けなくなるためある程度は速度を落としてくれているが、それでも巨大な歩幅により生み出されるスピードは凄まじい。
あらゆる攻撃を弾き返しながら走るシリウスは、その巨体を以て悪魔の陣地へと体当たりを敢行した。
ブレスに耐えた防塁とて、その圧倒的な質量攻撃を前には耐えきれる道理もない。魔法によって補強されていた防塁も、その一部は吹き飛ぶこととなった。
その巨大な足跡をしっかりと辿り、地雷を踏まぬよう注意しながら、俺たちもまた陣の内部へと侵入する。
「K、自分たちの身は守れるな!?」
「ええ、そちらは自由に暴れてください!」
「重畳! 好きにやらせて貰おう!」
自己強化を施し、その場を離れて走り出す。
ルミナたちにはあまり高く飛び過ぎないよう忠告し、俺と緋真は左右に分かれて敵陣の内部へと潜り込んだ。
シリウスの攻撃に混乱気味とはいえ、流石はエインセルの悪魔たちか、俺たちの攻撃に対してもその場で判断して対処を行おうとしてくる。
尤もそういった反応は、いつかの戦場で飽きるほどに見てきたものなのだが。
「《オーバーレンジ》『破風呪』」
塹壕の脇を走りながら、地を擦るように刃を振るい、《咆風呪》の靄を掘られた地面の下へと流し込む。
《咆風呪》は別段重力に従うような動きは見せないのだが、こうすることで下にいる悪魔たちからは延々と体力を奪い、尚且つ魔法の発動を妨げることができるだろう。
塹壕内部のことは一旦放っておいて、まずは防塁の後ろに隠れていた悪魔たちを優先して排除する。
歩法――陽炎。
ここにいるのは、兵器で武装した悪魔が多い。
塹壕内部はどちらかというと補給や回復のための場所だ。そこから搬入された道具や人員を使ってこちらに攻撃を仕掛けてきていたはずである。
つまり、敵戦力のメインは、地上にある防塁の後ろ側。今、俺の目の前にいる悪魔たちである。
「『生奪』」
こちらの姿を認め、撃ち放ってきたグレネードランチャーの弾を避ける。
壁に近い位置では移動しない。壁を利用した爆発を受けるのは避けなければならないからだ。
後方で爆発する衝撃を追い風に加速し――そのまま、俺の振るった一閃は悪魔の首を断ち斬っていた。
(グレネードランチャーは地面設置だが、固定ではない。とはいえ、動かすとなるとそれなりに時間を要するか)
一瞬見ただけであるため具体的な構造は不明だが、脚部は組み立て式の支柱のようなものだろう。
あんな足を付けなければならないということは、総重量はそれなりに重いはずだ。
それなりに広い射角は確保されているようだが、それでも後方まで狙えるほどのものではないようで、防塁の更に後ろ側まで回ってしまえばグレネードランチャーによる攻撃は難しい。
一度畳んでずらせばこちらを狙えるだろうが、そんなことをしている間に斬ることは容易だろう。
歩法――烈震。
グレネードランチャーで狙えない位置まで移動したことを察知し、それを構えていた悪魔は逡巡する。
その一瞬の隙であろうとも、斬り捨てるには十分な時間だ。
「しッ!」
一瞬こちらから視線を外していた悪魔の首を斬り飛ばし、更に体勢を低くしながら地を蹴る。
こういった戦場では、足を止めていれば狙い撃ちにされるだろう。
幸いなことに、この悪魔たちは個人携行の火器は持っていないらしく、拳銃や小銃で狙われることは無かったが。
(やはり、通常の銃器の類は製造されていないのか?)
決めつけるには早いだろうが、こういった場でハンドガンやアサルトライフルで狙われないこと自体に違和感がある。
いや、それ以前にもっと前時代的な銃器で狙われることもない。
エインセルの悪魔たちは、兵器による武装をしながらも、金属の弾丸を撃ち出す類の武器を扱っていないのだ。
無論、こいつらが持っていないだけで開発はされている可能性もあるが、使い捨てていいほど普及した武器というわけでもないらしい。
「わけの分からん技術体系だな――」
しかしその考察そのものは後回しにし、今はそれと相対することの方針を考える。
個人携行火器が無い場合、奴らが次に取ってくる行動は――
「魔法による制圧射撃、だろうよ――《蒐魂剣》、【断魔斬】」
大きく薙ぎ払った蒼い軌跡が、こちらへと殺到する魔法をまとめて消滅させる。
更に【断魔鎧】を発動しながら地を蹴り、俺は一気に魔法を放ってきた悪魔へと肉薄した。
斬法――剛の型、穿牙。
繰り出す刺突は、反応も許さず悪魔の心臓を穿つ。
即座に斬り上げてその身を引き裂いた俺は、塵と化しつつある悪魔を蹴り飛ばして盾にしながら次なる個体へと肉薄する。
防御魔法を展開しようとするそれを、《練命剣》と《蒐魂剣》の融合で諸共斬り捨てつつ、俺は内心で疑問を吐き出した。
(デーモンが多く、アークデーモンでも稀に見れる程度……出し渋ったか、或いは――)
――この場にあるものは全て、捨て札でしかないということか。
弱い悪魔に兵器を持たせたとて、プレイヤーの拠点を落とせるなどとは考えていないだろう。
だが、長距離砲撃が可能な拠点を作られれば、それだけで脅威となり得る。
アルフィニールであればまるで脅威にならなかっただろう悪魔の群れが、都市を破壊しかねない戦力へと進化しているのだ。
エインセルは、使い捨てても問題ない程度の戦力で、それだけのことができるのだ。
「ますます目的が分からんが――」
その理由を推し量ることはできないが、目の前の敵が脅威であることは間違いない。
個として戦う分には楽な相手だが、こいつらの存在を見逃すわけにはいかないのだ。
「《練命剣》、【命輝一陣】!」
何とかしてこちらにグレネードランチャーを向けようとしていた悪魔を遠距離攻撃で斬り捨てつつ、次なる標的へと向けて走り出す。
こいつらの面倒な点はもう一つ、近距離戦をしてこないことだ。
或いは――レベルの低い悪魔だからこそ、遠距離戦に徹しているのか。
徹頭徹尾たちの悪い嫌がらせの戦いに舌打ちしつつ、こちらへと放たれた魔法を半歩横にズレて避けながら、それを放った悪魔を袈裟懸けに斬り捨てた。
(シリウスの辺りは、ほぼほぼ戦闘は終わったか。ならば――)
この防衛線を抜けられた時点で、まず作戦の第一段階は突破できたと考えていい。
悪魔たちも後方へと撤退しつつあり、いつまでもこの場の制圧に拘泥する理由もなかった。
この先にあるのはアリスが発見した兵器の集積地帯。あの場を制圧、破壊できれば今回の戦いは勝利だと言える。
弱い悪魔たちですら撤退の判断ができることには辟易しつつ、俺はパーティチャットを起動して声を上げる。
「緋真、今のまま奴らの本陣へと向けて進むぞ。シリウスはそのまま暴れながら前に進め。ルミナとセイランはそれぞれ俺と緋真に合流、アリスも緋真の方に行ってくれ」
このまま、三手に分かれて敵の本陣へと襲撃を仕掛ける。
恐らくだが、戦力自体は大したものではないだろう。
故にこそ、援軍を求めることなく、この場にいる戦力だけで片付ける。
そうでなければ、恐らくエインセルと戦うことはできないだろう。
――今見える範囲だけでもわかるエインセルの強大さに、俺は深く溜め息を零していた。