800:引き裂くもの
足爪に絡みついていた、触手のような節足。
無数に節があるが故に柔軟に動くそれは、鞭のようにしなりながら俺たちへと降り注いだ。
数を数えている暇もない、ただ大量にあるとしか言えないその攻撃。
舌打ちしたくなる心を抑えつつ、俺は即座に意識を集中させた。
久遠神通流合戦礼法――風の勢、白影。
視界がモノクロに染まり、降り注ぐ無数の攻撃がスローモーションなものへと変わる。
それらの攻撃は無秩序なものであるが故に、回避することは逆に難しい。
ならば、こちらに命中しそうなものを迎撃する他に道は無いだろう。
「《練命剣》、【命双刃】」
左手に生命力の刃を形成、降り注ぐ節足の鞭を見極める。
軌道からして、俺の体に命中しそうなものは三つ。十分に速度の乗ったそれは、直撃すれば容易に俺の体を引き裂くだろう。
そして鞭である以上、それを受け止めることも不可能だ。
故に――
斬法――柔の型、流水。
相手の攻撃の軌道に合わせ、刃を振るう。
刃の峰を合わせて互いを支え、切開し押し広げるように二撃の攻撃の軌道を逸らす。
しかし、その攻撃は異常に重く、その見た目の重量とは比較にならない衝撃に刃を取り落としそうになる。
直接触れる前から感じたこの衝撃は、先程足爪の本体を斬りつけた時と似た感触だった。
(何かを纏っている――重い、が!)
腕にかかった衝撃を足元まで受け流し、逆に力を伝えてその軌道を逸らす。
次いで、僅かに遅れていた最後の一つへと、【命双刃】の刃を盾にしながら餓狼丸の刃を叩きつけた。
強力極まりない鞭の一撃は【命双刃】を打ち砕くが、それでも僅かながらに速度を落とすことには成功し――横合いから叩き込んだ餓狼丸の一閃が、その軌道を横へと逸らした。
それと共に左足を後ろへ、半身となりながら攻撃を掻い潜り――そこで、白影を解除する。
「『生奪』……ッ!」
頭が茹で上がるような集中の中で、俺は即座に餓狼丸へと生命力を纏わせる。
謎多きこの怪物ではあるが、どう考えてもこの節足の方が爪本体よりも頑丈さでは劣るだろう。
地面を叩き、抉るように粉砕した節足の群れ、その最後に受け流した一本へと向け、俺は強く足を踏み込んだ。
斬法――剛の型、白輝。
閃光の如く打ち込まれる、餓狼丸の刃。
その一閃は、地面を叩いていた節足の節へと吸い込まれ、僅かな抵抗の後にそれを断ち斬っていた。
やはり奇妙な手応えはあるものの、それを断ち斬るには十分な威力であったようだ。
(本体より、こちらの方が破壊はし易いか……ならば!)
ダメージ量としては、本体も節足も変わらず、それほど多くは無い。
しかしながら、この節足を潰すことは、足爪の持つ攻撃手段を少しでも減らすことに繋がるのだ。
ならば、破壊にはまだ遠い本体より、この節足の破壊を優先するべきだろう。
「『生奪』」
斬法――剛の型、白輝・逆巻。
逆袈裟の一閃、その一太刀で節足をもう一本断ち斬りつつ、他の状況を確認する。
空でいち早く状況を確認していたルミナとセイランは退避したようだが、召喚した精霊と亡霊は少しだけ攻撃に巻き込まれたようだ。
緋真については俺と同じように対処したようで問題は無し。
アリスは――姿は見えないが、どうやらシリウスの背後まで退避して盾にしたようだ。
そしてシリウスだが、先程と同じく攻撃を受け止めたことで、再びMPを消費してしまったようだ。
(やはり、今の攻撃にもあの妙なスキルが使われていたか。攻撃にも防御にも使えるとは、何とも都合のいい能力だ)
厄介なのは、足爪の使っているこのスキルの性質を把握しきれていないことだ。
どのような仕組みで、シリウスにダメージを与えうるほどに攻撃力を増しているのか。
そして、どのようにして《不毀の絶剣》の魔力干渉を防いだのか。
アレを上手く突破する方法を見つけられなければ、この化け物を相手にはジリ貧となってしまうだろう。
「アリス、シリウスのMPは面倒を見ておいてくれ!」
こうもシリウスのMPを削り取ってくるとなると、消耗戦となってしまう可能性がある。
