801:足爪の持つ力
俺の立てた仮説は一つ――それは、『一定以上の威力を持つ魔力攻撃を大幅に軽減する』という能力だ。
シリウスの《不毀の絶剣》が空間断裂のみ無効化されたこと、そして今のルミナの一撃がかなり減衰してしまったこと。
更に言うならば、一番最初にセイランが放った一撃があまりダメージを与えられていなかったこと。
これらの共通点は、そのどれもが魔法かMPをコストとして消費する類のスキルであるということだ。
具体的にどのような割合で軽減されているのかを計算したわけではないため確証はないが、まずはこの仮説を確認するべきだろう。
「正解だとしたら、どう対処したものか悩むんだがな……緋真、なるべく高威力の魔法を叩き込め!」
「っ……どうなりますかね、これは! 《オーバースペル》、【フレイムポイント】!」
緋真もいくつかの可能性を考えていたのか、渋い顔で指先を足爪へと向ける。
輝く紅の魔力が収束し――その指先から、深紅の光線が放たれた。
岩でも貫通する、高熱のレーザー。照射し続けることで継続的にダメージを与えられるそれは、単体への攻撃力という点ではトップクラスの魔法である。
威力を増し続けたその一撃を受け――しかし足爪は照射部分が僅かに赤熱する程度で、大きなダメージには繋がっていない様子だった。
「やはり、あまり効果は無いと来たか」
横に回り込むように移動して確認すると、緋真の放った光線は直撃する直前にその輝きが弱まっていることが分かった。
やはり、足爪の周りには妙なスキルが働いていて、それが攻撃の威力を減衰させているようだ。
(攻撃した時の抵抗感はMPを消費する《奪命剣》に反応したからか? だが、【咆風呪】には反応しない辺り、あまり威力の高くない攻撃は無視しているのか)
果たして、その判断はどのように行っているのか。
謎は多いが、その仕組みさえ分かれば大きなダメージを通すことも可能なのかもしれない。
たとえば、シリウスが《不毀の絶剣》を当てた時、空間の断裂は無効化されたが、魔力を纏っていた尾の一撃そのものは通じていた。
複数の攻撃を同時に軽減はできないのか、或いは――
「……とにかく、試すしかないか。《練命剣》、【練命専心】――【命輝練斬】」
HPの消耗が辛いが、ここは《練命剣》を主軸として戦うしかない。
《奪命剣》を組み合わせると、その分だけダメージを軽減されてしまう可能性がある。
逆に言えば、これまで使いづらかった【専心】のテクニックを使うチャンスでもあるのだが。
舌打ちしたくなる思いを抑えつつ、俺は足爪へと向けて地を蹴った。
どうやら、使い勝手のいい節足を使っての攻撃を優先しているようだが、全体を狙った疎らな攻撃であれば回避することは難しくない。
歩法――陽炎。
空を切る攻撃を横目に、更に前へ。
足爪の巨体を前にすると、まるでビルへと向けて刃を振るおうとしているかのような気分になるが、それに怯んでもいられない。
俺が接触する直前に飛来した矢は紅の刻印を更新し――その印を目がけて、餓狼丸の切っ先を突き出した。
斬法――剛の型、穿牙。
黄金に輝く餓狼丸の刀身は、輝く刻印の中心へと吸い込まれ、その光を纏いながら深く傷を穿つ。
その感触の中に抵抗は無い。どうやら、今の攻撃であれば軽減はされないようだ。
即座に刃を引き抜いて後退、地を叩く節足を躱しながら、足爪の持つ能力を考察する。
「つまるところ、【断魔鎧】を纏っているのと似たような状態ってわけだ」
常に魔力による攻撃を弾き続ける性質を持つ体――それが、足爪の正体だと思われる。
ただし、問題は威力を上げたからといってその防御を貫けるわけではなく、むしろよりダメージを軽減されてしまう点だ。
そうなると、消費した魔力に対してのリターンが少なすぎる。
大量の魔力を使う攻撃は、そのコストに対するメリットを得られない状況となっているのだ。
