811:砲火
招集の声に応え、集まったプレイヤーの数はそう多くはなかった。
正確には、動けるプレイヤーの数が少なかったからなのだが、何とも面倒な時に来てくれたものだ。
聞けば、奴らが現れてからまだ数時間程度しか経っていないらしい。
つまり、それだけの短い時間で、既に形となった陣を設置してしまったということだ。
普通であればもっと時間のかかる仕事なのだが、魔法とは本当に厄介なものだ。
「つまり、今回は陽動だな。俺たちが目立っている間に、アリスに様子を確認して貰うわけだ」
「作戦としては同意しますが、『キャメロット』の招集はこれだけでいいのですか?」
「まあ、あまり多くても逆にやり辛い状況だからな」
付いて来ているKの言葉に、軽く肩を竦めながらそう返す。
俺たちに同行して前線まで出てきたのは、『キャメロット』のパーティ一組だけだ。
数を絞っただけあって、その実力は精鋭と言っても過言ではない。
足手まといになるような実力ということは無いだろう。
「こっちは野晒しで攻めなきゃならんのだから、シリウスを盾にしないとやってられんからな」
「あまりたくさん人がいても、隠れられないですしね」
こちらには塹壕も防塁もない。馬鹿正直に攻めれば、集中砲火を喰らうことは自明だ。
となれば、俺たちはシリウスを盾にしながら進む他に選択肢は無い。
逆に、シリウスならば大抵の攻撃ではびくともしないだろう。連中の使ってくる兵器を観察するのにもちょうどいいのだ。
「K、そっちは分析を頼みたい。シリウスがいればあの手の陣を破壊することは難しくないかもしれんが、俺たちがいないときに対処できないのでは困るからな」
「成程……了解です」
Kの言葉に首肯を返し、視線を前へと向ける。
既に、目視でも悪魔たちの姿を確認できる状況だ。
慌ただしく動き回る奴らの陣地からは、見慣れぬ兵器の類がいくつも確認できる。
(できれば鹵獲しておきたいところだが……流石に、そうも言ってられんか)
もう少し余裕があれば奴らの兵器を回収したいところだが、その余裕があるかどうかは不明なところだ。
更に、そもそも鹵獲することによるメリットがどこまであるのかという疑問もある。
奴らがあんな場所に陣を敷いている時点で、破壊されることは前提のものだろう。
逆に言えば、喪失しても惜しくは無い兵器ばかりを用意している筈だ。
あれらを破壊、鹵獲したところで、エインセルにとってはまるで痛手にならないのだろう。
「……シリウス、そのまま前進だ」
「グルルッ」
アリスは侵入には成功した様子だが、まだ報告は来ていない。
あまり派手に破壊するとアリスの位置まで影響が出るかもしれないし、そこそこに攻撃することとしよう。
シリウスを先頭に、その後ろに隠れるようにしながら先へと進む。
戦車に歩兵が随行しているような様相ではあるが、シリウスは悪路も塹壕もまるで問題にならない。
その脅威を察知したのだろう、悪魔たちの戦意が一斉に高まる気配を感じた。
「そろそろ攻撃が来るぞ。K、そっちのパーティはシリウスへの援護を頼む」
「ええ、補助と回復はお任せを」
『キャメロット』のメンバーは、攻撃よりも援護を優先して貰った。
その仕事は、シリウスに対する魔法による支援である。
回復やバフの類はいつもルミナが行っていたが、その仕事を請け負って貰えるだけでもかなり助かるのだ。
ルミナがフリーになるだけで、攻撃の手はかなり増えるのだから。
『キャメロット』のメンバーたちが、シリウスにそれぞれ支援魔法を施し――エインセルの軍勢による攻撃が開始されたのは、その直後のことであった。
「グル……ッ!」
弾幕の如く降り注ぐ、いくつもの魔法や兵器による攻撃。
それらをまともに受けながら、しかしシリウスは煩わしそうに首を振るだけだ。
魔法攻撃は多少通るとはいえ、シリウスの防御能力からすれば微々たるダメージにしかなり得ない。
それらを正面から受け止めつつ、巨大な刃の龍は歩みを止めることなく進み続けた。
(あの兵器は……グレネードランチャーか。歩兵が使うには大型だな)
奥の方、防塁の奥に備えられている筒からは、小型の爆弾が放たれシリウスへと殺到している。
