809:仮の鞘
あの後、炎の精霊の助言通りに溶岩溜まり近くの採掘ポイントを調べ、三つ目でようやく『炎王結晶』の採取に成功した。
まあ、一応予備を確保しておくためにあと二つほど調べたところ、普通に二個ぐらい手に入ったのだが。
何ともいたたまれない気分ではあったものの、手に入った以上は暑苦しい火山で活動する理由もない。
そのため、俺たちはとっととスクロールを利用し、デュオーヌの地下街へと帰還を果たしていた。
「それで見つけてきたのがこれってわけかい」
俺たちの持ち帰った素材を見て、呆れた表情を浮かべているのはジョルトである。
『炎王結晶』についてはともかく、『炎の精霊石』についてはそれを目にしてしばし硬直していたほどだ。
しかし、これが別物であるということは無い。きちんとスキルで確認し、名前が精霊石になっていることは見ているのだ。
アリスのスキルは《看破》系統であるため、高度に偽装された偽物ということもあり得ないだろう。
そもそも、あの流れで精霊が偽物を渡してくるとも思えないしな。
「何かおかしかったか? 精霊石であることは確認したが」
「いや、精霊石であることは間違いない。間違いないんじゃがな……」
何とも煮え切らない表情のジョルトに、思わず首を傾げる。
解説を求めてフィノの方へと視線を向けるが、生憎と彼女も状況はよく分かっていない様子だった。
どうやら、フィノにもこの素材は精霊石であると見えているらしい。
「なあお前さん、コイツをどこで手に入れてきたんじゃ?」
「赤龍王の火山にいた炎の精霊からだが……」
「何でそんな禁足地に平然と入り込んでるんじゃ」
最早呆れまで交え始めたジョルトの言葉に、緋真と顔を見合わせる。
あの火山がそのような扱いをされているとは知らなかった。
いや普通に考えれば、真龍の住まう土地に入り込むこと自体が暴挙であると言われれば否定はできないのだが。
「コイツは確かに精霊石じゃが、込められた魔力の強さが桁違い――いわば、大精霊石とでも呼ぶべき存在じゃ。今の小娘には手に余る代物じゃぞ」
「んー……確かに。まだ、これの加工は難しいかも」
「というか、こんなものを鞘に使うこと自体が勿体ないんじゃが……お主らが使う以上は仕方のない話か」
ジョルトとしては、本当なら武器に使いたいところなのだろう。
鍛冶の加工でなかったとしても、木工やその他で杖を作るなどすればかなり強力な武装になりそうだ。
だが、生憎と俺たちが求めているのは篝神楽の鞘である。他の用途に使用しても、その方が手に余るというものだ。
「とりあえず、こちらの『炎王結晶』で鞘を作る分には問題あるまい。その結晶を使う部分以外は既に作ってあるんでな、そう時間もかからず造れるじゃろうよ」
「というわけで、作業してくる」
予想外の要素はあったものの、当初の目的自体は達成できるようだ。
持ち込んだ素材の中から結晶だけ回収したフィノは、そのまま作業場の方へと持ち込み手を動かし始めた。
その背中を見送ったのち、改めてジョルトへと声をかける。
「それで、フィノはどんな調子だ?」
「うむ、優秀じゃな。何より意欲があるのがいい。本気で取り組んでいるからこそ、上達も早いというものよ」
この世界においては、努力がスキルレベルという形で可視化される。それは、継続に於いて分かりやすい助けとなるものだ。
尤も、それが正しい努力であるかどうかは分からないのだが、こうした指導者がいればその心配もないだろう。
フィノは元々かなり熱意のある方だったし、指導者との相性も良ければメキメキと伸びる筈だ。
「それなら、こっちの精霊石を使ったバージョンも遠からず作れるようになると考えていいか?」
「さて、それは小娘次第じゃの。本気でやれば、遠からず手は届くじゃろうて」
その口ぶりからだけでは、どの程度期待できるのかはよく分からない。
だが、できれば次の大公との戦いまでには何とかしたいところだ。
エルダードラゴンの力を用いた篭手を含め、万全の態勢を整えておきたいところである。
大公のことを思い出し、ふと先ほど聞いた精霊の言葉が脳裏に浮かぶ。
この地妖族の老人はかなり物知りではあるが、果たしてその情報はあるだろうか。
「なあジョルト、アンタは精霊のことには詳しいのか?」
