806:赤龍王と炎の石
「さあ、準備はいいな!? 戦るぞ!」
「いや、待て待て! 今回俺たちは戦いに来たんじゃない!」
すっかりやる気満々な赤龍王に、手を振りながら何とかそう告げる。
この大怪獣、前回の戦いが消化不良に終わったから、何とか再戦しようとしているのだ。
こうなるから接触したくはなかったのだが、どうやらとっくの昔に察知されてしまっていたようだ。
粗暴な脳筋だと思っていたが、どうやら想像以上に魔法にも通じているらしい。
「あぁん? ここまで来たんなら戦う他にねぇだろうが!」
案の定、言葉での説得は赤龍王には通じそうにない。
戦おうと思えば戦えないわけではないのだが、今回は途中で止めてくれる金龍王の介入は無いだろうし、互いにギリギリまで戦闘を継続することになりかねない。
正直それは互いに不利益しかないのだが――それを言っても赤龍王には通じないだろう。
深く溜め息を吐き出して、俺はさっさと切り札を切ることとした。
「――時の綻びでの仕事で全力を出した直後なんだ。まだ消耗を補給しきれていないから、全力で戦うことはできん」
「……テメェ、あのクソ蟲と戦ったのか」
俺の言葉を耳にして、赤龍王は瞬時にクールダウンしつつ、低く唸るようにそう口にする。
遥か昔のことであるとはいえ、龍王ならばそのことを知っているのではないかと思っていたが、案の定だったようだ。
かつての龍王たちの半数が斃れた、凄惨な戦い。かの鎖された蟲、世界喰らいのラーネアは、真龍たちにとって宿敵であると言っても過言ではないだろう。
「足爪の一本を折るのが精一杯だった。あんなものが数えきれないほど存在するなど、考えたくもないな」
「それに関しちゃ同じ考えだな。本体もぶっ潰してやりてぇところだが、力が足りん」
腹立たしげに炎混じりの鼻息を吹きだす赤龍王は、どうやら鎖された蟲の眷属たちと戦ったことがあるようだ。
当然、エルダードラゴンとも顔見知りではあるのだろう。
その辺り、どうやって関わりを持っているのかは少々気になるが、詳しく聞いていると藪蛇になりかねない。
ここは、さっさと本題を切り出した方がいいだろう。
「今回はアイテムを探しに来たんだ。アンタの領域が、一番条件にあってそうだったからな」
「炎の属性の素材かァ? 何を探してやがる」
興味を失って放り出されることも期待したのだが、赤龍王は普通に問い返してきた。
こう聞かれると答えないわけにもいかず、俺は素直にその回答を口にする。
「『炎王結晶』か、『炎の精霊石』だ」
「何だ、石ころか? 精霊ならその辺にいるだろうから聞いてみればいい。結晶とやらは……いちいち名前は知らねぇが、結晶っぽいものなら近くにあるだろ」
何とも適当な回答であった。
とはいえ、それっぽいものや手がかりは近場にあるようで、それについては実に助かる。
耐熱のポーションを使っているとはいえ、暑いものは暑い。
この火山の中を長時間移動することは避けたかったのだ。
「だが、そんな石ころを何に使うつもりだ?」
「アンタの爪で作った武器をより強くするためだよ。鞘を作るのに必要なんだ」
赤龍王に対してそう告げつつ、緋真へと目配せする。
俺の視線を受けた緋真は、若干嫌そうな様子を見せつつも篝神楽を抜き、掲げてみせた。
刀としては一級品、赤龍王の爪が持つポテンシャルを十分に引き出すことができている。
それをさらに活かすことこそ、今回の目的なのだ。
緋真が掲げた篝神楽に、赤龍王は顔を寄せて観察する。
いかつい顔が近付いてくることに引いている様子ではあったものの、緋真は何とかそれに耐え、赤龍王に見えるように背伸びをした。
「ほぉう……俺の爪がこうなるとはな。だが、妙に小せぇな」
「それはそういう武器なんだよ。でかいのはまたそのうち作るが、まずはそれさ」
まあ、でかいと言っても大太刀であり、大剣などを作るつもりは無いのだが。
大きさはともかく、能力自体はフィノの完全解放を用いることで作り上げられた逸品だ。
