797:猛る雷
強化されたテイムモンスターたちの力を確かめるタイミングは、程なくして訪れた。
元より、このエリアは敵に事欠かない。鎖された蟲の眷属は、幾らでも存在しているのだから。
少し進んだところでこちらの気配を捉えた蟲達は、すぐさま大軍を成してこちらへと向かってきた。
とりあえず、先兵のように現れているのはいつも通りの残骸と末端。
HP吸収の性質は厄介ではあるが、それ以外については既に慣れてきているし、苦戦するほどの相手ではない。
新たな種類が出現するとなると注意が必要だが、とりあえず現段階では問題無さそうだ。
「さて……早速見せてくれ、セイラン」
「クェエエッ!」
テイムモンスターたちの強化された能力を見るにはちょうどいい実験台。
その先陣を切るのは、《一番槍》のスキルによって初撃を強化されたセイランだ。
勇ましい鳴き声を上げたセイランは大きく空へと舞い上がり――その翼が、紫電の雷光に包まれる。
それはまるで、雷そのものが翼と化したかのような姿であった。
「あれが《帯電》の進化、《雷電降臨》か」
仰々しい名前だとは思ったが、それに相応しいだけの威容ではあるだろう。
雷そのものを翼と化したセイランは、その輝きを全身に伝播させながら、凄まじい速さで飛翔を開始する。
それは、その身そのものを雷と化したかのように。雷の閃光のみをその場に残し、目にも止まらぬ速さで蟲達の元へと突撃したのだ。
辛うじて見えたのは、雷の尾を引くセイランの爪が、鎖された蟲の群れを薙ぎ払った姿。
《一番槍》のスキルによって強化されたその初撃は、群れていた敵たちをまとめて消し飛ばしたのだった。
「今の移動が《轟雷疾駆》ですか?」
「あれは乗っていられなさそうね」
「流石に騎乗中は勘弁してほしいところではあるな」
雷と化しながらの移動、《轟雷疾駆》。そのスピードすらも上乗せした《一番槍》の一撃は、残骸や末端を消し飛ばすには十分すぎる威力だったようだ。
俺がセイランに与えた二つ名は『嚆矢嵐征』、元となった四字熟語の嚆矢濫觴は、物事の始まりを示す意味合いを持つ。
戦の始まりである鏑矢と、水の流れの源泉を示す濫觴。あらゆる事象の起こり、始まり――誰よりも早く、勇敢に戦場を駆けるセイランに、その名は相応しいものだった。
果たして、その意味を汲んで《一番槍》のスキルが与えられたのかは分からないが、その力は十分に強力な様子であった。
「ではお父様、私も行ってきます」
「ああ。だが、ここでは《神霊化》は使うなよ?」
「はい、あれはいざという時の切り札ですから」
微笑みながら光の翼を羽ばたかせたルミナは、軽やかに空中へと舞い上がる。
スピードではセイランの方が早いが、細かな制動については間違いなくルミナに分があった。
《戦乙女の神翼》は、名前からして最上位にまで到達したスキルだろう。
その機動力は非常に高く、空中での動きは自由自在と呼んでも過言ではないだろう。
しかも――
「《精霊召喚》……いや、《戦乙女の騎行》にも機動力が反映されるか」
「召喚した精霊たちの動き、殆どルミナちゃんと遜色ないですね。単純なスピードだけじゃなくて、武器を使った戦い方も」
「今発動したバフが《女神の霊核》? 召喚精霊にも同じバフが適用されたみたいだけど」
「一人で小隊以上の働きができるのは十分すぎるな」
本人を含めて、十三騎の戦乙女たちによる集団戦闘。
武器と魔法による攻撃は対応力に長け、その出力も十分すぎるほどに高い。
MP消費の軽減スキルも得たことで継戦能力も伸び、単騎での戦闘能力はある意味シリウスに匹敵するレベルに到達していることだろう。
感心しながら見上げていた俺たちの視線の先で、ルミナと召喚精霊たちは、連携して動きながら空中に魔法陣を描き始めた。
「……成程、新しい呪文ってのはそういうことか」
「召喚した精霊と連携して唱える呪文、ですかね? それはプレイヤーには使えませんね」
