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790:狭間の領域












 薄暗い森の中、暗闇に慣れていた目が光に照らされ、思わず眼を閉じる。

 その瞬間、俺は明らかに空気が変わったことに気が付いた。

 あの閉塞された空間とは明らかに違う、空気が流れている気配。

 光に慣らしながら目を開き――思わず、絶句する。



「ここは……」



 雨の音が消えている。聳える木々の隙間からは、暖かな木漏れ日が舞い降りていた。

 急に雨が止んだわけではない。ここは、先程までとは明らかに別のエリアだ。

 雨やぬかるんだ地面は消え、また周囲に存在していた動物たちの気配すらも消え去っている。

 先ほどよりも、明らかに過ごしやすく安定した気候。しかしながら、異質さという点においては、先程のエリアよりもこちらの方が大きかった。



「……何、なんですかね、これ。何か、違和感が」

「やっぱり、マップが開かないわね。エリア名すら表示されないし」



 ここに入る直前と同じく、マップを表示することはできない。

 振り返って見てみれば、先程入ってきた洞はまだ開いていた。

 どうやら、元のマップと自由に行き来することは可能であるらしい。



「時空の精霊と接触することで入れるようになる領域、か。明らかに特殊なエリアだな」



 俺の言葉に、周囲を見渡していたルミナがこくりと頷く。

 どうやら、何かしらの心当たりがあるらしい。

 促してみれば、ルミナは真剣な表情で声を上げた。



「恐らくですが、ここは『時の綻び』と呼ばれる領域だと思われます」

「時の綻び? 時空属性に関連していそうではあるが、またけったいな名前だな」

妖精郷ティルナノーグと同じく位相の異なる領域ではありますが、そこはもっと不安定で危険な領域だと聞いています」

「危険、ねぇ。またけったいな場所に案内してくれたもんだな、あの砂時計」



 あの時空の精霊に人間の感性に近い感情があるのかは分からないが、一体何を考えてここに案内したのか。

 しかし、そのような場所に案内したからには、何かしらの目的があるとも考えられる。

 説明が欲しいところだが、あの様子では望み薄だろう。



「森の中の割に、道だけははっきりしてるのが救いだな。マップが開けない状況で、当てもなく進んでいたら帰ってこられなくなる」

「さっきまで道なき道を進んでいましたからね……それはそれで、何か誘われているようで嫌ですけど」



 前方には明らかに、木々が避けて草もあまり生えていない道が続いている。

 森の中に入ることも可能だろうが、マップが無ければこの場所に戻ってくることは困難――というより、俺でも不可能に近い。

 ここは素直に、敷かれている道を進んでいくべきだろう。



「それでルミナ、ここが危険だって話だが、どんな危険があるんだ?」

「それは……分かりません。具体的な話は、私も知らないのです」

「なら、何で危険だって知っていたのかしら?」

「生まれたばかりの幼い妖精たちは言い聞かせられているんです。『禁忌を犯した精霊は、時の綻びに捨てられてしまう』と。妖精たちは悪戯はしても、定められた禁忌だけは絶対に犯しません。そうすれば、本当に追放されてしまうと知っているからです」



 ルミナが緊張した様子であるのは、ここがその精霊たちの流刑地であると思われるからか。

 ここに追放されたわけではないが、そのような場所に足を踏み入れれば恐怖を覚えるのも無理はないだろう。

 しかし、それはそれで気になることがある。一体、どのような経緯でこのエリアが生まれたのかということだ。



「そんな言い伝えができるぐらいなら、何かしら事件があったってことなんだろう? それは何か伝わっていないのか?」

「詳細は私にもわかりません。ですが……時の綻びには恐ろしい怪物が封じられていて、捨てられた精霊はその怪物に食べられてしまうのだと言い聞かせられます」



 その子供向けの寝物語をどこまで信用すべきなのかは分からないが、一部には真実が含まれている可能性が高い。

 妖精や精霊の口伝に伝えられる怪物。果たして、それはどのような存在なのか。

 生憎、ルミナもそれ以上の情報は知らない様子であったが――これについては、警戒しておくべきだろう。



「あの時空の精霊は、敵意を以て俺たちを招き入れたわけではないんだろう?」

「そう、ですね。その通りです。具体的な内容までは分かりませんでしたが、少なくとも敵意はありませんでした」

「協力を求めているのか、他に何かここに入る必要があったのか――分からんが、接触が無いなら進んでみるしかないだろうな」



 幸い、道は先ほどよりも遥かに進みやすい。

 周囲も明るく、進む分にはまるで問題は無かった。

 まあ、進みやすいだけで道はそれなりに入り組んでおり、いくつか分かれ道も存在しているようだったが。



(これは、目印を付けておかんとどっちにしろ迷いそうだな)