それ自体については、どうやら不満は無かったらしい。
体を起こし、満足げに頷いた赤龍王の様子に、俺は軽く安堵の吐息を零した。
「いいだろう、俺様の爪をより強くするというなら、この辺りの探索を許してやる。配下共にも、それは伝えておこう」
「それはありがたい。ゆっくりと探させて貰うとするよ」
「だがその代わり、次に来た時は勝負するぞ。覚えておけよ」
交換条件として釘を刺され、思わず嘆息しながら頷く。
それを引き合いに出されてしまっては、頷くほかにないだろう。
今回の探索でできるだけ多く回収し、次に探索する機会をなるべく先にしなくては。
(戦い甲斐のある強敵、ではあるんだがな……程々で止められんのがな)
赤龍王と戦った場合、絶対に歯止めが利かなくなって殺し合いになる自信がある。
だからといって加減をできる相手でもないし、他の龍王に審判役にでも入って貰えなければ安心して戦えないのだ。
次に訪れる機会までには何とかしようと考えつつ、内心を隠しながら赤龍王へと告げる。
「それじゃあ、元の場所に戻してくれ。探索してくるから」
「ああ……っと、そうだ、一つ言っておく。ババア――金龍王が何か企んでいるようだぞ?」
「うん? 金龍王が?」
「何をしているのかは知らねぇがな。お前ら異邦人とも接触していたようだが」
それは、先日アルトリウスが接触した時の話だろうか。
結局、具体的にどのような交渉を行ったのかまでは分からなかったが、その後も金龍王が動いているとなると何かしらあるように思える。
とはいえ、真龍たちの長たる彼女は一枚も二枚も上手だ。
アルトリウスに聞いたところで、果たして情報が入って来るかどうか。
「どんな企みがあるのかは分からねぇが、気を付けておくこったな」
「……忠告、感謝する。それじゃあな」
「おう、次に来るのを待ってるぜ?」
口元を歪めた赤龍王が、再び強力な魔力で魔法を発動する。
そして赤い光が迸ると共に、俺たちはいつの間にか元いた火口の入口へと戻されていた。
ひとまず安堵の吐息を零しつつ、再び火口を覗き込むように視線を巡らせる。
あるだろうとは言われたものの、果たしてどこに目的のアイテムが存在しているのやら。
「赤龍王が直接くれたら楽だったんですけどねぇ」
「そこまで行くと、見返りに勝負を挑まれかねんからな……今回はこれでいいさ。それより、どうやって探すかだな」
確認したところ、以前に挑戦した火口に降りていく飛び石の他に、外周をぐるりと回る道もあるようだ。
そちらは赤龍王の領域には到達できないようだが、火口に近付くことは可能であるらしい。
安全面からしても、こちらを探索していった方がいいだろう。
「とりあえず、この外周を辿りながら火口に向かって行くか。ルミナ、お前は精霊の気配を探ってくれ」
「はい。赤龍王の気配が強くて、近付かないと発見できないかもしれませんが……」
「龍王が相手じゃ仕方あるまいよ。見つけたら報告してくれればいい」
あの馬鹿魔力が相手では、精霊の魔力が霞んでしまうのも無理はない。
流石に接近すればルミナも気付けるだろうし、そこまでは足を使って地道に調べることとしよう。
探索の方針についてはこれで構わない。金龍王については、少々気になることもあるが――
(アルトリウスとの交渉、姫さんが真龍を得たこと……それらとも絡んでいるのかどうか。ドラグハルトに狙われていることは知っているだろうし、何か対策をしているのかね)
生憎と、その真意を確かめることはできない。
聞きに行ったところで、あの老獪な龍王がまともに答えるとも思えなかった。
気にはなるが、今は置いておくしかない。俺たちのやるべきことは、俺たち自身を強化することだ。
「真龍から喧嘩を売られることは無いだろうが、前もガーゴイルだのはいたからな。注意して進むぞ」
「はい、お父様」
「了解です」
火口へと向け、外周を歩き出す。
簡単に見つかってくれればよいのだが――さて、どうなることやら。