786:商会の介入
「ありがたいと言えばありがたいけど、中々扱いに困る話を持ってきてくれたわね」
「礼には及ばんぞ」
曖昧な表情を浮かべていたエレノアへと向けてそう返せば、彼女はじろりと半眼を向けてきた。
拡張地区護衛の仕事の後、俺たちが報告のために中央の講堂へ向かったところ、そこには既に彼女が到着していたのだ。
護衛の仕事にそこそこ長い時間拘束されていたとはいえ、即断でここまで来なければこのタイミングには間に合わないだろう。
今はやることも多いだろうに、相変わらず判断が速いことだ。
「それで、交渉はもう終わらせたのか?」
「ええ、貴方から話は聞いていたから、準備はしてきたしね。それに、思わぬ援護射撃もあったことだし」
何やら苦笑を浮かべつつ、エレノアはちらりと視線を横に向ける。
そちらには、ジョルトの前に正座をしながら並ぶ地妖族の集団の姿があった。
言わずもがなであるが、現場監督を始めとした、拡張地区で工事を行っていた者達である。
速攻で仕事を終わらせた彼らは、その足で講堂まで突撃し、交渉を行っていたイリュートとジョルトに直談判をしたのだ。
「お陰で、彼らが求めているものが良く分かったわ」
「お前な、俺まで交渉材料にしたんじゃないだろうな?」
「流石に直接素材を提供しろとは言わないわよ。フィノが保管している分と、後はある程度素材は手に入りやすいって話だけよ。だって、他のところには基本的に渡していないでしょう?」
「……まあ、それはそうだが」
手に入ったシリウスの鱗などは、基本的に『エレノア商会』に卸すようにしている。
他に渡したところで上手くは扱えないだろうし、値段的にもその方が理想的なのだ。
実際、他のところでシリウスの素材が手に入ることは殆ど無いだろう。
まあ、結果として交渉の邪魔をされたイリュートには同情せざるを得ないが。
「とはいえ、別に法外な交渉をしたわけじゃないだろう?」
「それはまあ、いつものことね。勿論、こちらが舐められるような真似もしていないけど」
「優しいな。舐められた上でひっくり返すことだってできただろう?」
「別にそれでも構わなかったけど……毒気は抜かれたし、他のメンバーのことを考えるとね」
イリュートの高圧的な態度には思うところはあったものの、その辺りは多少我慢したということか。
あまり確執を残しても、クエストを受けに来る他のクランメンバーの邪魔となってしまう。
その辺りの落とし所を決めるのは、エレノアの得意とするところだろう。
「それで、クエストの方はどんなもんだ?」
「まず、全体のクエストとして街の支援。これは貢献度に合わせてアイテムを手に入れられたり、サービスを受けられるようになるものね。貴方も多少は手に入ったでしょう?」
「ああ、ポイント制のようだったが、最初はポーションとかそんなもんだったぞ」
拡張地区の護衛では、それなりにポイントが手に入った。
まあ、あれだけ拘束時間の長い仕事なのだから、それなりに多くなければ困るというものだが。
とはいえ、手に入ったのは高品質ながらありふれたポーションの類。
可能であれば、もうちょっと珍しいものが欲しかったところだ。
「貴方が受けたように、その全体クエストとなる支援のポイントを、個別のクエストで溜めていくことになるみたいね」
「となると、それなりに時間はかかりそうだな」
「ええ、そうでしょうね。でも、数多くのプレイヤーが参加可能で、スキル経験値の効率もかなり高めだわ。生産系のプレイヤーにとっては、理想的なレベリング場所ね」
やはりここは、『エレノア商会』にとっては都合のいいエリアだったようだ。
しかし、全てにおいて問題が無いというわけではない。
何しろ、ここには悪魔の襲撃に備えるという前提があるのだから。
「だが、入場に制限はかけられたんだろう?」
「外から入ってくる分にはね。一度入ってしまえば転移は可能だから、その最初の入場だけ制限すれば何とかなるわ」
「一見お断りとは、高級なクエストだな」
俺のコメントに、エレノアは皮肉ったように肩を竦める。
入場の制限についてはエレノアが握っている。この街に関する情報は他にはわたっていないし、しばらくは『エレノア商会』専用のクエストになるわけだ。