(鎖された蟲ラーネアは、この足爪を盾にでも使っていたのか? 面倒にも程がある能力だ)
かつてこれと戦った龍王たちに心底同情しながら、降り注いでくる節足の攻撃を受け流す。
ある程度方針は見えた。だが、それでも明確な方法は見えてこない。
どんなプレイヤーにしても、大きな火力を発揮するためには相応の魔力を消費する必要があるのだ。
それを封じられてしまえば、こちらにはこいつを打倒する手が無くなってしまう。
(俺とて、《練命剣》だけで戦い続けられるわけじゃない。《奪命剣》を封じられれば、いずれはガス欠することになる)
斬法――剛の型、刹火。
横から薙ぎ払うように振るわれた節足を、節を捉える様に刃を振るう。
その一閃にて攻撃を斬り飛ばしながら、隙間を縫うように足爪へと接近した。
巨体が蠢き始めている。どうやら、再びこの巨大な体を使った攻撃を行うつもりのようだ。
「《奪命剣》、【命喰牙】」
懸念はあるが、専心を一時解除して、威力は微々たるものである【命喰牙】を動き出そうとする足爪へと叩き込む。
すると予想通り、僅かな抵抗感はあったものの、黒い短剣は足爪の表面へと突き刺さった。
やはり、魔力を持っていても威力の低い攻撃は素通りするようだ。
少しでも回復手段を確保しつつ、浮き上がる足爪から急いで後退する。
ビルのような、見上げるほどの巨体だ。その動きに巻き込まれただけで、人間など簡単に挽肉になることだろう。
(どう来る……!)
ふわりと上空に浮かび上がった足爪の巨体。
その鋭い切っ先が横向きに構えられたのを見て、俺は思わず舌打ちした。
――横薙ぎの広範囲攻撃。それは、俺たちにとって最も都合の悪い類の攻撃であった。
(上空へ――いや、軌道を変えられる。上への退避では間に合わない!)
今から上空に逃れようとした場合、セイランを呼び込み、更にアリスを回収してから飛翔する必要がある。
俺だけならばまだしも、アリスの回収まで含めては回避が間に合わないだろう。
しかも、あの爪は巨大だ。少し上向きに軌道を変えられれば、上に逃れたとしても攻撃は直撃してしまう。
ならば――
「シリウス、あの一撃を逸らせ!」
「――グルォオッ!!」
俺の言葉に一瞬驚いたらしいシリウスは、しかし確かな決意と共に前へと進み出た。
その体へと向けて【ファントムアーマー】を唱えながら、シリウスの斜め後方に立つ。
【ファントムアーマー】があれば、直撃時のダメージそのものは無効化できるだろう。
尤も、その後に継続的に受けるダメージは防げないため、到底無傷では済まないだろうが。
「《練命剣》、【練煌命刃】」
そして生命力を振り絞り、眩い黄金の刃を大上段に構える。
もしもシリウスが失敗して攻撃が直撃すれば、とてもではないが耐えきれないだろう。
尤も、HPが全快だったとしてもそれは耐えきれるものではないのだが。
「やることは単純だ。《不毀の絶剣》で下から掬い上げろ。タイミングを過たなければ、お前の力なら届くはずだ」
シリウスの空気からは、僅かな緊張が滲み出ている。
シリウスは、技術的な側面はまだまだ甘い部分がある。俺の剣の真似事はしていても、術理を理解して振るってはいない。
けれど――それを為そうとする気概があることを、俺は誰よりも熟知していた。
「俺たちの命をお前に預ける――来るぞ」
「グルルルル……ッ!」
銀の魔力が、弾けるように収束する。
空に浮かんだ曲がった円錐は、俺たちを轢き潰そうと大きく振るわれ、まるで壁が迫るようにこちらへと向かってくる。
その巨大な標的へ――俺とシリウスは、同時に地を蹴った。
「――ォオオッ!」
強く地を踏みしめ、前足を軸に全身を回転させながら放つ巨大な一閃。
空間を裂きながら駆けるそれは、地面スレスレを薙ごうとしていた足爪の一撃へと下から突き刺さり――
斬法――剛の型、刹火。
それと共に、俺は巨大な生命力の刃を、シリウスの一閃を逆になぞるようにして振り下ろした。