785:地下都市の職人たち
「ほれ見ろ! やはり《強化魔法》で育った真龍だ! それも、魔力の純度が著しく高いぞ!」
「これほどの純度、属性魔法を持たぬ者だけで育てたかのような……しかし、人の手で育った真龍にそれがあり得るのか?」
「そうでなければ説明がつくまい。じゃが、真龍を誕生させられるだけの魔力を供給するとなると……そんな特殊な魔法習得をした人間を、それだけ集めたというのか?」
がやがやと聞こえてくるやり取りに、思わず頬を引き攣らせる。
それは好きかって話している内容を咎めたがためではなく、彼らの言葉がまるで見てきたかのように事実に近いものだったからだ。
シリウスは、ほぼ俺の魔力だけで生まれたが故に、他の属性による影響をほとんど受けていない真龍だ。
必ずしも完璧というわけではないのだが、抜けがあるとしたら俺が席を立った数分程度で、その間は緋真によって魔力を与えられていた。
そのため僅かながらに他の属性は混じっているだろうが、総体はほぼ俺の魔力のみだ。
(普通に考えて、スキルで魔力を奪い続けながら魔力を注ぐなんて発想は出てこないだろうな)
それは俺が《蒐魂剣》を使えたからこそ、そしてアルトリウスたちの協力があったからこそできたことであり、普通の方法では実現し得ないことだろう。
だからこそ、純粋に《強化魔法》系統の魔力しか持っていないシリウスは貴重な存在なのだ。
まあ、貴重であることは、この場に於いては別にメリットにはなり得ないのだが。
「あー……とりあえず、脅威は排除したから、作業に戻ってくれて構わないぞ」
「おう、ありがとうな、異邦人の! ところで、その真龍のことなんだが――」
「おいコラ、抜け駆けしとるんじゃないぞハゲ野郎。なぁ、あんちゃんよ。その真龍の主はお前さんだろう?」
予想通りというか懸念通りというか、地妖族の職人たちは作業に戻ろうとする様子もなくこちらへと群がってくる。
彼らの目的など考えるまでもない、シリウスの素材を加工したいと考えているのだろう。
見たこともない、非常に貴重な真龍の素材となれば、目の色を変えるのも納得ではある。
無論、それを受け入れるかどうかは別の話なのだが。
「おい現場監督、この場を取り仕切ってるのはアンタだろう? まさか仕事をそっちのけで趣味に走ろうって言うんじゃないだろうな?」
「分かっとるよ。しかし、その真龍が実に目に毒であることは分かってくれ、儂らにとっちゃ憧れの塊のようなもんじゃ」
彼らも職人であるし、その気持ちも分からないではないのだが、それで作業が進まないのでは堪ったものではない。
こちらとしても、いつまでもクエストが達成できないのでは困るし、彼らには仕事を進めて貰わなければならないのだ。
大いに呆れを交えつつ、俺はシリウスを従魔結晶へと戻した。
途端に上がる嘆きの声には半眼を向けつつ、俺は再び声を上げる。
「コイツは頑丈なうえに、よほど認めた相手にしか己の素材を使わせない。俺たちには専属の鍛冶師がいるんでな、基本的にそいつにしか扱わせるつもりは無いぞ」
「ほう、専属か……そいつよりも、儂の方が良い武器を造れるとしてもか?」
「アンタが張り合ってどうするんだよ監督。ったく……緋真、見せてやれ」
「えー……これ、他の人に触らせたくはないんですけど」
何だかんだで、緋真はそれなりに篝神楽に執着しているところがある。
自分のためだけに造り上げられた業物となれば、その感覚も分からないではないのだが。
とはいえ、彼らを納得させ、更にさっさと仕事をさせるにはそれを見せるのが手っ取り早いのだ。
「貸さずに見せるだけでいい。彼らも専門家なんだ、それだけで分かるだろう」
半ば挑発するようにそう告げれば、緋真は不承不承ながらも篝神楽を抜き放った。
若干ながらカチンと来ていたらしい地妖族たちも、その赤みがかった刀身を見た瞬間に言葉を失う。
理解できてしまったのだろう――それが、途方もないほど強大な力を有していることに。
「馬鹿な……龍王の素材、じゃと?」
「かつて赤龍王に会った時、彼に認められて得られた爪。それを使ってうちの専属が打った武器がそれだ。それがどれほどの代物かは、あんたたちなら十分に理解できるだろう?」