 一応確認してみたが、どうやら帰還のスクロールは発動可能であるらしい。

 こんな特殊なエリアからも戻れるのはどんな仕組みなのかと思ってしまうが、便利である分には問題ない。

 どうしようもないほど遭難してしまったら、スクロールを使って戻ることとしよう。



「その伝承もどこに真実があるのか分からんな。精霊の流刑地であるという割には、その精霊たちの姿は見当たらんし」

「や、やはり怪物に食べられてしまったのでしょうか……?」

「その怪物ってのもな、本当に存在しているのかどうか――」



 ――刹那、木々の間から急速にこちらへと突進してきた気配へと、餓狼丸の刃を抜き放つ。

 腕に響く重い衝撃。肉のような湿った感触でありながら、その身はかなり硬く頑丈であった。

 完全に斬ることはできず、逸らすことが精々。それでも確かに傷をつけた感触を感じ取りつつ、背後の木へと叩き付けたその姿を確認した。



「……ッ!?」



 端的に言えば、茶色の球体だろう。

 虫のような節くれだった足が幾本も折り重なり、球形を成したかのような姿――しかしその身は甲殻ではなく、肉感のある物質で構成されている。

 一言で言えば、壺のような形をした肉の塊であった。

 言い知れぬ不気味さは、アルフィニールの融合悪魔に近いものがある。

 だが、これはそれよりも――より強く、不快感を覚える存在であった。



「――【オリハルコンエッジ】、【オリハルコンスキン】、【武具神霊召喚】」



 理由の見当たらない強烈な不快感。それは、部屋の中で害虫を見つけた時の感覚にも似ている。

 先日覚えたばかりの呪文で強化を施した俺は、すぐさま木に衝突していた化け物へと肉薄した。

 虫とも肉の塊とも取れるような、奇妙な化け物。バスケットボール大のその体へと向け、餓狼丸の刃を振り下ろす。


 斬法――剛の型、中天。



「『生奪』!」



 正体は不明だが、絶対にロクな生き物ではない。

 その確信と共に振り下ろした餓狼丸の一閃は、再び浮き上がった化け物の体の正面を捉え――壺のような形状、その闇の中にあった三つの瞳と目が合った。



「ッ……!」



 再び沸き上がった嫌悪感に動揺しかけるも、刃を止めることはない。

 振り下ろした金と黒の一閃は、赤茶色の肉の塊を真っ二つに斬り裂いて見せた。

 一瞬だけ宙に浮かび上がっていた化け物は、二つに割れると共に地面へと落下し、そのまま赤黒い煙となって消滅する。

 その消え方は、悪魔とも異なる奇妙な様相であった。



「……何だ、今のは?」



 思わず零したその言葉に答える声は無い。

 この場にいる全員が、今の怪物の姿に絶句していたのだ。

 悪魔であれば、まだ理解はできる。だが、今出会ったこれは、まるでティエルクレスの記憶の中にあったような――



(あれともまた違う存在だろうが、これまでの常識で測れないような化け物か)



 もしも精霊たちがわざわざこんな領域を作ってまで封印したというのなら、よほど厄介な性質を持っていたと考えられる。

 どうやら、先程から考えていた以上に危険な土地であったようだ。



「注意しろ、まだ来るぞ……それも、かなりの数だ」

「リンクしてるっぽいですね。しかもかなりの広範囲。ヤバいですよ、これ」



 苦虫を嚙み潰したような表情で、周囲の気配を探った緋真は呟く。

 時の綻びに封ぜられた怪物。その性質は、ここから嫌というほど味わうことになりそうだ。

 思わず舌打ちを零しつつ、向かってくる気配へと迎撃態勢を整えたのだった。











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― 新着の感想 ―
[一言] またまたSAN値チェックの入りそうな敵対生物?が しかも数が多そう・・・・・・ ティエルクレスやアルフィニールで慣れたのか冷静に対処してますが、果たしてどうなることやら? とりあえず殲滅す…
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