782:地下都市
デュオーヌの地下都市。どのような方法で切り開いたのかは不明だが、非常に広い地下空間を丸ごと居住区としてしまったエリア。
地妖族ならではの技術ということなのか、はたまた特別な道具でもあったのか。
何にせよ、これは一朝一夕に作り上げられたものというわけではなく、昔からこの地に存在したものなのだろう。
それのお陰で、彼らはこうして多くが生き延びることができた。想定外ではあったが、嬉しい誤算と言えるだろう。
「思ったより多くの住人がいるんだな」
「元からここで暮らしていた連中もいたからのう。おかげで、最低限の生活基盤は何とかなっておるよ」
地下ではあるが、十分な光源は確保されている。
そのおかげで、ある程度安定した生活を送ることはできるようだ。
無論、元の生活に比べれば不便な点はあるだろうが、大公の軍勢を相手に生き残れただけでも御の字だろう。
閉鎖された空間ではあるが活気に溢れ、多くの喧騒が響いてくる。
金槌の音や、中々に遠慮のない罵り合いの声。しかし、戦時特有の倦んだ空気は無く、カラッとした雰囲気に包まれていた。
(現状を理解していないわけでも、能天気なわけでもない。希望を失わずに暮らしている)
地上都市を滅ぼされ、悪魔に占領されたこの現状ですら、そのような在り方を失わずにいられるとは。
何か理由があるのか、あるいは彼らの気質によるものか。
だが、決して悪い傾向ではない。この空気を維持できている間は、この街が崩壊することは無いだろう。
――とはいえ、限界もあるだろうが。
「ジョルト、力を貸して欲しいという話だったが、具体的にはどんな内容なんだ?」
「足りてねぇモンは様々じゃ。食料、生活用品、医薬品。この地下都市には十分な生産施設はあるが、原料が足りなけりゃ限界もある」
「それはまぁ、そうですよね」
この地下都市は、生活空間としては十分な代物だろう。生活に必要となる品々を作る施設もある。
しかしながら、その原料を手に入れることは困難なのだ。
坑道に繋がっていることから、鉱石の類を手に入れることは可能だろうが、それ以外の原料類は街の中では手に入り辛いだろう。
それらが不足することは納得であるし、そういった支援を求めていることも当然と言える。
しかしながら――
「流石に、私たちじゃその手の支援はできないわよね」
「ここに来るまでに仕留めた魔物の肉ぐらいならありますけど、そこまで大した量にはなりませんし」
「まあ、お主らは荒事の専門家のようだからの」
ジョルトはちらりとこちらへと視線を向けて、そう口にする。
彼が見ていたのは俺たちの装備だろう。抜き身を見たわけでもないのに、よくそこまで断言できるものだ。
地妖族としての性なのか、俺たちの武器に対して随分と熱い視線を向けていたようであるが、流石にこの場でその話題を出すつもりは無いらしい。
「お前さんら向けには、拡張区域の魔物討伐がある。住民が増えたもんで、色々と広げにゃならなくなっておる」
「成程、それは確かに俺たち向けではあるが……どちらかというと、物資の方が重要なんだろう」
「それはそうじゃな。家があっても、飯が無けりゃ生きていけん」
あっけらかんと言うジョルトの言葉に、こちらも肩を竦める。
やはり、このクエストは戦闘系より生産系向けの内容だ。
俺たちにもできることはあるだろうが、根本的な解決をするためには俺たちの力は不向きだろう。
「分かった、ちょっと知り合いこの場所について伝えてもいいか?」
「む……他の人間を、か」
しかし俺の提案に対し、ジョルトは僅かに難色を示した。
俺たちが問題解決に不向きなことは分かっているだろうが、それでも情報の拡散には抵抗があるのだろう。
状況が状況だけに無理のない反応だが、問題を解決するにはそれしか方法は無い。
正直、この街の問題は俺たちには手に余る内容なのだ。
「大きな商会の頭でな。物資に関する問題なら、あいつに一任すれば全部解決するだろう。職人を多く抱える商会でもあるから、この街での活動はあいつにとっても大きな利点のある話だろうし」
「ふむ……お前さん、意外と顔が広いんじゃな」
「意外とは余計だ」
そもそも、今は北を開拓して様々なクエストを探そうという企画の真っ最中なのだ。
自分たちに向いたクエストとなれば、エレノアはさっさと飛んでくることだろう。
ここの位置が悪魔に露見することの危険性も理解しているだろうし、安心感もある。
「この街が悪魔に露見する可能性を恐れているなら、向こうにも警戒するよう言っておくが……」
「うむ、そうじゃな……背に腹は代えられん。しかし、そこまで行くと儂の一存で決められる話でもない。というわけで、ここの長のところへ行くぞ――まあ、最初から向かっていたんじゃが」
「ああ、やはりまとめ役はいるのか」