《神域の智慧》にて得た新たな呪文。それはルミナ単独で唱えるものではなく、召喚した精霊たちと協力して構築するものだったようだ。
ルミナを含めた三騎の精霊たちは、刃の切っ先で中空に光の線を描き、魔法陣を構築する。
その動きに淀みは無く、まるで空中で踊っているかのような姿であった。
そうして完成した魔法陣は、まるで刻印を使用した時のような巨大さ。それを前にルミナが手を掲げると同時、魔法陣から上空へと向けて放たれた光は、幾条もの光の雨となって魔物の群れへと降り注いだ。
(あれだけの数の攻撃を、全て制御しているのか)
驚くべきは、その制御力だろう。
恐らくは制御に専念していると思われる二体の精霊の力により、降り注いだ魔法は余すことなく鎖された蟲達を貫いて行ったのだ。
しかも、空を舞う精霊たちやセイランはきっちりと避けたうえで、である。
複数人で扱う魔法だからこその性質だと言えるだろう。
これなら、混戦の状況だとしても大規模な魔法を扱うことができるだろう。
ルミナに与えた二つ名は『破邪剣精』、言うまでもないが破邪顕正のもじりである。
不正を糾し、正道を示す。邪悪を打ち破るその在り方は、光の精霊たるルミナに相応しいものだ。
純粋に能力を高めることによって万能の域にまで到達したルミナは、たとえ神話の怪物が相手だとしても、その末端相手に後れを取ることはあり得ないだろう。
「グルル……」
「不満かもしれんが、あの域に到達するにはまだまだ修行が必要だぞ、シリウス」
「グルッ」
不満そうに唸り声を上げるシリウスではあるが、今回のレベルアップでは防御面が更に強化されている。
MPの回復上限を超えて魔力を蓄積できるようになったおかげで、《不毀》による堅牢さはさらに増しているのだ。
たった一体で、難攻不落の城塞と化していることだろう。
とはいえ、回復上限を超えた蓄積は自然回復以外では行うことができない。
普段から、MPは上限まで回復させておく必要があるだろう。
「お前があの領域まで達したら、その時こそ剣龍王の名を名乗らせてやることができるかもしれん。それまで、十分に修練に励むことだ」
「グルルッ!」
気合十分で鼻息を吹きだしたシリウスは、早速新たな獲物を狩ろうと身を乗り出す。
ここまではルミナとセイランの新たな力を確認していたが、そろそろ俺たちも仕事をするべきだろう。
強大な火力によって薙ぎ払われたとはいえ、あの魔物たちはまだまだ存在しているのだから。
「よし、俺たちも働くか。あいつらだけに任せるわけにもいかんからな」
「今のところ、新しい種類は出現していないみたいね」
「だが、いつ出てくるかは分からんからな。油断はするなよ」
残骸と末端、そして瀉血は間違いなく大した相手ではない。
鎖された蟲に迫って行けば行くほど、より強力で危険な種別が出現し始めると考えられる。
いくらルミナたちの力が増したと言っても、油断できるような相手ではないのだ。
エルダードラゴンからの仕事はできるところまでやるつもりであるとはいえ、引き際は誤らないようにしなければならないだろう。
(所詮は毛筋の端っこ、切れ端の切れ端でしかない。たとえシリウスが龍王の位に辿り着いたとしても、本体とは戦えるものではないだろう)
当時の龍王たちですら封印が精一杯だったのだから、今の俺たちに勝てる道理はない。
果たして、鎖された蟲の何処までと戦うことができるのか――それは、慎重に見極めなければならないだろう。
餓狼丸を抜き放ち、魔法とスキルによってその鋭さを高めながら、光の雨が降り注ぐ戦場へ。
まるで俺たちには当たる様子のない魔法の数々に感嘆しながら、魔法が掠めて動きを鈍らせた末端を両断する。
今回は消費を気にせずに使用しているからこその火力だが、多少控えめにしたとしてもある程度は余裕で対処できてしまうだろう。
「……もう少し、先まで踏み込んでみるとするか」
果たして、それでどのような個体が出現するのか。
楽しみではあるものの、やはりあの瞳から来る嫌悪感を拭うことはできなかった。