シリウスの鱗の上で爆発を巻き起こすが、生憎と鱗を焦がすことすらできていないようだ。
こちらは爆発こそ起こしているものの、炎属性の物理攻撃という扱いらしく、シリウスにはまるで効いている様子が無い。
俺たちの方に飛んでこない限りは無視しても問題はなさそうだ。
(ロケットランチャーの形式よりも小型化されているか。連射性能はなさそうだが、装填は簡単にできるようになっているから数秒で発射できると。一長一短だな)
固定砲台となる形式で、火力が抑えられた爆弾をばら撒けるのは果たして利点となるかどうか。
拠点防衛にはそれなりに使えるかもしれないが、果たしてどこまで効果があるかは疑問が残るところだ。
これまでの兵器からも想像できる範囲内、かつそれほど強力な兵器ではないとなると、やはり先程の考えは正しかったか。
「……射程には入ったか。シリウス、挨拶をしてやれ」
「グルァアッ!」
シリウスが大きく息を吸い、その体表をスパークする銀の魔力が駆けあがる。
それと共に膨れ上がった魔力の気配に、悪魔たちはすぐさま反応して塹壕、防塁へと身を隠した。
明らかに訓練された動きだ。末端の兵士であろうとも、そういった訓練、教育は施されているらしい。
正直、替えの利く末端の悪魔にまでそのような手間をかけているとは考えていなかった。
「放て!」
「ガアアアアアアアッ!!」
だが、果たしてその程度の防御で、シリウスの《ブラストブレス》を防ぎ切ることができるのか。
広範囲に拡散する衝撃波のブレスは、刃の魔力を伴いながら奴らの陣地へと殺到する。
まるで削岩機の如く削り取る、魔力と衝撃の奔流――悪魔たちの敷いていた陣地の外縁は、その破壊力に丸ごと飲み込まれた。
「……!?」
――故にこそ、俺は驚愕せずにはいられなかった。
ブレスに飲み込まれたはずの防塁と塹壕が、一部崩壊しているとはいえ形を保っていたことに。
地面ごと削り取り、捲り上げるシリウスのブレスを、ただ穴を掘り石を固めただけの地形で防ぎ切れる筈がない。
あの塹壕と防塁は、見た目通りのものではないということだ。
「K、あの塹壕とかはどう作ってるか分かるか?」
「今の攻撃を受けて無事というのは信じがたいですが……恐らくは、地属性の魔法によるものでしょう。詳しくは分析しない限りは分かりません」
「建築技術か……どんな引き出しがあるのか分からんな、エインセルは」
シリウスの攻撃を耐えられる建築を簡単に作れるなど、冗談ではない。
今のシリウスのブレスを不完全とはいえ防ぎ切れたのだ、その秘密を解明できなければこちらとしても都合が悪い。
まさかエインセルは、それすらも出し惜しみする必要は無いと考えたのだろうか。
――思わず苦い表情で沈黙する俺の耳に、ふと響いたのはメールの着信音であった。
「アリスか、向こうに何があったのか――」
通話ではなくメールで連絡してきたということは、声を出さず即座に伝えたいことがあったということだろう。
すぐさまメールを開いて確認し――俺は、舌打ちを零していた。
そこに映し出されていたのは、俺の危惧していた光景の一つであったが故に。
(迫撃砲があったのは予想通りだからまあいい。問題は、それ以外の設置物だ)
それは、上下左右に角度を変える機構を持った砲であった。
口径は決して大きくは無いが、だからこそその形状には見覚えがある。
あれは高角砲――つまりは地対空攻撃のための兵器だ。
連中は、空中から攻撃を受けることを想定し、その対策まで持ち出してきたということである。
これでどんな砲弾を撃ち出すのかは分からないが、やはり上空からの攻撃はむしろこちらが危険であるということが判明してしまった。
「リスキーだが……やるしかないか」
ブレスを受けた悪魔たちは、体勢を整えつつある。
上空からの攻撃を封じられた以上、多少は無理をしなければ遅々とした歩みになってしまうだろう。
奴らが持ち出してくる兵器を確認したくはあるが、様子見が過ぎるのも危険だと考えるべきだ。
ならば――
「シリウス、進め。俺も前に出る」
餓狼丸の切っ先を持ち上げ、体勢を低く地を踏みしめて――俺は、そう宣言した。