街の形を成している以上、その最高責任者がいるのは当然のことか。
ジョルトが指差しているのは街の中心部、即ちすり鉢状になっているこの街の一番低い場所だ。
正直あまり安全な場所ではないと思うのだが、そこに居を構える理由があるのだろうか。
坂道の先であるため、その姿は瞭然だ。丸い屋根の、円形の建物。
屋敷というよりは講堂のような形に見えるが、その役割を持っていたとしてもおかしくは無いだろう。
「基本的におおらかではあるが、ちょいと神経質な奴での。大勢の異邦人を集めることには難色を示すかもしれん」
「アンタはこの件には賛成してくれるのか?」
「問題の解決手段として、現実的ではあるからの。どうしたところで、この問題は解決せねばならん」
異邦人を信用したというよりは、状況的に受け入れざるを得ないからという判断のようだ。
まあ、それはそれで構うまい。悪魔による攻撃を避けるためには、それぐらい慎重であるべきだからだ。
実際にエレノアを受け入れるかどうかの判断は、その長とやらに任せるべきだろう。
「よし、到着だな。ついて来てくれ」
「今更だが、俺たちが入っても大丈夫なのか?」
「構わんさ。儂もこの街の代表の一人でな、それなりの権限はある」
どうやら、ここに来るまで人々にちょっかいをかけられなかったのは、ジョルトの立場もあってのことだったらしい。
それはそれで、そんな立場の人間がどうして外まで様子を見に来たのかという疑問もあるが――まあいいだろう。
ともあれ、入っても問題が無いということであれば遠慮なく入らせて貰うとしよう。
「おう、旦那。客だぞ」
「ふぅ……お前が見に行ったという時点で、こうなることは予測していたが。ここまで連れてこようとはな」
講堂となっていると思われる建物、その奥に座していた、一人の人物。
華奢な姿ではあるが、骨格からして男性だろう。
長い黄金の長髪、そして横に伸びた長い耳――それは間違いなく、森人族の特徴であった。
だが、それよりも目立つのは、その両目を覆い尽くす大仰な眼帯だろう。
視界を完全に塞いでいるであろう装備を身に付けながら、しかし彼は確実にこちらの姿を捉えていた。
どうやら、視覚以外にも優れた感覚を有しているらしい。
それにしても――
「地妖族が多い街なのに、森人族が長をしているのか」
「地妖族の長はそちらのジョルトだ。私は、更に彼らを纏め上げているという立場だな」
「……失礼、申し遅れた。異邦人のクオンだ」
「私の名はイリュート、それだけ覚えておけばいい。そちらの話は既に聞いている」
両目を隠したエルフの男、イリュート。
彼はいかなる理屈であるか、既に俺たちが話していた内容を把握しているようだ。
果たしてどのような方法なのかは分からないが、森人族だということは何かしら魔法の類だろう。
その割には魔力の気配すら掴むことはできなかったが――中々に、老獪な人物であるらしい。
「お前たちがこの街に入ってきたことについては問うまい。だが、こちらが危険な立場にあることは理解して貰う必要がある」
「それは無論だ。ヴァルフレアの悪魔に見つかれば、この地下都市も攻め滅ぼされる可能性が高い」
「然り。その上で――ジョルト、お前は彼の提案を受けるべきだと判断したのだな?」
隠されているため分からないが、顔を向けることもなくイリュートはそう問いかける。
彼の質問に対し、ジョルトは軽く溜め息を吐きながら返答した。
「分かってるだろう、旦那。今のままこの街を支えることはできん。かと言って、外に出れば悪魔に見つかる危険がある」
「だからこそ、外部に協力を求めるか。人が増えれば、それだけ悪魔との接触の危険性は高まるというのに」
「それでも、儂らだけで何とかしようとするよりは危険じゃなかろう?」
ジョルトの返答に――イリュートは、小さく頷く。
どうやら、彼も既に結論は出ていたらしい。
今のままでは、この街を維持することはできないと。
「しかし、我らの懸念は晴れるわけではない。故に――異邦人よ、お前が紹介するという人物、一人だけをここに呼び出すのだ」
「会話に応じるつもりはある、ということでいいか?」
「ああ、しかし保険はかける必要がある。その人物がここに来るまで、お前たちがここから出ることを禁ずる」
何ともまぁ、偏執的なまでに慎重な性格だ。
気分を害さないわけではないが、彼の立場にも理解はできる。
軽く溜め息をつき、俺はその言葉に首肯した。
「とはいえ、この街の中なら自由に動き回っていいんだろう?」
「それは構わん。拡張地区での狩りも止めはせぬ。街の中でなら、自由に活動すればいいだろう」
一筋縄ではいかなそうな、この男。
エレノアも苦労するだろうと嘆息しつつ、彼女へと向けてメールを送信したのだった。