どれほど頑丈な体を持っていたとしても、それを上回る攻撃を受ければ倒されてしまうことは道理だ。
《不毀》のスキルを常に維持できるよう、注意して立ち回らなければならない。
解けた節足は、引き上げられて足爪の周囲で揺らめいている。
あれで自在に攻撃してくるとなると、迂闊に近付くことはできないだろう。
降ってくる攻撃を迎撃しながら戦う、ということも不可能ではないが、先程の感触からするとこちらが消耗する方が早そうだ。
であれば、もっと効率よく足爪の攻撃手段を削り取って行かなければなるまい。
「ルミナ、セイラン。お前たちは節足の破壊を優先しろ! 緋真もだ!」
「先生はどうするつもりですか?」
「奴の性質の正体を暴く、そうしなけりゃ勝ち目はない!」
現状、こちらにとって有利な要素は、奴が再生能力を持っていないという点だけだ。
このまま戦い続けても、奴の体力を削り切る前にこちらが押し潰されることになるだろう。
早急に奴の能力を解き明かし、有効な攻撃を発見しなければなるまい。
俺の作戦に頷いた緋真たちは、いったん距離を開いて節足の動きに警戒と対処を開始する。
俺の攻撃力ならば普通に断ち斬れる程度の耐久度、ならば緋真たちでも個々の破壊は十分に可能だろう。
ならば、こちらは――
「《奪命剣》、【咆風呪】!」
とにかく色々と手を尽くし、相手の性質を確認する。
まず放つのは、敵の防御力を無視する【咆風呪】。基本的に通じないことは無い攻撃であり、放たれた黒い風は足爪の巨体を包み込んでその生命力を吸い上げる。
敵のHP総量が多すぎるためそこまで通じているようには見えないが、やはりこのテクニックは普段通りに通用するようだ。
(こいつまで通用しなかったらどうしたもんかと思っていたが――)
ともあれ、【咆風呪】が通じることは朗報だ。
つまりは、防御無視の攻撃であれば通るということなのだから。
しかし、であれば何故《不毀の絶剣》は無効化されてしまったのか。
(《不毀の絶剣》は……確か防御無視だ。相手の防御力をそもそも参照していない)
防御力を減算して参照する防御貫通と、そもそも参照していない防御無視。
《不毀の絶剣》の場合、空間ごと相手を引き裂くため防御力は意味をなさない筈である。
つまり防御無視を無効化する能力であるなら、【咆風呪】も無効化されて然るべきなのだ。
ついでに言えば、《会心破断》も防御無視に分類される筈なので、これを無効化されていない時点で防御無視の無効化は候補から外れる。
「スキルによる現象の攻撃、武器での直接攻撃……そのどちらも無効化はされていない。なら、先程の現象は……」
再び、頭上で気配が蠢く。どうやら、節足を用いた攻撃を行おうとしているようだ。
距離を置いたルミナは複数体の精霊を用いた複合魔法を準備、現在の限界である五騎での魔法が発動する。
形成された魔法陣の中央にはルミナの刀。彼女がそれを引き抜くと共に、刃には太陽よりも眩く輝く光が灯される。
体勢を低く構えたルミナは、節足が振り下ろされるその瞬間に、輪旋の如く刃を振り抜き――閃光が、迸った。
「……!」
空を一文字に斬り開く、光の魔法。
それはまさに振り下ろされようとしていた節足へと直撃し――その一部だけが、千切れ飛んだ。
「何だと……!?」
今の魔法は、刻印こそ使っていなかったものの、あの節足を斬るには十分な威力があったはずだ。
しかし千切れたのは、上手い具合に節を捉えることができた一部だけ。
それ以外は高い威力によって弾かれたものの、破壊することは叶わなかった。
耳に届いたのは、先ほど聞こえたハウリングのような、不快な音だけだ。
(今のも、《不毀の絶剣》の時の現象に近い。斬撃だからか? いや、それなら俺の攻撃も同じ筈だ。ならば――)
可能性は思い至った、しかし確証はない。
そして、もしもその仮説が正しいとするならば――
「……手詰まりに近いぞ、コイツは」
――戦慄と共に、俺はそう呟いていた。