「精霊? それはどちらかというと森人族の領分じゃ。儂はその素材のこと程度じゃぞ?」
「いや、一般的なことでいいんだがな。精霊王について何か知らないかと思って」
あの炎の精霊が口にしていた王とやらは、恐らく精霊王のことを指しているのだろう。
精霊が言うには、王の盟友が姿を消した――そしてその盟友とやらは、悪魔の頂点の一角を討った剣士であるという。
その表現の具体的な内容までは分からなかったが、頂点というからには公爵か大公であると思われる。
もしそれを確認できたとしたら、かなりの朗報だ。仮に大公に関する情報であったとしたら、不明であった一体を気にする必要が無くなるのだから。
「精霊王なぁ……東の大陸に住まうということぐらいしか知らんぞ。それこそ精霊たちにとっては神に近しい存在であり、真龍たちにとっての金龍王のような存在じゃろう」
「東の大陸か……」
確認したいところではあるが、流石に今更東の大陸に向かうことはできない。
というか、未だに渡航手段について聞いたこともないのだ。
移動するのにもかなりの手間がかかることになるだろう。
「何なら、イリュートにでも話を聞いてくるか?」
「あの偏屈にか? 逸話的な内容については分かるかもしれないが、俺が知りたいのは今現在の話だからな……」
逸話について確認するなら、『MT探索会』にでも問い合わせれば済む話だ。
必要なのは、今現在の情報。その精霊王の盟友とやらが何者なのか、そしてどのように姿を消したのか。知るべき情報は、そこにあるのだから。
生憎と、ルミナもそういった情報を知っているわけではない。
精霊に近く、接触しやすい存在といえばエルダードラゴンもいるのだが、時の綻びに引きこもっている彼にそのような情報は仕入れられないだろう。
(……とりあえず、アルトリウスに話をしておくしかないか)
さて、クエスト関連でプレイヤーを焚きつけているあいつは、果たして今は何をしているのか。
順当にいけば『キャメロット』の底上げのためにティエルクレスに挑んでいるとも考えられるが、果たして直接接触できるのかどうか。
まあ、とりあえずはメールで質問でも投げておけばいいだろう。
もしも今まさにティエルクレスと戦っているような状況であったとしたら、通話による連絡は邪魔になってしまう。
重要な案件ではあるが緊急と言うほど急ぎでもないし、後で確認して貰えればいい。
メール機能を立ち上げて文面を考え、打ち込もうと指を動かし――そこで、こちらに近付いてくる気配に気が付いた。
「――クオン、ここにいるのね!」
「ああ、随分と急いでるな、エレノア」
バタバタと慌ただしい足音を立てながらやって来たのは、最近慌ただしく活動しているエレノアであった。
この地下街におけるクエストを確認、整理するだけでもかなりの重労働な筈なのだが、そのバイタリティ溢れる姿には一切の陰りが無い。
だが、そんな彼女も現在は随分と慌てている様子であった。
「いたわね。緊急事態よ、すぐに準備して」
「……状況は?」
わざわざ顔を出してまで連絡をしに来たということは、それだけ重要な案件ということだろう。
エレノアの表情からも、余裕が無い状況であることは察することができた。
率直に本題を問うた俺に対し、エレノアは息を整えながら声を上げる。
「エインセルが軍事行動を開始したわ」
「……!」
「標的となっている場所は現在の北端になっている都市――デルシェーラと戦った場所よ」
エレノアの言葉に、思わず息を呑む。
まさか、こんなにも早く行動を開始するとは思わなかったのだ。
「具体的な情報は……まだ、分かっていないか」
「ええ、情報は追って連絡するわ。あの街は損傷こそ少なかったとはいえ、まだ修復も終わっていないの。今のままでは防衛戦力が足りないわ」
「了解、すぐに向かおう。一応、アルトリウスにも連絡しておいてくれ――動けるかどうかは分からんがな」
「一部は動けるでしょう。彼が何の備えもしていないわけがないのだから」
エレノアの言葉に、それもそうかと頷き、場所を確認する。
どの程度敵が近付いてきているのかは分からないが、急ぐ必要があるだろう。
とはいえ――フィノの作業だけは、待たせて貰いたいが。
流石に数分で都市が落ちるとは思えないし、仮作りの鞘が完成したら向かうこととしよう。