まあ、プレイヤーが集まって制御できなくなるよりは、その方がよほど安全だろう。
商会のメンバーならば箝口令にもきちんと従うだろうし、問題は無いはずだ。
「それで、最初のメンバーは?」
「何人かは集めてきているわ。フィノもいるわよ」
「近場で待機させておいたのか……」
「外には坑道も小屋もあるのだから、隠れる分には問題ないでしょう」
自分だけしか入れないという話を受けてもその対応なのだから、実に強かである。
まあ、交渉は成功させたのだから問題は無いのだろう。
ともあれ、引継ぎは十分に済んだ。後はエレノアたちの仕事となるだろう。
「問題が無いのであれば、俺たちはそろそろ先に進むが……」
「大丈夫よ、こっちはこっちで上手くやるわ。貴方たちの方も気を付けて」
「分かってるさ。アルトリウスへの報告はそっちに任せる」
発見したのは俺たちだが、詳しく調査するのはエレノアたちになるだろう。
別に、その発見程度のはした金など、俺たちは別に求めてはいない。
その辺りはまとめて、エレノアにやって貰えばいいだろう。
「ああ、そうだ。フィノには『期待している』と伝えておいてくれるか?」
「別にいいけど、そのぐらいなら直接言えばいいじゃない」
「向こうもやりたいことは多いだろうからな、時間を取る必要もなかろうよ」
「全く……まあいいわ。知らせてくれてありがとうね、クオン」
素直に礼を言ってくるエレノアの言葉に頷き、踵を返す。
思いがけない出会いとなったが、『エレノア商会』の強化に繋がるならば悪いものではなかっただろう。
彼女たちはこの都市で可能な限り鍛えて貰うとして――後は、俺たち自身が鍛え上げなければ。
「よし、話は済んだ。出発するぞ」
「もういいんですか?」
「俺たちがここにいても、あまりやることは無いだろうからな。どちらかといえば、アリスは生産系スキルもあるし、やれることはあるかもしれんが」
「別に構わないわよ。毒作りは私の強化にしかならないでしょうから」
確かに、アリス一人だけの強化に時間を使っては、勿体ないということも納得できる。
アリスがそう判断したのなら、こちらとしても否定する理由は無い。
もし必要となったらここに戻ってくればいいし、今回は先を急ぐこととしよう。
* * * * *
地下都市を抜けて再び地上に戻り、北上を続けることにする。
地上に戻る際中には商会のメンバーとは出会わなかったが、どうせ坑道の内部を探索していたのだろう。
あの坑道の中はそれなりにいいものが採掘できそうだし、商会の連中なら喜び勇んで探索していることだろう。
商会のメンバーのことだし、あの街そのものすらも改造してしまいそうな気もするが、その辺は任せておけばいいだろう。
「この辺り、ずっと天気が良くないですね」
「山の中ってわけじゃないし、そうそう天気が変わるもんでもないだろう」
しばらく前から曇天続きの道行きだったが、この辺りに至って更に雲が厚くなってきたように思える。
この調子だと、しばらくしたら雨が降ってきそうだ。
雲の上まで飛んでしまえば天気も関係なくなるかもしれないが、そうすると地上の様子を確認できない。
このまま天気が悪化しなければいいのだが――そんな懸念を抱きながらマップを開くと、北西方面に森林地帯が広がっている様子が見て取れた。
「かなり広い森林だな。当てもなく探索するのは厳しそうだが……こうも広いと、流石に何かありそうだ」
「そうだけど、当たりを付けないと厳しくない?」
「もうちょっと近付いて、外周沿いを歩いてみますか?」
「そうだな。それ以外にはあまり目立った地形もない――というか、マレウスに近付き過ぎるな」
北東に向かって進むと、マレウスの居城と思われるエリアがある。
アルトリウスたちが調べたところでは、どうやら一定範囲からは近づけないようになっているらしい。
目障りではあるが、今回は無視するしか道は無いだろう。
「さて、何が出てくることか。できれば、天気が崩れなければいいんだがな」
空を見上げながら呟き――俺たちは、暗い雲が覆う北西へと足を進めたのだった。