一同は、沈黙して篝神楽を凝視している。
フィノが龍王の素材を使って、しかも成長武器を完全解放させながら造り上げた逸品だ。
たとえ彼らほどの専門家であったとしても、到底造り上げられる代物ではない。
しばし呆然と篝神楽を眺めていた彼らのなかで、最初に正気に戻ったのは現場監督であった。
「……お前さんたちが主武装として使っているのは、その神造兵装じゃろう。それは儂らに手を出せる領分ではないから、仕方のない話ではある」
神造兵装という呼び名に馴染みは無かったが、その言葉からして成長武器のことで間違いないだろう。
運営から配布された代物だが、ある意味では女神が造っているというのも間違いではない。
それが彼らには手出しできないということも、また納得のできる話だ。
「しかし、その剣は間違いなく人の手で作られた代物じゃ。どうやったらそんな代物を造れるのか、皆目見当もつかん。じゃが……妙にちぐはぐじゃな、それは」
その言葉に、僅かに目を見開く。
彼の言葉を理解できなかったからではない。その言葉に、心当たりがあったからだ。
「技術は間違いなく超一流、その娘に合わせた造りという点も完璧じゃ。しかし……ただ刃としての完成度以外が妙に甘い。どうなっておるんじゃ?」
「……それは、異邦人の鍛冶師だからだな。この世界特有の技術については、まだ甘い部分があるのさ」
フィノは素晴らしい腕を持っているし、向上心もある。
それでも、ゲーム特有の特殊な鍛造技術までは学び切れるものではなかったのだ。
それは成長武器の解放を以てしてもカバーしきれない分野であり、明確にフィノの弱点と呼べるものだろう。
尤も、その分野においてもフィノはプレイヤー内においてトップクラスであるため、現状のプレイヤーには不可能な領域の話ということなのだが。
「だからこそ、アンタたちに頼みがある。俺たちの専属の鍛冶師を鍛えてやってはくれないか」
「ほう……それほどのものを打った職人をか」
「そいつの上司が、近い内にここを訪れる。イリュートと話が付けば、その鍛冶師もこの街にやって来ることになるだろう。その時に、世話を焼いて欲しいのさ」
エレノアはまず間違いなく交渉を成功させるだろうし、そうすれば多くの職人がこの街を訪れることになるだろう。
そしてこの地下都市には、必ず鍛冶師のためのクエストが存在している筈だ。
フィノの鍛冶師としての腕が上がれば、当然俺たちの力にもなる。
――そのためならば、彼らの鼻先に餌をぶら下げるのも悪くないだろう。
「シリウスの、この真龍の素材を扱うことを許しているのはそいつだけだ。そいつのことを鍛えてくれるなら、その時に素材を扱えるかもしれないな」
その一言で、職人たちの目の色が変わる。
彼らにとっても、こちらにとってもメリットのある提案。
これならば、こちらが多少の身銭を切ったとしても悪くは無い。
とはいえ、ここですぐにイリュートに直訴しに行かれてしまうと困るため、その話はこの仕事の後にして貰わなければならないが。
「そいつがやって来るまでには、もうしばらくかかるだろう。それまでにここの仕事を終わらせておけば、交渉も捗るんじゃないか?」
「よーしお前らァ! とっととここの工事を終わらせるぞッ!」
『うおおおおおおおおおおおおおおおッ!』
雄たけびを上げてどたどたと走って行く地妖族たちの姿を半眼で見送り、嘆息する。
メリットがあるとはいえ、中々面倒な流れになってしまったものだ。
まあ、その交渉についてはエレノアたちに任せることにするが。
「いいんですか? あんな提案しちゃって」
「構わんだろう、どちらにとっても利はあるからな。それより、こっちも注意しておけよ。あれだけやる気になられると、その分だけ魔物も出現しやすくなるだろうからな」
彼らも職人だし、雑な仕事はしないだろうが、事故なく安全に進めて貰いたいところだ。
まあ、多少の退屈は紛れるだろうし、エレノアが来るまでの時間つぶしにはちょうどいい塩梅だろう。
驚くべき速度で岩壁を削って行く職人たちの背中を眺めながら、俺は胸中でそう呟いたのだった。